THE 5th STORY『波動』

EP9『波動』前編

 演習場にて、セダが問う。


「君の波力は……一体、どんななんだい?」


問い掛けた先は、赤い波力を体にまとった暁人あきとだ。

彼は自らの両掌を交互に見つめ、流れる波力を感じ取った。


「なんて言うか……こう、メラメラと燃える炎みたいな……。」


「ほう……『炎』の性質か。」


セダは暁人の体に流れる赤色の波力を見つめて言った。


「確かに一宮君は、正義感に燃える少年、って感じがするね。」


「僕がですか……?」


セダの言葉に、暁人は納得がいかない様子であった。


「自分ではそうは思わないかい?」


「……はい。」


「どうして?」


セダは優しく問い掛けた。

すると暁人は、地面に映る自分の影を見つめながら言った。


「僕は……昔からこれと言った個性がありませんでした。臆病で、気が弱くて、そんな自分が嫌いで……」


悲しみ溢れる暁人の姿を、セダは優しく見つめる。



「正義感だなんて……そんな大層なものじゃありません。僕はただ……もう誰も、母さんみたいになってほしく無いんです。」


暁人は母の最後の言葉を思い返した。


『この世界は貴方にとって優しくないかもしれない……けどね……負けちゃいけないよ……。強く生きるんだ……いいね?』


『なぁに……一人でなんてそんなことは言わない……。貴方が心から大切だと思える人を作りなさい……。その人たちがきっと……あなたを助けてくれるわ……。』



母の言葉は、暁人の胸を強く締め付ける。

その様子から、セダは優しく暁人に語り掛けた。


波学ここに入学した時……同じ様な事を言っていたのは覚えているかい?」


「え……?」


暁人は当時の事を思い返す。


『僕は無力なんです。皆んなみたいに波動なんて使えないし、何より臆病者だし……。』



「君は自分が臆病者だと言っていたね。でもね一宮君……僕はそうは思わないんだ。」


「え……?」


「君は臆病者なんかじゃ無く、誰よりも優しい心を持っているんだよ。」


セダのその言葉は、暁人の心を浄化する様であった。

優しい風が二人を包み、暁人の気持ちを晴らしていく。


「ありがとうございます……セダ先生……。」


暁人の言葉に対し、セダは満面の笑みで返した。




    【THE 5th STORY『波動』】




「よぉし!それじゃあ、チャチャっと波動を使いこなして、二人をあっと言わせよう!」


「はいっ!」


暁人は力強く返事をした。


「波動には、波力と同様、イメージが大切って言ったよね?」


「あ……はい!」


「一宮君の場合……燃え盛る炎をイメージするといい。体内で生成された波力を体内で炎に変換させ、体外に解き放つ。その際、さっきも説明した『波力の制御』が必要となってくる。体外へ放出した炎を、波力の制御によって体にまとわせたり、波術と掛け合わせたりする。波力の制御が波動の基盤ベースって言う所以ゆえんはそこにあるんだ。」


セダの説明に対し、暁人は小さく何度も頷いた。


「なるほど……燃え盛る炎か……」


「君の中で、一番鮮明な炎の記憶を思い返すといいよ。」


「一番……鮮明な炎……」


そう呟くと、暁人は静かに目を閉じた。

それに対しセダは、目を細めて彼を見つめた。

その表情は、彼の心の中を透かしている様であった。


暁人は暗いまぶたの裏に、鮮明な炎の記憶を映し出す。

それは荒々しく燃え盛る炎だ。

それと共に、人々の悲鳴や、獣の様な禍々まがまがしいうなり声までもが木霊こだまする。


「うっ……!」


思わず目を背けてしまいそうになるも、暁人は目を開かず、その記憶に浸る。

セダは真剣な眼差しで暁人を見つめると、独り言の様に小さく呟いた。


「そうか……君の中の『炎』は、やはり……」



暁人の体から白い煙が出現した。

体温が上昇し、皮膚が赤く染まる。

額からは滝の様に汗が噴き出す。


「くっ……うぅ……」


まるで炎の中でもがき苦しむ様に、悲痛な唸り声を上げる。


するとセダは目を見開き、暁人に呼び掛ける。


「一宮君!解き放つんだ!」


その声が合図となり、暁人は我慢していたものを発散するかの如く、握った両の拳を広げ、空に叫んだ。


「うわぁあああああ……!!!」


その瞬間、暁人が体に纏っていた赤い波力が、一斉に炎へと変化した。

そしてそれは辺りを焼き尽くす様に、広範囲に燃え広がった。

その衝撃にセダは思わず両手を前に交差させ、防御の体勢をとった。

しかし体は炎の海に飲み込まれ、二人の姿を隠した。


その衝撃は、離れた大木の下に立つ乃蘭のらん夢月むるの元まで伝わっていた。

激しく吹き荒れる風が、二人の髪とスカートを揺らす。

大木からは葉っぱが振り落とされ、二人の頭上に舞い落ちる。


「なっ……何!?」


「あれは……一宮君とセダ先生の……」


二人は遠くで燃え盛る赤い炎を見つめた。




 炎は暁人の体を中心に渦を巻く。

暁人はこの光景に、目を見開いて驚いた。


「あ……あぁ……」


あまりの衝撃に、言葉を失う。

先程まで地面があったその場所は、足場の無い炎の海に埋め尽くされている。


暁人は辺りを見渡し、消えたセダの姿を探す。

しかし彼の姿はどこにも見当たらない。


「セダ先生……!」


思わずセダの名前を叫んだ。



『母さん……!』



その時、いつかの記憶が頭をよぎった。

それは炎の中、母の姿を探し回る暁人の姿だ。


「くっ……!」


暁人は堪らず目を瞑った。



    「こりゃあ、魂消たまげた……。」



その時、どこからともなくセダの声が聞こえた。

次の瞬間、暁人の目の前で燃え盛る炎が、左右に勢いよく裂かれた。


「なっ……!?」


驚く暁人の視線の先には、セダが立ち尽くしていた。


「セダ先生……!?」


「大した波動だ。メゾ愚鶹霧グルムクラスなら、裕に倒せそうだね。」


セダは辺りに燃え盛る炎を見渡して言った。


「だが今のままでは『波力の膨張』のままだ。『波力の制御』の要領で炎をコントロールするんだ。出来るかい?」


「……やってみます!」


暁人は自身の周りで燃え盛る炎に意識を向けた。

そして両手を握り、腕を引き寄せ、腰の位置に構えた。


「すぅー……。」


体をリラックスさせ、大きく息を吸い込む。

すると、辺りの炎は徐々に暁人の体へと吸収されていく。

そして両手の拳を覆うくらいの、圧縮した炎に成った。


「で……出来ました!」


「いいねぇ……。それが波動だよ。」


「これが……波動……」


暁人は両手に灯る炎を見つめて呟いた。


するとその時、乃蘭と夢月が全速力でその場に駆けつけた。


「今の衝撃は……!?」


「……一宮君……それ……」


夢月は暁人の両手に灯る炎に気が付いた。

それに釣られ、乃蘭の視線がそちらに移る。


「炎……?」


「あ……えっとー……僕の波動だよ。」


暁人は照れた様子で頭をいた。

しかしその時、右手の炎が頭に引火し、焦げた臭いを放ちながら暁人の髪を燃やした。


「あちっ!あちちちちち……!」


「何やってんのよ!夢月!水!」


「わ……わかってます!一宮君、大人しくして下さい!」


慌てふためく三人は、まるで楽しそうにはしゃぎ回る子供の様であった。

セダはそんな三人の姿を優しく見つめていた。


刹那、演習場内に非常ベルが響き渡った。

それに続き、場内にアナウンスが鳴る。


愚鶹霧グルム出現!愚鶹霧グルム出現!東地区でメゾ愚鶹霧グルム一体の目撃情報有り!瀬田千宮寺せたせんぐうじ隊は、今すぐ出動の準備に取り掛かって下さい!繰り返します……」


うるさく鳴り響くアラームに、セダは右手で頭を押さえた。


「ったく……こんな時に……。」


呆れ果てたセダの様子から、乃蘭が満をして言葉を放った。


「私に行かせて下さい!」


三人の視線が乃蘭の元へと集まる。

セダは目を細めて彼女を見つめた。

乃蘭のその言葉に、暁人は少し驚いた。


「乃蘭ちゃん……」


「相手はメゾ愚鶹霧グルム一体です!今までの成果から、私一人での制圧で申し分無いかと……」


珍しく丁寧な言い回しで話す乃蘭に対し、暁人と夢月は更に驚いた。

しかしセダは静かに目を閉じると、次は力強く開いて断言した。


「ダメだ。許可出来ない。」


セダのその言葉に、乃蘭は彼に飛びつく勢いで投げ掛ける。


「どうして……!?」


「君も見ただろう。愚鶹霧グルムが群れを成していたんだ。今回だって、いつ新手が現れるか分からない。目撃情報だけを鵜呑うのみにするのは命取りだよ。」


「っ……!」


乃蘭は奥歯を噛み締め、込み上げる感情を何とか抑え込んだ。

そんな彼女の様子を見兼ね、セダは一つ溜め息を吐いてから、優しく話し始めた。


「どうしてそこまで一人にこだわるんだい?

確かに、教員無しでの生徒のみの制圧は報奨金バウンティが高い。君がそこまでしてお金に執着する理由は一体何なんだい?」


「……それは……」


セダは少し冷たく問い掛けた。

乃蘭はセダから目を逸らし、思い詰めた表情を浮かべる。

ここに再び不穏な空気が流れた。



「私が同行します。」



そう言い放ったのは夢月だった。

乃蘭に向いていた皆の視線が、夢月へと移る。

乃蘭は唖然とした表情を浮かべて彼女を見た。


「夢月……」


「乃蘭ちゃん一人では、何かと心配な点も多いので。私が責任を持って彼女の面倒を見ます。」


夢月の真剣な表情に、流石のセダも困り果てた表情を隠せずにいた。

すると夢月はそのまま話し続けた。


「万が一、愚鶹霧グルムの群れに遭遇した場合は、直ちに撤退します。あくまで私達は、『目撃情報であるメゾ愚鶹霧グルム一体の制圧』と言う名目の元、任務を遂行致します。」


夢月の言葉に対し、セダは言葉を詰まらせる。

すると、乃蘭は念を押す様に強く言い放った。


「お願いします!セダ先生!」


乃蘭の必死な訴えに、セダは到頭とうとう観念したのか、大きな溜め息を吐いて言った。


「分かった。二人での任務を許可する。」


セダの言葉に対し、乃蘭は夢月と目を合わせ、自然と口角を上げた。



「ただし……今言った条件を破り、任務遂行を続けた場合は……分かってるね?」


そう告げたセダの表情は、二人に少しばかりの恐怖を与える様であった。

二人は再び目を合わせ、同時に頷いた。

そして乃蘭が口を開く。


浅黄あさぎ 乃蘭のらん雨塚あまつか 夢月むるの二名は、これより愚鶹霧グルムの制圧に向かいます!」


乃蘭の言葉に対し、セダはただ静かに頷くだけであった。




 円錐形えんすいがたの光に包まれ、乃蘭と夢月が洞窟の前に姿を現した。

緑色の光は地面に吸い込まれる様に消えた。


「毎度思うんだけどさぁ、『瞬間転移装置』を発明した人は天才だと思うのよね。」


「それを波術でやってのけるセダ先生も、ある意味天才かもしれませんね。」


「確かに……」


そう言って乃蘭は洞窟の中へと進んで行く。

夢月はその後を追う様に歩き始めた。


ふと、夢月が背後から語り掛ける。


報奨金バウンティはそんなに大事ですか?」


唐突な彼女の質問に対し、乃蘭は嫌悪感を丸出しにして振り返る。


「何?アンタも説教?」


乃蘭の問い掛けに対し、夢月は首を横に振って彼女を追い越した。


「セダ先生のは、教師としての問い掛けです。」


すると夢月は、足を止めて振り返った。


「私のは、『友達』としての問い掛けです。」


優しい彼女の笑顔に、乃蘭は何とも言えない気持ちを表情に現した。


「夢月……」


そして少し間を空け、その理由を語り始めた。


「医療費が必要なの。」


「……医療費?」


「私のお母さんね……ワクチンの接種で副作用が出たの。上手くワクチンが体に馴染んでくれなくて、いつ『血暴走ブラッドバースト』を引き起こしても可笑しくない状態なんだ。」


「そうだったんですか……。」


空元気で話す乃蘭に対し、夢月は神妙な面持ちで彼女の話を聞く。


「今は安定剤を投与して何とか自我を保っているけど、いつまで続くか……」


「何か手はあるんですか?」


「手術をすれば、治る可能性があるって……」


「それでお金を……」


「でも、手術の費用は波動士見習いが稼げるほど安くは無いし、第一、国はそういう人達を助けたいなんて思ってない。愚鶹霧グルムに成り得る可能性のある者は出来るだけ排除したいってのが本音。手術だって、本当に治る確証があるわけじゃ無い……。」


二人は重たい空気の中、同時にうつむいた。


「小さい頃にね、お母さんが言ったんだ。誰かの為に一生懸命生きなさいって。私は今、お母さんの為に一生懸命生きてる。一日でも早く、立派な波動士になって、お母さんを救ってあげたい。」


「……乃蘭ちゃん。」


乃蘭の目には、綺麗な涙が浮かんでいた。


 

 刹那、洞窟の天井が唐突に崩れ出した。

二人の目の前に岩石が降り注ぐ。


「来たか!」


「油断禁物ですよ!」


岩石は砂煙を巻き上げ、洞窟の先を隠す。

二人は目を凝らし、煙の中にまぎれる影を見つめた。



「グルルルル……」


聞き覚えのある嫌な声がした。


乃蘭は両手を前に合わせ、体に雷をまとわせる。

夢月は両手で銃の形を作り、前に構えた。


するとその時、二人の視界に、あるものが飛び込んできた。


「なっ……!?」


「あれは……!?」


二人が目にしたものとは、メゾ愚鶹霧グルムの右腕にとらわれた幼い少年の姿であった。



     【…Toトゥー Beビー Continuedコンテニュード

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