EP4『秘められし波力』後編

 水の刀は夢月むるの両手により力強く振り下ろされる。


刀の向かう先は、右腕を失い、捨て身の状態で左手を突き出す暁人あきとの体だ。


乃蘭のらんとセダは、二人の姿をそれぞれ離れた場所から観察している。


「何やってんのよ……あいつ!」



「さて……どうする?一宮くん……」



夢月は勢いを緩める事なく刀を振り下ろした。

向かって暁人は大きく開いた左の掌を前に突き出す。

そして二つは到頭とうとう、衝突の時を迎える。

暁人は思わず目を背けた。


刹那、夢月の放った水の刀が勢いよく弾けた。


「……!?」


夢月は思わず目を疑った。

弾け飛んだ水滴は宙を舞い、夢月は跳ね返って来た水を体に浴びる。

そして両手を振り下ろしたまま、一瞬、時が止まった様な錯覚に陥った。


「……どうして……」


夢月は未だに現実を疑う。

躊躇ちゅうちょなく繰り出したはずの波術が、呆気なく破られたからだ。

そしてその相手は、波動もまともに使えない、ただの少年だったからだ。


しかし、夢月は直ぐに現実を受け入れる事となる。

それは彼女の目の前に立つ暁人の姿にあった。


暁人の突き出した左手からは、赤黒い蒸気の様なものが放出されていたのだ。


この光景には暁人と夢月を含め、この場に居る全員が驚いた。


「なっ……なんだ……これ……」


「これは……『能力覚醒フルアビリティ』……!?」



「あいつ……まさか……」



「こいつは驚いた……。」


最後に口にしたのはセダだ。

セダは暁人の体にまとわりつく赤黒い蒸気に目を凝らす。


「こんな早い段階で『波力』が現れるなんてねぇ。」


セダは赤黒い蒸気を波力だと断言した。


暁人の体に纏わりつく波力は徐々に、失った右腕の方へと流れていく。


「な……なんだよ……これ……」


波力は渦を巻き、まるで暁人の右腕の様に形を変えた。

そしてついには、元の綺麗な右腕へと再生した。


「腕が……再生した……?」


当然の如く驚く暁人に対し、目の前の夢月は、至って冷静であった。


「それが貴方の力ですか。」


暁人は再生した右腕をゆっくりと動かし、動作を確認する。

拳を何度か握って開くと、そこでやっと自分の腕である事を認めた様だ。


「何だか分からないけど……腕が戻って良かった。」


そう呟くと、暁人は目の前に立つ夢月の姿を、改めて視認する。

慌てて身構えると、それに対し夢月は構える事をめた。



「え……?」


ただ垂直に立つ夢月に対し、暁人は疑問を抱いた。

するとそこへ、背後から駆けつけた乃蘭が合流する。


「アンタ……さっきのってもしかして……」


乃蘭がそう言いかけると、それを夢月の言葉がさえぎった。


「波力が使える様になったんですね。」


「え……?」


暁人は再び驚いた。

自覚が無かったからだ。


その様子から、乃蘭が目を細めて言った。


「もしかして……まぐれ?」


その言葉に対し、暁人は激しくうなずいた。

これには二人の溜息が漏れる。


「なんだぁ……折角せっかく終われると思ったのに。」


「でも、波力が使えたのは間違いありません。後は体に感覚を記憶せるだけです。」



「そんな事言っても……どうすればいいか分からないし……」


ネガティブな言葉を放つ暁人に対し、乃蘭は鋭い目付きで彼を睨み付けた。


暁人はあからさまに表情を曇らせると、乃蘭は観念したのか、大きな溜息を吐いた。


「はぁ……。わーかったわよ。手本見せてあげるから、ちゃんと見ときなさいよ!」


「乃蘭ちゃん……!」


暁人は希望に満ち溢れた様な、神にすがる様な、仏をあがめる様な表情で乃蘭に接近した。


乃蘭は少し顔を赤らめると、反射的に暁人から距離を取った。


「いい?一度しかやらないからしっかり見ときなさいよ!」


そう告げると、乃蘭は一度呼吸を整え、目を閉じた。

次第に乃蘭の周りは、空気が振動し始める。


「『波力』は、体の中心から波の様に湧き出る動力……言わばエネルギーの様なもの。」


乃蘭の言葉通り、振動した空気は、波打つ様にうねり出した。

やがてそれは黄色を帯び始め、乃蘭の体を覆うオーラの様にった。



「す……凄い……」


「波力を扱うにはイメージが大事なの。」


「……イメージ?」


「私は今、広い大海たいかいの上に一人立っている。」


暁人は見様見真似で乃蘭と同様の行動をとる。


「僕は……大海の上に居る……。」


「そしてその海は、波ひとつ立っていない真っさらな青。」


「波ひとつ立っていない……真っさらな青。」


その時、蛇口から漏れた水滴が水面に落ちる様な音と共に、暁人は自らの意識空間に入り込んだ。


「ここは……」


そこはまさに大海の上であった。

風ひとつ吹かない青の世界に、暁人はただ一人立ち尽くしている。

意識空間だからなのか、水面に立っていることには自然と違和感を抱かない様だ。



「大海は波力そのもの。自分を中心に、水の輪を作り出すの。」


乃蘭の声が響いてくる。


暁人は再び目を瞑り、意識を足下へと集中させた。


「大海は波力そのもの……自分を中心に水の輪を作り出す……」


乃蘭の言葉を復唱しながら、意識空間にひたる。


するとその時、真っさらな水面に一つの水輪すいりんが浮かび上がった。

それを波と呼ぶには、あまりにも穏やかなものではあるが、確かにそれは大海を揺らした。


「大海は波力そのもの。自分を中心に水の輪を作り出す。」


再び言葉を復唱し、更に集中力を高めていく。


次第に水輪は、二重にも三重にも輪を増やしていき、やがてそれは荒々しく波打ち始めた。


「大海は波力そのもの。」


暁人のイメージは研ぎ澄まされていく。

まるで本当にそこに居るのではないかと思わせる程に鮮明な世界。

大海と共に空気が振動し、暁人の体を赤い波力の渦がまとい始める。


「自分を中心に……水の輪を作り出す!」


意識空間は波力の渦に埋め尽くされ、青かったはずの大海は赤に染まる。

そしてそれは、現実世界の暁人の体にも影響を及ぼしていた。

体から溢れる赤い波力が、激しく渦を巻いていたのだ。



「ちょっ……何!?」


「これ程までの波力……一宮君が……!?」


二人は暁人の波力に圧倒されるが如く、表情を引きらせる。

そして夢月は続けて口を開いた。


「これはまるで……本気になったセダ先生の」



「俺がどうかしたかい?」



突如、夢月の言葉を遮る様にセダが現れた。

彼女は肩を上に引き上げ、静かに驚いた。

対して乃蘭は声を上げて酷く驚いた。


「うわあっ……!!びっくりしたぁ……。」


「すまんすまん!……どうやら上手くいった様だねぇ。」


感心するセダに対し、乃蘭は目を細めて彼を睨み付ける。

そして夢月は、未だむことを知らない暁人の波力に視線を向ける。


「先生……彼は一体……」


神妙な面持ちで語り掛ける夢月に対し、セダは優しい笑みを浮かべながら答えた。


「二人のおかげで一宮君の中の波力を目覚めさせることが出来た。感謝するよ。」


そう告げると、セダはゆっくりと暁人に歩み寄って行く。

二人はその背中をじっと見つめる。

するとセダは、暁人の前で足を止めると、右手を彼の額に当てた。


「波動は、波動同士共鳴し、呼び起こされる。

……じゃ、今日はここまでね。」


次の瞬間、セダの右手から放たれた青い光が、暁人の頭を射抜いた。




 意識空間の、荒ぶる赤色の大海の上に、彼は未だ居た。

自分では抑える事の出来ない未知の力は、暁人の意思に関係なく溢れ出す。

次第に暁人は表情を強張らせ、抜け出せない赤色の渦に焦りを見せ始める。


その時、何かが彼の肩を叩いた。


「……はっ……!」


気がつくと、目の前にはセダの姿があった。

彼は暁人の肩に右手を置き、微笑んでいた。


「お疲れ様。一宮くん。」


「先……生……」


その瞬間、暁人はまるで眠りにつく様に意識を失った。




 雨の音が聞こえた。

酷く降り続いている様だが、どう言うわけか体は濡れていない。

いや、体は濡れているが、雨に当たっていないと言った方が正確だ。


目を開くとそこには、傘をさし立ち尽くす人影が映った。

雨が当たらなかったのはそのせいだ。



『……貴方は……』


暁人は静かに問うた。

すると目の前の人影は、暁人の目線に合わせる様に、その場にしゃがみ込んだ。


『大丈夫。君は生きている。』


そう呟いたのは青髪の青年だった。

暁人は何かを思い出したかの様に、突然口を開いた。


『母さん……母さんは……母さんは!?』


『……』


その問いに対して青年は何も答えなかった。

その様子から、暁人は何かを悟った様なうつろな目を浮かべた。

それは光を失った者の目であった。

進むべき道を断たれ、どうしようも無くなった者のそれは、青年の表情を曇らせる。


程なくして、青年は再び立ち上がった。


波動士学園うちに来ないかい?』


『え……?』


暁人は、その言葉が自分に放たれたものだ、という事を理解出来ず、もう一度それを求める様に青年の顔を見上げた。


すると青年は、優しい笑みを浮かべて言った。



     『君には可能性がある。』




   「……宮くん……一宮くん……」


暁人の名前を呼ぶ声が聞こえて来る。


「一宮くん!」


その声に反応し、暁人は目を開ける。

視界には、彼を覗き込む夢月の姿と、少し離れて見物する乃蘭の姿が映った。


「……夢月ちゃん……乃蘭ちゃん……」


「気が付きましたか。」


「いつまで寝てんのよ!アンタのせいで帰れなかったんだからね!」


乃蘭の怒号が飛ぶ。

暁人は思わず目を強く瞑った。


「ご……ごめん。」


酷く反省している様子の暁人に、乃蘭は大きな溜め息を吐いた。


「はぁ……。しょうがないわねぇ。」


「ふふっ……」


すると夢月が口元を押さえて笑った。

暁人と乃蘭は驚いた。


「夢月ちゃん……?」


「夢月!アンタ、何笑ってんのよ!」


「だって……乃蘭ちゃん、一番一宮くんのこと心配してましたから。」


夢月の言葉に、乃蘭の顔が徐々に赤く染まる。


「はぁ!?なっ……何言ってんの!?こいつの心配なんてした覚えないし!」


「そうでしたっけ?」


とぼける夢月に、乃蘭は怒りを示す。


するとその時、乃蘭の背後に突如セダが現れた。


「まぁまぁ乃蘭ちゃん、素直になりなさい♡」


「うわぁっ……!!!」


またもやセダに驚かされ、乃蘭はその場で飛び上がる。


「ほんっとめて!心臓止まるから!」


乃蘭はセダに向かって人差し指を力強く向けて言った。

セダはそんな乃蘭を他所よそに、暁人の方へと歩み寄る。


「乃蘭ちゃん、『こいつを置いて帰れるわけがないでしょう。』って言ってたっけなぁ。君のそう言うツンデレな所、先生好きだな。」


「勝手に捏造ねつぞうすんな!『こいつ置いてとっとと帰ろう』って言ったのよ!」


「あれ?そうだっけ?」


夢月と同じ様にとぼけるセダに、乃蘭は再び怒りを示した。



 セダは暁人に右手を差し伸べた。


「お疲れ様。一宮くん。波力は上手く扱えそうかい?」


「あ……はい。まだまだ力不足ですけど、頑張って二人に追いつきたいです。」


暁人はセダの手を掴んだ。

それに引き寄せられ、勢いよく立ち上がる。



「本番はこれからよ。」


「え……?」


言い放ったのは乃蘭だ。


「波力を出せただけで、『波動』は一切使えてないんだからね!」


「そ……そっか。」


あからさまに落ち込む暁人を見兼ね、夢月が言葉を付け足す。


「波力を体内でコントロールし、物質に変換させて初めて波動が生まれるのです。」


暁人は自らの右掌をじっと見つめた。



「……まぁ、少しは見込みあるんじゃない?」


乃蘭が言った。



「え……?」



「見た目の割に、案外根性あるじゃん。」



少しだけ、優しい風が吹いた。



「何ニヤついているんですか?」


夢月がすかさず暁人に指摘する。


「ち、違うよ!ちょっと……嬉しくて。」


頬を赤らめて話す暁人に対し、同じく頬を赤らめた乃蘭が激しく言い放つ。


「褒めてないから!見た目は弱そうって言ってんの!」


「それは酷いよ乃蘭ちゃん……!」


「あっはははは……!」


夢月は今までに無いほどの笑みを見せた。


「ちょっと夢月!アンタいつからそんな笑う様になったのよ!」


「私だって笑いたい時は笑いますよ。笑いたいくらい面白い時に限りますけど。」


「何それ!今までが面白くなかったみたいな言い方しないでくれる!?」


「それはノーコメントです。」


「こらぁ……!!!」


気が付けば、三人は同じ笑顔の輪の中に居た。


セダはこれを優しく見守る。

そして自分が放った言葉を思い返していた。


『波動は波動同士共鳴し、呼び起こされる。』



「『共鳴』……か。」


そう呟くと、セダは暁人に視線を向けた。


「うん。確かに……共鳴してる。」


セダは笑顔で呟いた。


皆を包む笑顔の輪は、暁人を中心に広がっている様であった。



     【THE 2nd STORY】




       新国会議事堂



 「各地で『フォルテ愚鶹霧グルム』の姿が確認されています!」


「『フォルテ愚鶹霧グルム』だと!?」


「くそっ!波動士共は何をやっている!」


討論を繰り広げるのは、一人の若い男と複数名の老人だ。

円を描くように配置された机に着席し、老人達は焦りからか苛立ちを見せる。


「誰が金を出してやっていると思っているんだ。まったく……」


するとその時、机を勢いよく叩く音が響いた。

おのずと皆の視線がそちらへ向けられる。



「こちとら、アンタら老人の為に波動士やってるんじゃねぇんだ。」


凄まじい威圧感を放ちながら口にしたのは、青髪の青年であった。

彼の目は鋭く吊り上がり、その眼力で老人達を黙らせる。


彼は続けて口を開いた。


「壁の中に閉じこもって見ているだけの老人に、『フォルテ愚鶹霧グルム』の恐ろしさは分かんねぇだろう。」


静かに呟く青年に対し、一人の白髪頭の老人が反論する。


「口をつつしめ!『瀬田千宮寺せたせんぐうじ』!」


青年はその老人を睨み付けた。


その時、若い男がおもむろに立ち上がった。

それはとても慌てている様に見えた。


「た……大変です!」


その言葉に対し、先程の老人が嫌悪感を丸出しにして言い放つ。


「なんじゃ、騒々しい!」


「報告します……」


男は青ざめた表情で口を開いた。



「フォルテ愚鶹霧グルムの制圧に向かった波動士……十六名が殉職じゅんしょくしています……。」



その言葉は、その場に戦慄せんりつを走らせた。



       【THE END】

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