EP6『愚鶹霧-グルム-』後編

 薄暗い森の中。

木々が荒々しく薙ぎ倒され、そこに一本の道筋を示す。

土が所々へこんでおり、何者かが通り抜けた様な痕跡こんせきを残す。


そこに現れたのは、セダ率いる四人小隊……

暁人あきと乃蘭のらん夢月むるの姿である。


セダはその場にしゃがみ込むと、凹んだ土の表面を右手の指先で撫でる。


「『波痕はっこん』が残っている。この先で間違い無いね。」


波痕はっこん……?」


暁人がセダに問い掛けた。


「波力の痕跡だ。波力の扱いに慣れてくると、一宮君にも様になるよ。」


すると乃蘭は辺りを隈無く見渡し、まるで鏡に反射した様な光を複数視認する。


「この数……全部別の愚鶹霧グルム波痕はっこんだわ。」


「群れを成しているのは本当みたいですね。」


夢月が乃蘭に続いて言った。


暁人は波痕はっこんこそ見えないものの、二人の表情から緊張感を感じ取った。


その時、暁人を除く三人は、何かの気配を察知したかの様に反応した。


「何か来る……!」


「近いですね。」


「二人とも……一宮君を頼むよ。」


セダは乃蘭と夢月にそう告げると、一瞬にして姿を消した。

そして再び姿を現した時、青い光をまといながら赤い巨体と衝突した。

この光景に、暁人は口を開けて驚いた。


「なっ……!メゾ愚鶹霧グルム……!?」


暁人の視界には、メゾ愚鶹霧グルムの拳を右手で受け止めるセダの姿が映った。


「セダ先生……!」


「一宮くーん!そこから動かないでねー……」


セダは左掌を愚鶹霧グルムに向かって突き出した。



     「マジで死ぬから。」



そう言い放ったセダの左手が愚鶹霧の体に触れた瞬間、巨体はもろくも勢いよく破裂した。

それは皮肉にも、綺麗な青い花火の様であった。


セダは地面に着地すると、三人の方を振り返って言った。


「夢月ちゃん乃蘭ちゃん。しばらくの間、波術で結界を作っといてもらえるかなぁ。どうも、この数だと……」


刹那、四人を囲む様に、黒い影が一斉に現れた。



「君達を巻き込まずに闘うのはやりづらい。」



そこに現れたのは、十を超えるメゾ愚鶹霧グルムの群れであった。


「グルルルルルル……」


聞き覚えのあるうなり声が、あちこちから聞こえてくる。

これには暁人はもちろんの事、乃蘭と夢月さえも表情を強張らせる。


「な……なんて数だ……」


「こんな愚鶹霧グルムの群れ……見たことない。」


「乃蘭ちゃん……急ぎましょう。」


夢月は乃蘭を急かす様に、両手を勢いよく地面に付けた。

それに釣られる様に、乃蘭も同じ動作をする。


      「『波力の盾ウェイブシールド』」


暁人の前でしゃがみ込む二人は、地面に付いた両手から、オレンジ色をした波力の結界を出現させた。

結界は三人の体を覆い隠す様に球体型と成り、

形をとどめた。


暁人は驚いた表情を浮かべながら、結界の内側を見渡した。


「す……凄い……!」


余所見よそみしてんな!驚く暇があるんならセダ先生の闘い方をよく観察しなさい!」


乃蘭は前を向いたまま、暁人に言い放った。

暁人は引き戻される様に正面を向いた。

オレンジ色の結界越しに、仁王立ちするセダの後ろ姿が映る。


「……七、八、九、十……全部で十四か。」


セダは悠長にメゾ愚鶹霧グルムを数え終えると、両手の指を組ませて腕を前に伸ばした。

関節の鳴る音と共に、セダの唸り声が漏れる。


「んんー、さぁて!どいつから倒そうかぁ。」


そのまま首を一周回して関節を鳴らすと、一体のメゾ愚鶹霧グルムと目が合った。


「君にきーめた♡」


セダはまるで狂人の様な笑みを浮かべ、地面をえぐる様に駆け出した。

まるでミサイルが放たれたかの様な爆煙を巻き上げ、青色の閃光がはしる。

目が合ったメゾ愚鶹霧グルムの元へ一瞬で到達すると、振りかぶっていた右腕を勢いよく突き出した。


「一体目ぇ!」


セダの掌がメゾ愚鶹霧グルムの体に触れた瞬間、またもや愚鶹霧グルムの体は勢いよく弾け飛んだ。

肉片は直ぐに黒い蒸気へと変わり消滅した。


「ほらほら、見てないで掛かって来いよ!」


セダは他のメゾ愚鶹霧グルムあおる様に、上に向けた右手で手招きをした。

それに反応するかの如く、メゾ愚鶹霧グルム達は一斉にセダを目掛けて飛び出した。


「グルルルルルル……!!!」


「いいねぇ!そう来なくっちゃ……ねぇ!」


力強く発せられた語尾と共に、セダは勢いよく旋回しながら振り返った。

そこには二体のメゾ愚鶹霧グルムが、セダの背後を狙い、襲い掛かって来ていた。


しかし、振り返ったセダは、旋回時の遠心力を利用して右の拳を放っていた。

拳は右側のメゾ愚鶹霧グルムの顔面にヒットし、青い雷光を放った。

その瞬間、セダの拳は雷の如く速さで加速し、左側のメゾ愚鶹霧グルムごと地面に叩きつけた。


「はい三体目ぇ!」


威勢よく叫んだ瞬間、叩きつけた二体の愚鶹霧グルムは青い雷に焼かれた。



「す……凄すぎる……」


呟いたのは、結界の中からセダを見つめる暁人である。

彼の瞳には、オレンジ越しに光る閃光が何度もまたたいている様な光景が映る。

セダの動きを追えるほどの洞察力は持ち合わせていない様だ。


「次々とメゾ愚鶹霧グルムを倒してる……」


「当たり前でしょ。」


そう言い放ったのは乃蘭だ。

次に夢月が続けて口を開く。


「先生は波学の中でも、トップクラスの波動士ですから。」


「そうなんだ……!」


「『五大波動士ごだいはどうし』と言って、最強の波動士の五人の中に選ばれてるんです。」


「最強の……波動士……」


暁人は驚きながらも、必死にセダの姿を目で追った。


 次々とメゾ愚鶹霧グルムを制圧していくセダは、心なしか楽しんでいる様に見えた。


「……これで九体目。残り五体になっちゃったねぇ。本当にこれで終わりかい?」


「グルルルルルル……!」


セダの問い掛けに対し、愚鶹霧グルム達は同じ声を発するだけであった。


するとセダは右手で額を押さえ、大きな溜め息を吐いた。


「はぁ……そうだった。言葉は通じ無いんだったね。なら……」


セダは再び閃光の如く速さで、一体の愚鶹霧グルムの元へ移動した。


「話すだけ時間の無駄だ!」


セダは目の前の愚鶹霧グルムに対し、力強い掌底打ちを放った。


      「『王のレクス雷撃ストライク』」



放たれた掌底打ちは愚鶹霧グルムの腹部に直撃した。

その瞬間、光と共に、辺り一面に雷の輪がほとばしった。

雷はセダを中心に、目の前の愚鶹霧グルムから四体の愚鶹霧グルム飛来ひらいした。

五体の愚鶹霧グルムは、まるで天から降り注ぐ雷に撃たれたかの様に全身を黒く焦がし、枯れ葉の様に散って消えた。


程なくして、それと同じ様にオレンジ色の結界が消滅した。


「ふぅ……。」


乃蘭が溜め息をこぼす。

結界を張っていた二人の額からは汗が流れる。


「やっぱ波術の扱いは苦手だわ……。」


「体内コントロールよりも体外コントロールの方が、技術と集中力を必要としますからね。」


夢月は左手の指先で額の汗を優しく拭いた。



「二人とも……ありがとう!」


二人の背後から暁人が言った。

すると乃蘭は勢いよく振り返り、暁人を睨み付けて言った。


「さっさとアンタも使えるようになりなさい!結構しんどいんだからねコレ!」


「ご……ごめん。」


暁人は申し訳なさそうな表情を浮かべ、乃蘭から視線をらした。



「おーい君達!こっちは片付いたよー!」


三人は声のする方へと視線を移した。

そこには大きく手を振るセダの姿があった。


「乃蘭ちゃんと夢月ちゃんもお疲れ様!おかげで心置き無く闘え……」


刹那、セダの言葉は遮られた。

激しい衝撃と共に、大きな爆煙に身を包まれたからだ。


「セダ先生……!!!」


暁人は思わず叫んだ。

しかし返事があるわけも無く、衝撃の余韻が、轟々ごうごうと鳴り響いた。


乃蘭と夢月は咄嗟に両手を前に構える。


「ったく……油断してるから!」


「いつものことです。多少、痛い目にあった方がいいかと……」


その時、夢月は言葉を発する事をめ、目を大きく見開いた。


煙が風に吹かれ、隠していたものの姿を徐々に現していく。

まず最初に現れたのは、屈折した二本の鋭い角である。

しかしそれはメゾ愚鶹霧グルムのそれとは比べ物にならない程、長く大きなものであった。

次に胴体が露わとなる。

膨れ上がった白い肌の筋肉。

両手を地面につき、四足歩行の構えをとる。

そして最後に、肉食獣を彷彿させる様な巨大な牙を剥き出した白眼はくがんの怪物が、空に向かって激しく咆哮した。


「グォオオオオオオオオオオオオ……!!!」


大地が揺れ、空気が痺れる様に振動する。

そしてそいつの体を中心に、強力な風圧が放たれる。

小石や瓦礫がれき、木の枝などが混じった暴風が三人を襲う。


三人は咄嗟に両手で防御の構えをとる。


「くっ……!」


「夢月!もう一度結界を……!」


「……はい!」


二人は再びその場にしゃがみ込み、両手を地面に付けた。



「『波力の盾ウェイブシールド』……」



刹那、二人は波術を発動する寸前、目の前の地を覆う巨大な影に反応した。

突然現れたそれに、思わず目を見開く。

そして恐る恐る顔を見上げた。


「……え?」


乃蘭は思わず自分の目を疑った。

目の前には、人間を裕に超える大きさの、白い愚鶹霧グルムが立ち塞がっていたのだ。


「グルルルルルル……」


不気味に喉を鳴らし、まるで地面にひざまずく人間を見下す様に、堂々とした姿勢で立っていた。



「あ……あぁ……」



驚異的なその姿に、もはや逃げると言う選択肢すら思いつかないほど、二人は思考を止めてしまっていた。


しかし目の前のそれは、巨大な右腕を振りかぶり、三人を潰しに掛かる。



「乃蘭ちゃん!夢月ちゃん!しっかりして!」


その時、暁人が二人に向かって強く叫んだ。

二人はまるで、別の世界からその場に強く引き戻されたかの様に、意識を取り戻した。


「はっ……!」


「乃蘭ちゃん!」


夢月の掛け声を合図に、二人は地面から結界を出現させた。

しかし先程の結界とは違い、三人を覆うこと無く、目の前に分厚い壁の様な結界を張った。

それは迫り来る強攻撃をしのぐ為、咄嗟に取った行動であった。


      「『波力の盾ウェイブシールド』」


オレンジ色の結界は、勢いよく迫る巨大な拳と激突した。

凄まじい衝撃波により、辺りの地面がめくれ上がる。



「なんつー威力なの……!?」


「乃蘭ちゃん!集中して下さい!」


やがて結界に亀裂が入る。


「んな事……分かってるわよ!」


乃蘭は更に波力を込め、両手から放たれている結界に注ぎ込む。

しかし、巨大な拳は力を緩める事なく、結界をやぶる勢いで押し進む。


「なっ……なんで……!?」


乃蘭は思わず驚いた。

全力で波力を込めた結界が、いとも簡単に破られようとしているからだ。


暁人は、結界に入った亀裂が広がっていくのを視認すると、焦った表情を浮かべる。


「やばい……!結界が……壊される!」


「うるさい!突っ立ってないでアンタも手伝いなさい!」


「乃蘭ちゃん!」


その時、夢月の声と共に、ガラスが砕ける様な音を立てながら、結界は破られた。



   【THE 3rd STORY THE END】

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