THE 4th STORY『二つの本能』

EP7『二つの本能』前編

       新国会議事堂


『フォルテ愚鶹霧グルム特別対策室』と題された表札が、扉の前に貼り付けてある。

室内には、少人数規模の会議室があり、円形に配置されたテーブルに四人の人影。

そのうちの一人は、白髪頭をした老人である。


「それで?例のフォルテ愚鶹霧グルムはどうなった?」


白髪頭の老人は、苛立ちを交えた高圧的な口調で言った。

それに答えたのは、透き通る様な優しい声をした女性の影である。


「問題ありません。我が校がほこる五大波動士の一人、瀬田千宮寺せたせんぐうじ じんを向かわせましたので。」


「瀬田千宮寺……?」


白髪頭の老人が問い返すと、次は体格の良い男が口を開いた。


「セダの小隊か!それなら心強い!奴は俺と共に闘ってきた戦友だからな!」


姿こそ見えないが、男は満面の笑みを浮かべて言った。



「ふっ……。」



その時、それを嘲笑あざわらう様な声が聞こえた。

皆の視線はおのずとそちらに向けられる。

そこに座っているのは、テーブルの上に肘をつき、気怠けだるそうに頬杖ほおづえをついた人影であった。



「何が可笑しい?」


体格の良い男が問い掛けると、気怠そうな人影は頬杖をつくのをめ、椅子の背もたれにもたれ掛かった。


「いぃや、なんでも。ただ、戦友と言う言葉に少々疑問を抱いてね。」



「どう言う意味?」


女の声が問い掛ける。



「戦友とは、苦楽や生死を共にした仲間のことを指すのでは無いのかい?」


「だから、俺はそう言う意味で言ったん……」


「違うね。」


気怠そうな人影は、男の言葉を遮り断言した。


「君達は、瀬田千宮寺 仁のを分かち合ってはいない。」


その言葉に、皆は言葉を失った。


「戦友とは……本当の痛みを分かち合ってこそのそれだと、私は思うがね。」


そう言い放った人影は、掛けていた眼鏡に光を反射させ、左手でそれを押さえた。


「時に……もう一人の五大波動士は何故来ていないんだい?」


「彼は新国会が嫌いなのよ。」


「あの自由人が……。セダにそっくりだ。」


体格の良い男は、扉の方を見つめて言った。




  【THE 4th STORY『二つの本能』】




 オレンジ色の結界は、ガラスが砕ける様な音を立てながら粉砕した。

白い巨大な拳が、地面に両手をつく乃蘭のらん夢月むるの元へ勢いよく迫る。

二人の背後には、ただ呆然と立ち尽くす暁人あきとの姿があった。

波動士として未熟な彼には、どうする事も出来なかった。



「グォオオオオオオ……!」


恐怖を放つ様な雄叫びが三人に浴びせられた。


その時、二人の間を何かが横切った。


「……え?」


「なっ……!?」


それは向かってくる巨大な拳に対し、小さな拳を振りかざした暁人の姿であった。

二人は当然の如く驚いた。


「一宮……!?」


「何を……!?」


暁人自身はと言うと、何かに操られているかの様に、無意識で拳を放っていた。

自分でも何故この行動を取ってしまったのか、と心の中で思っている様な唖然とした表情を浮かべていた。


刹那、暁人の拳は、頬を引っ叩いた様な高い音を立て、何かに受け止められた。


「なっ……!?」


すると目の前には、左手で拳を受け止めるセダの姿があった。


「セダ先生……!?」


セダは暁人の拳の他に、右手で愚鶹霧グルムの巨大な拳をも受け止めていた。


「一宮くん、ナイスファイトだねぇ!」


そう言って暁人に微笑み掛けると、ゆっくりと愚鶹霧グルムの方へ振り返った。



「グルルルルルル……!」


激しく興奮する白い愚鶹霧グルムに対し、セダは冷たく言い放った。


       「君は邪魔。」


次の瞬間、セダは体から青い雷を放ち、右掌に向かってほとばしらせた。

雷は愚鶹霧グルムの巨大な拳しに帯電し、一瞬にして右腕を破壊した。


「グオォオオオオ……!」


右腕をがれた愚鶹霧グルムは空に向かって絶叫する。



「意外としぶといねぇ。流石はフォルテ愚鶹霧グルムと言ったところか。」


「フォルテ愚鶹霧……!?こいつが……」


暁人はセダの手から離れると少し後退りした。


その時、暁人の後頭部に強い衝撃が加わった。


「いでぇっ……!」


思わず体を丸め、後ろを振り返る。

そこには、暁人の首を叩いたであろう乃蘭と、隣に立つ夢月の姿があった。


「アンタは馬鹿か!セダ先生が来なかったら、どうするつもりだったのよ!」


「ご……ごめん……」


「大体……一番弱いアンタが、なんでフォルテ愚鶹霧グルムなんかに向かって行くわけ!?どんな神経してんのよ!」


乃蘭は暁人に連続パンチを入れるが如く、怒りを込めて言い放った。

暁人は涙目になりながらも苦笑いを浮かべた。


「ごめん……気付いたら体が動いてて……」



「良い覚悟だねぇ。一宮くん。」


セダが言った。

三人の視線はそちらに向けられる。


「人は危機的状況下に置かれた時、二つの本能的行動を取る。」


「本能的……行動?」


暁人が問い掛け、セダは話を続ける。


「自分の身を守ろうとする『防衛本能』と……

自分を犠牲にしてでも何かを守ろうとする本能の二つがある。」


その時、セダの背後に再び白い愚鶹霧グルムが左腕を振り上げて現れた。

右腕をがれても尚、残りの左腕でセダを叩き潰そうというのだ。


しかしセダは、そんな事を一切気にせず、暁人に優しく問い掛けた。


「一宮くん……二つ目の本能を、なんと呼ぶか分かるかい?」


暁人はセダの問い掛けよりも、セダの背後に迫る驚異に意識を取られていた。


「セダ先生……!うしろ……」



     「それは『愛』だよ。」



刹那、心地よい風が吹いた。


「……愛……?」


まるで時が止まったかの様な、そんな感覚に包まれた。


しかしそれは、ほんの一瞬の出来事で、迫り来る愚鶹霧グルムの巨大な拳により、現実へと引き戻された。


「先生……!」


「大丈夫。」


そう呟くと、セダは再び右手で愚鶹霧グルムの拳を受け止めた。

物体同士が衝突した衝撃により、地面に大きな亀裂が入る。

決して軽くは無いその攻撃は、セダの片手によって、いとも簡単に受け止められたのだ。


「グルォオオオオオ……!!!」


「悔しいかい?俺に止められた事が。」


セダの発したその言葉は、愚鶹霧グルムの咆哮に悲しみをまとわせる。


「同情するよ。愚かな怪物へと変わり果ててしまったね。」


それは目の前の愚鶹霧グルムにでは無く、愚鶹霧グルムに成ってしまった犠牲者達に向けて放った言葉であった。

ゆえに、セダは目の前のそれを容赦無くほおむる。



      「『王の凍結レクス ブリーズ』」



景色は一変した。


白い凍える風が、辺りを包んだ。

セダの目の前には、巨大な氷のかたまりが出現していた。

氷の中には、凍結したフォルテ愚鶹霧グルムの姿が映る。


セダの圧倒的な力を前に、三人は言葉を失い、唖然とする。



「ふぅ……。」


セダは白い息を吐くと、右手を氷から離した。

そして親指と中指を力強く弾く。

すると氷の塊は、崩壊した壁が地面へ流れる様に崩れ落ちた。


地面には、分裂したフォルテ愚鶹霧グルムの体を閉じ込めた氷が、無造作に転がる。

その内の顔面を閉じ込めた氷が、暁人の足元に転がり着いた。


「ひぃぃっ……!!」


暁人は沖に打ち上げられた魚の様に飛び上がった。


程なくして、氷は愚鶹霧グルムの残骸と共に消滅した。

セダは両手のほこりを払う様に叩き、三人に歩み寄った。


「いやーお疲れ様!初めて見るフォルテ愚鶹霧グルムはどうだったかな?」


セダの問い掛けに対し、暁人は乃蘭と夢月を交互に見つめて言った。


「え?二人も初めてだったの……?」


すると乃蘭は、暁人の言葉を無視して口を開く。


「セダ先生の言う通り、あの愚鶹霧グルムが群れを作ってた……。」


愚鶹霧グルムが進化しているのか、それとも……」


セダは静かに呟いた。


「まぁかく、まずはこの事を知らせて、今後の指示をあおごうじゃない。」


セダが語り掛けると、夢月は静かに頷いた。


すると乃蘭は暁人を横目で見つめると、セダと暁人の会話を思い返した。


『人は危機的状況下に置かれた時、二つの本能的行動を取る。』


『本能的……行動?』


『自分の身を守ろうとする『防衛本能』と……

自分を犠牲にしてでも何かを守ろうとする本能の二つがある。』


乃蘭は、自分が前者の人間である事を自覚し、後者である暁人に対し、嫉妬の様な複雑な気持ちをいだいた。


『……二つ目の本能を、なんと呼ぶか分かるかい?』


暁人は乃蘭の鋭い視線に気が付くと、そちらへ振り返った。


『それは『愛』だよ。』



「……乃蘭ちゃん?」


暁人の呼ぶ声に引き戻され、乃蘭は我に返る。


「なっ……なによ!」


乃蘭は怒った表情を浮かべ、強く言い放った。

それに対し暁人は笑顔を浮かべて言った。


「学校に帰ろう!セダ先生が波術で送ってくれるって!」


乃蘭の視界には、セダの両脇に立つ暁人と夢月の姿が映った。


「早くしないと置いてくぞー!」


セダが急かす様に言うと、乃蘭は駆け足で三人の元に向かった。




 「……以上が、任務の報告となります。」


『学園長室』と書かれた表札が貼られる教室の中で、セダが言葉を放った。

彼の目の前には、上長席に座るスキンヘッドの男の姿が見える。

口元に白髭をたくわえたその男は、凛々しい太眉毛を八の字に曲げ、机に両肘をつき、顔の前で両手を組んでいる。

セダを見つめるその眼光からは、只者では無いと思わせる様な威圧感が放たれている。


愚鶹霧グルムが群れを……信じ難い話じゃな。」


「現に、十五体のメゾ愚鶹霧グルムと一体のフォルテ愚鶹霧グルムが、一斉に私を襲ってきました。」


「ふん。お主が言うと、全て自慢にしか聞こえないのはわしの気のせいか?」


男が問い掛けると、セダは次第に口角を上げ、満面の笑みを浮かべて口を開いた。


「あっはははー!自慢だなんてそんなそんな!

『学園長』の前で波動士の自慢をするなんて、百年早いですよぉ!」


セダは右手を手招く様にゆっくりと下ろす。

あからさまなオーバーリアクションに、男は眉を痙攣けいれんさせた。


「その呼び方はよせ。お主の口から学園長などと言う呼び名は聞いた事がないわい。」


「まぁまぁ……そう言わずに。貴方の波動士としての生き方は、本当に尊敬してるんですよ?『支那柳しなやなぎ 合左衛門がっさえもん』学園長♡」


「ふん……このお調子者が!」


うわついた発言をするセダに対し、合左衛門は一喝いっかつした。

しかし当の本人は全く真に受けていない様だ。


「あぁ、そう言えば……」


するとセダは、唐突に笑顔をめると、真剣な表情を浮かべて言った。


「もう一つ……別件でご相談があるのですが、お時間よろしいでしょうか?……学園長♡」


セダは何かを企んでいる者の様な、怪しい微笑を浮かべていた。




 オレンジ色の夕陽が、帰路を歩く三人の影を照らしている。


先頭の乃蘭は、両手を頭の後ろに回して堂々と歩いている。

続く夢月と暁人は、背中に背負ったリュックの背負い紐を両手で握りしめて歩く。


無言で歩く乃蘭の様子から、暁人は不穏な空気を感じ取る。

夢月は相変わらず、何を考えているのか分からないと思わせるほどの無表情で歩いている。

暁人は落ち着かない様子で、二人を交互に見つめては、空を何度も見上げていた。


ふと、乃蘭が足を止めた。


「なに!?」


そう言って勢いよく振り返ると、直線上の暁人を睨み付けた。

暁人は思わず立てた右手を横に振り、それと同じ様に首を振った。


「なんでもありませんっ……!」


乃蘭はしばらく暁人を睨むと、小さく溜め息を吐いて再び歩き出した。

暁人は、睨まれていた蛇から解放されたかえるの様に、息を漏らしながら脱力した。


「ふぅ……。」


「大丈夫ですか?」


そんな暁人を見兼ね、夢月が問い掛けた。

暁人は苦笑いを浮かべて夢月を見上げる。


「夢月ちゃん……」


「最初のうちは、任務に慣れるまでが大変だと思いますが……一緒に頑張りましょう。」


夢月は天使の様な笑顔を見せた。

暁人は思わず涙を浮かべて言った。


「夢月ちゃん……」



「言っとくけど、私の邪魔はしないでよね!」


その言葉により、暁人の涙は枯れ果てた。

それは乃蘭の声であった。


腕を組み仁王立ちする乃蘭の姿を、暁人は困り果てた表情を浮かべて見つめた。


「乃蘭ちゃん……」


すると、夢月は暁人をかばう様に前へ出た。


報奨金バウンティ増額化の件が、そんなに気に入らなかったんですか?」


夢月の核心をついた言葉に、乃蘭は少し狼狽うろたえる。


「あ……当たり前でしょ!」


「その件についてなら今朝も話しましたよね。単に一宮君だけのせいじゃ無いって。」


「なに?説教?」


「いえ、そう言うつもりじゃ……」


次第に二人の間にも不穏な空気が流れ始め、暁人の表情が引きっていく。


乃蘭は苛立ちを抑えきれず、到頭とうとう声を荒げた。


「もういい……!帰る!」


そう強く言い放つと、勢いよく振り返り、足早にその場を去って行った。


「あっ!乃蘭ちゃん!」


暁人が叫ぶも、当然の如く彼女が振り返る事は無かった。

対して夢月はこの状況においてもなお、ポーカーフェイスを保っていた。


「どうしたんでしょう。乃蘭ちゃん。」


二人は遠くなる乃蘭の影をずっと見ていた。



     【…Toトゥー Beビー Continuedコンテニュード


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