THE 3rd STORY『愚鶹霧-グルム-』

EP5『愚鶹霧-グルム-』前編

     「フォルテ愚鶹霧グルム?」


 右手に黒板消しを持った暁人あきとが言った。

彼が問い掛けた先には、教室の窓にもたれ掛かる乃蘭のらんの姿があった。


「そっか……アンタは知らないんだっけ。」


乃蘭は面倒臭そうに窓の外を見つめた。


すると、暁人と共に教壇きょうだんに立つ夢月むるが、黒板に書かれた文字を消しながら口を開いた。


愚鶹霧グルムには二種類のモノが存在するんです。」


「二種類?」


夢月は消したばかりの黒板に、赤いチョークで絵を描き始めた。

その絵は愚鶹霧グルムの特徴を捉えた、二本の角を生やした怪物の絵だ。

すると今度は白いチョークに持ち替え、再び同じ怪物の絵を描いた。


「こちらの赤い方が、一宮くんも馴染みのある『メゾ愚鶹霧グルム』です。」


「メゾ愚鶹霧グルム……?」


「メゾ愚鶹霧グルムは、基本的には遭遇しても、滅多に襲って来る事はありません。」


夢月の言葉に、暁人は疑問を抱いた。


「僕……普通に襲われたんだけど……それに」


苦笑いを浮かべながら話す暁人は、今まで目にした三体の愚鶹霧グルムの記憶を思い返して言った。


「今のところ、全部襲われてる……。」


母を亡くした日、入学式の登校中、そして見学としょうした初任務。

そのどれもが、暁人を襲って来ていた。



「アンタの運が悪いだけじゃない?」


乃蘭は他人事の様に言い放った。



「運なの!?だったら、相当悪いと思うんだけど……。」


「安心して下さい。これにはちゃんとした理由があります。」


夢月が優しくさとすと、暁人の口から溜め息が漏れる。



「メゾ愚鶹霧グルムが人を襲う理由は、縄張りテリトリーおかされた時です。愚鶹霧グルムは、感染した人間の体内に流れる血液をえさとする為、じっくり時間をかけて浸食するんです。なので、外部の人間には興味を示さず、一定の場所にとどまる習性があるんです。」


「そうだったんだ。」


夢月のその言葉に、暁人はどこかホッとした様な表情を浮かべた。

乃蘭はそれを、目を細めて見つめた。


すると暁人は、両手を叩いて笑顔を浮かべた。


「その情報があれば、一般人が愚鶹霧グルムに襲われる確率は下げれそうだね!」


暁人は笑顔で夢月を見つめた。

しかし、彼女は表情を一切変えず、静かに目を閉じた。


「一般人が愚鶹霧グルムに襲われる確率は、決して少なくありません。」


「……え?」


「現に、愚鶹霧グルム関連による死亡事故は、年々増加しています。」


「そんな……」


暁人は驚いた。

何故なら、彼女の言葉が矛盾しているからだ。


「でも……さっき愚鶹霧グルムは、外部の人間に興味を示さないって……」


愚鶹霧グルムの話です。」


暁人は大きく目を開いた。

唖然とする暁人に対し、乃蘭は溜め息を吐いた。


夢月はそんな暁人を他所に、話を続ける。


愚鶹霧グルムは、感染した人間の体内に流れる血液をえさとする……と言いましたね?」


夢月の問い掛けに対し、暁人は無言で頷く。


「それでは……人間の体内に流れる血液が尽きた場合……いや、食い尽くした場合……愚鶹霧グルムはどうなると思います?」


そう問い掛ける夢月の瞳はとても冷たく、暁人の背筋を一瞬にして凍らせた。


「……まさか……」


暁人は黒板に描かれた、白い方の愚鶹霧グルムに視線を移した。



「一宮くんの想像通りです。メゾ愚鶹霧グルムは、感染した人間の血液を食い尽くすと、『フォルテ愚鶹霧グルム』へと進化するんです。」


「なっ……!?」


「フォルテ愚鶹霧グルムの特徴は、メゾ愚鶹霧グルムと違って肌が白く、体も倍以上あります。」


「どうして……肌が白いの?」


暁人の問いに対し、思わず乃蘭が口を開く。


「そこ!?……普通、驚くとしたら体がメゾの倍以上あるってとこでしょ!」


「あ……そっか。」


「いや、案外いい所に目を付けましたよ。」


「え?」


夢月の意外な発言に、暁人は驚いた。



「『血暴走ブラッドバースト』の説明は覚えていますか?」


「えっと……確かウイルスが人体の血液に侵入して、血管を突き破って愚鶹霧グルムになる事……だよね?」


「おおよそは合ってます。ウイルスによって汚染された血液が血管を破裂させ、体内を侵食します。そして、肌を赤く染めた『メゾ愚鶹霧グルム』が完成するのです。」


「完成って……料理みたいに言うな!」


「乃蘭ちゃん……茶々を入れないでくれる?」


夢月は乃蘭に向かって、目を細めて言った。


「話を戻します。何故、フォルテ愚鶹霧グルムの肌が白いのかと言うと、感染した人間の体内に存在する、全ての血液を食い尽くすからです。」


淡々と説明する夢月に対し、暁人はおびえた表情で彼女を見つめる。


するとその時、教室のドアが勢いよく開いた。

突然の事に、三人は思わず姿勢を正して驚く。



「そして今回の任務は……波動士十六名を殺害している『フォルテ愚鶹霧グルム』の制圧だ!」


言い放ったのは、満面の笑みを浮かべたセダであった。




  【THE 3rdSTORY『愚鶹霧-グルム-』】




 「セダ先生!?」


「毎回いきなり現れるのめてくれる……?」


「先生、今の話って……」


三人は各々、別の反応を見せた。


するとセダは、最後に放った夢月の質問に対して答えた。


昨日さくじつ……『新国会』が開かれ、とある討論がされた。その内容は、波動士の愚鶹霧グルム制圧による『報奨金バウンティ』の増額化についてだ。」


すると乃蘭は両手を合わせ、目を輝かせながらセダを見つめた。


「えっ!それってお給料が上がるって事!?」


現金な態度の乃蘭に、夢月は冷たい視線を浴びせる。


するとセダは、苦笑いを浮かべながら乃蘭に指摘する。


「こらこら。お給料じゃなくて報奨金バウンティね。」


その言葉に対し、暁人は質問を投げ掛ける。


愚鶹霧グルムを倒すと、お金が貰えるんですか?」


「あぁ……一宮君には、まだ説明していなかったね。ここ波動士学園は、国から全面支援を受けて成り立つ学校なんだ。だから波学ここの最高権力者は学園長では無く、新国会に集う政治家じいさん連中に在る。簡単に言うと、国は金銭面の援助バックアップをする代わりに、波動士にそれ相応の見返りを求めている。」


「見返り……?」


愚鶹霧グルムの制圧という、危険任務の遂行さ。政治家さん達は一般ピーポーだから、愚鶹霧グルムに対抗する手段が無いのよ。だから俺たち波動士に金を積んで、代役をになって貰おうってわけ。」


「なるほど……」


大きく頷き、納得した様子の暁人は、再び口を開いた乃蘭に視線を向ける。


「要するに……これまでの私達の活躍が認められて、報奨金バウンティの増額が決まった……って事ですよね!?」


乃蘭は嬉しそうな笑みを浮かべてセダに投げ掛けた。

しかしセダはそれに対し、大きな溜め息を吐いた。


「乃蘭ちゃん……何度も言ってるが、報奨金バウンティの増額は、任務の危険度の増加を意味する。今回の増額化も、それ相応の条件を提示された。」


セダの落ち着いた言葉に、乃蘭は表情を強張らせる。


「条件……?」


するとセダは人差し指を立て、乃蘭の前に突き出した。



「教員不在による『生徒のみでの愚鶹霧グルム制圧』

……これが報奨金バウンティ増額の条件だ。」



セダの言葉に対し、暁人は目を見開いた。

対して乃蘭と夢月は、意外にも冷静な面持ちでいた。


「教員不在って……僕たちだけで愚鶹霧グルムを?」


「そう言う事だね。」


驚きのあまり呆然とする暁人とは裏腹に、乃蘭は何故か笑みを浮かべていた。


「なぁんだ……危険って言うから、もっと凄い条件だと思ってた。」


軽々しく発言する乃蘭に対し、セダは少し目を尖らせる。

しかし乃蘭は続けて話す。


「一宮はかく、私と夢月は既に教員無しでの愚鶹霧グルム制圧を遂行出来るだけの力はある。それに、いつまでも先生のおりになるのも御免だし。」


「乃蘭ちゃん……」


夢月は困り果てた様子で乃蘭を見つめる。


するとセダは、一拍置いた後に再び話始めた。


「ま!君達が俺無しでも制圧出来るとすれば、メゾ愚鶹霧グルム二、三体ってところでしょ!それに一宮君が同行している限り、生徒のみでの任務は許可出来ないよ。」


セダは乃蘭を優しく諭した。


乃蘭はどこか、もどかしい気持ちを苛立ちに変え、その矛先ほこさきを暁人に向けた。

嫌悪感を滲み出しながら、鋭い目付きで彼を睨んだ。


「な……何……?」


「……べつにぃ。」


そう言ってそっぽを向くと、どこか思い詰めた表情を浮かべた。


するとセダは、両手を叩いて大きな音を立てた。


「さて、話がれたが、本題に入るよ!新国会では報奨金バウンティ増額化の他に、もう一つの討論が行われた。」


「それが……今回の任務の……?」


「さっすが夢月ちゃん!もう一つされた討論は、現在までに波動士を十六名殺害し、今も尚記録を更新中のフォルテ愚鶹霧グルムについてだ。」


穏やかに話すセダとは裏腹に、暁人は唾を飲み込む。

するとセダは、そんな暁人の様子から全てを悟った様に話し始めた。


「その様子だと、フォルテ愚鶹霧グルムについては二人から教えて貰った様だね。」


「波動士を十六名も殺害するなんて……一体、どんな愚鶹霧グルムなの?」


乃蘭が表情を強張らせて言った。


セダは、立てた人差し指をひたいに当て、考える素振りを見せた。


「俺の憶測おくそくだが……愚鶹霧グルムは群れを作っているのではないかと仮説する。」


セダの言葉に、夢月と乃蘭は、あまり納得のいかない様子だ。


「群れ……?」


「でも愚鶹霧グルムは縄張り意識が高いはず。とても集団で行動するとは思えないわ……」


「殺害された十六名の波動士は、それぞれ四人小隊で動いていた。つまり、四つの小隊が全く歯も立たず、返り討ちにあったんだ。」


「確かに……。四人小隊での出動条件は、教員相当の力を持った波動士が一名以上隊に加わっている事。いくら相手がフォルテ愚鶹霧グルムとは言え、四小隊が全滅するとは考え難いですね。」


夢月は軽く握った右手を口元に当てて言った。

しかし、二人にはまだ納得のいかない点が存在した。

故に乃蘭がセダに問い掛ける。


「だとしても、愚鶹霧グルムが集団で現れた事なんて今まで一度も無かった。それはこの波学の歴史上でも同じはず。」


思い詰めた二人の表情に、暁人は素朴な疑問を投げ掛けた。


愚鶹霧グルムが集団行動するのって、そんなに珍しい事なの?」


それに対し、乃蘭は鋭い目付きで暁人を睨み付けた。

暁人は咄嗟に両手を挙げ、悪意は無い事を全力で示した。


「ご……ごめん!ちょっと気になって……」



      「共喰いだよ。」



セダが暁人の言葉を遮った。



「共……喰い……?」


縄張りテリトリーを侵した愚鶹霧グルムは、必ずどちらかが喰われるまで争い続ける。」


「……かなりむごいですね。」


「厄介なのが、愚鶹霧グルムは別の愚鶹霧グルムの血液を摂取すると、力を増幅させるんだ。」


「なっ……!?」


「だから単にメゾ愚鶹霧グルムと言っても、個々の強さはバラバラなんだ。」


暁人は小刻みに何度も頷いた。


するとセダは、再び両手を鳴らし、場の空気を切り替える。


「まぁ、ここでグダグダ話してても、何も解決しないからね!取り敢えず十分後に校門に集合ね!」


「ちょっ……そんな危ない任務……一宮を同行させていいんですか!?」


教室を出ようとするセダを乃蘭が呼び止める。

するとセダは、背を向けたまま右手を軽く振って見せた。


「大丈夫大丈夫!俺がついてるから!」


そう告げると、セダは教室を後にした。


嵐が過ぎ去ったかの様に、教室内は静寂に包まれた。

そんな中、乃蘭は大きな溜め息を漏らした。


「はぁ……。」


「どうしたんです?乃蘭ちゃん。」


夢月が優しく問い掛けると、乃蘭は暁人に向かって勢いよく指差した。


「こいつのせいで私の報奨金バウンティが上がらないのよ!どうしてくれんのよ!」


「ご……ごめん。一日でも早く立派な波動士になれる様に努力するよ……。」


あからさまに気を落とす暁人に、夢月は優しく語り掛ける。


「一宮君のせいではありませんよ。私達もまだまだ未熟です。セダ先生は、そこも含めて判断したんだと思います。」


「夢月ちゃん……。」


暁人は涙目で夢月を見つめ、乃蘭は二人から目をらした。



 校門に集まった三人は、セダの到着を待つ。

乃蘭は腕を組みながら仁王立ちする。

その格好は、不機嫌な態度を際立たせている。

そんな乃蘭の様子を、暁人は横目でうかがう。

間に挟まれた夢月は、二人を交互に見つめる。


遅れてセダが駆けつけると、三人はセダの着ている服装に注目した。

いつものスーツに革靴では無く、白のボーダーラインが入った黒のジャージを上下に着用し、スポーツシューズを履いている。


乃蘭はたまらず、セダの格好を指摘する。


「先生……何その格好……」


「ん?あー、これか?一応動きやすい格好の方がいいと思ってね。何せ相手はフォルテ愚鶹霧グルムだからねぇ。」


すると暁人はセダに問い掛ける。


「フォルテ愚鶹霧グルムって、セダ先生でも手強い相手なんですか……?」


暁人の質問に対し、セダは優しく微笑んだ。


「そうだなぁ、分かりやすく例えるなら……」


そして右のてのひらを大きく開き、暁人の目の前に突き出した。


   「メゾ愚鶹霧グルムの『五倍』だ。」



     【…Toトゥー Beビー Continuedコンテニュード


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