THE 2nd STORY『秘められし波力』

EP3『秘められし波力』前編

 2020年……突如謎のウイルスが蔓延した。

感染した者は体内の血液が暴走反応を起こし、やがて人格を失い化け物と化す。

これを『血暴走ブラッドバースト』と呼ぶ。

人類は対策として、ウイルスのワクチンを開発した。


 2024年……ワクチン接種者数名に覚醒反応が起きた。

症状は身体能力の急激な上昇と、おとぎ話などに出てくる魔法に似た能力の開花だ。


国はこれを『波動』と名付け、それを扱う者を『波動士』と呼んだ。



 2030年5月……国立波動士学園演習場。


まっさらな大地に僅かな緑。

周りは灰色の分厚いコンクリートべいに囲まれ、場の中心には四人の姿が見える。



「んで、アンタ……何ができるわけ?」


唐突に問い掛けたのは、『浅黄あさぎ 乃蘭のらん』という黄髪の少女だ。

灰色のブレザーとスカートを身にまとっている。



「……へ?」


気の抜けた声で返事をしたのは、『一宮いちみや 暁人あきと』という赤髪の少年だ。

彼も同じく灰色のブレザーに、男性用のズボンを履いている。



「へ?……じゃないわよ!波動は使えません、波力もありません、じゃあ何が出来るの?って聞いてんの!」


「乃蘭ちゃん。あんまりいじめちゃ駄目よ。」


穏やかな口調で話すのは、『雨塚あまつか 夢月むる』という黒髪の少女だ。

彼女は乃蘭と同じ制服をまとっている。

少し違う点を述べるとするならば、乃蘭は白いルーズソックスを履いているのに対し、夢月は脹脛ふくらはぎまで覆われた黒いソックスを履いている。



いじめて無いし!」


乃蘭が反抗的な口調で言った。


すると暁人は恐る恐る口を開いた。


「むかし父親に武道を習っていた事があります。僕が十二歳の時に亡くなっちゃったけど……」


「そんな重たい話、聞いてないから!」


「十二歳と言うことは……五年前に亡くなられたんですね。武道を習っていたなら闘いの基礎は身についていると言う事ですか?」


「アンタねぇ……ちょっとは気ぃ使いなさいよ。」


淡々と話す夢月に対し、乃蘭は苦笑いを浮かべて話す。

それに対し暁人は慌てた様子で両手を前に出す。


「あぁ、気にしなくていいよ!えっと……ある程度の組み手くらいなら出来るかと。僕はこんなだけど、父はかなり厳しい人だったんだ。

『強い男になれ』って言うのが口癖で……」


刹那、暁人は視界に、凄まじい勢いで接近する何かを捉えた。

反射的に体が反応し、寸前のところでそれをかわした。


「うわぁっ!」


暁人は思わずその場に尻餅をついた。

見上げると、そこには右ストレートを炸裂した後の夢月の姿があった。


「やりますね……私の拳をかわすなんて。」


「危ないな!当たってたらどうするんだよ!」


「当たっていたら今頃気絶していたでしょう。割と本気でやりましたから。」


「……怖い……この人、絶対怖い……」


冷静な夢月に対し、暁人は体を震わせた。



「はいはいそこまで。二人とも、もうちょっと新入り君には優しくしないと駄目でしょ。」


そう言って両手を叩いて場をなだめるのは、

瀬田千宮寺せたせんぐうじ じん』という青髪の青年だ。

通称『セダ』と呼ぶこの男は、灰色のスーツに黒ネクタイ、茶色の革靴を身にまとっている。


「さぁ、そろそろ演習の説明をするよ!」


セダのその言葉に、暁人は何かを思い出したかの様な、ハッとした表情を浮かべた。


「そういえば……」


暁人は数分前の、セダの言葉を思い返した。



『今日は皆んなの親睦しんぼくを深める為、楽しい楽しい演習を行うよー!さぁ!誰が一番はやく演習場に着くか競争だー!』



「……って言ってたんだっけ。」


するとセダは右手で頭をきながら口を開いた。


「まぁ説明って言っても、説明するほどの説明も無いんだけどね。」


三人は疑問を抱く様な、困り果てた表情を浮かべる。


セダは何か企んでいる様な、怪しい笑みを浮かべながら言い放つ。



「今から三人には本気で闘ってもらいます。」




 【THE 2nd STORY『秘められし波力』】




「……え?」


「……なっ!?」


「……ふざけてます?先生。」


各々、様々なリアクションを取る中、セダは続けて話す。


「ただし組み合わせは俺の独断で決めさせてもらった。文句は受け付けないから、そこんとこヨロシク。」


それに対し、乃蘭が口を開いた。


「組み合わせって……三人しかいない……」


「一宮くんには、一人で闘ってもらうよ。」


セダは乃蘭の言葉をさえぎり、衝撃的な言葉を放った。

当然の如く、三人の目が大きく開く。



「ちょ……ちょっと待って下さい!僕ひとりで二人と闘えって……無理に決まってるじゃないですか!」


「そうよ!こんなポンコツ、私一人で充分!」


「乃蘭ちゃん……さっき私に言ったこと覚えてます?」


暁人は苦笑いを浮かべ、乃蘭は不機嫌そうに目を瞑る。

夢月は呆れた表情を浮かべ、相変わらずのセダを見つめる。


「君は波動の使い方をまだ知らない。波動は、波動同士共鳴し、呼び起こされる事が多い。」


「だからって……なんの力もない僕に、どうしろって……」


「力ならあるさ。」


セダは断言した。

その様子におのずと視線が集まる。



「君は、もう『覚悟』を持ってるだろ?」



セダのその言葉に、暁人は昨日の自分の言葉を思い返した。



『たとえ波動が使えなくても、たとえ臆病者だとしても、僕にも出来る可能性が少しでもあるなら……』



『僕はこの手で、目の前の人を守りたい!』



その言葉は、自らを鼓舞するかの如く、暁人の目付きを真剣なものへと変えた。


セダは暁人の表情を見て確信する。


「良い顔になった。」


するとセダは、乃蘭と夢月にアイコンタクトを送り、二人を暁人の前に立たせる。



「ま!あんま乗り気じゃないけど、どうしてもって言うなら仕方ないか。」


「乃蘭ちゃん……新人をいじめられるからって、張り切り過ぎちゃ駄目ですよ。」


「アンタは私のこと何だと思ってんだ!」


乃蘭の激しいツッコミが入る。


その時、夢月は微かな笑みを浮かべた。


「……でも、まぁ……」


その表情は笑顔と呼ぶには相応しくない、狂気に満ちた微笑であった。


「先生が本気でと言うなら仕方ないですね。」


殺意とまではいかないが、彼女の体から発せられる威圧感が増した。

それと同時に、彼女の体内から青いオーラが現れる。



「アンタの方が張り切ってんじゃん。」


乃蘭は苦笑いを浮かべて言った。

しかし、視線を夢月から暁人に戻すと、その目付きが変わった。

鋭い眼光を飛ばし、目の前で両手を強く合わせる。

その瞬間、乃蘭の体に黄色いいかづちほとばしる。


暁人はそれらを目の当たりにすると、焦りからくるのであろう、額から汗を流す。



「三人とも、いい『覚悟』だねぇ。緊張感とかそう言うのがビリビリ伝わってくるよ。」


セダは笑みを浮かべて言った。


「それじゃあ一宮くん、頑張ってね!」


セダは他人事ひとごとの様に右手を振ると、その場から離れて行く。


暁人は握った両手の拳を前に構えた。


「くっ……!」


体に力が入ると、思わず声が漏れる。



「んー?なんか言ったー?」


乃蘭が呼び掛けるも、暁人の意識はそれとは別の場所にある。

二人に対抗する手段を、自分の思いつく限りで練っているのだ。


「大丈夫か……?あいつ……」


「心配要りませんよ。彼の体は感染した愚鶹霧グルムの影響によって再生します。たとえ私達が彼の手足をごうとも、重く受け止める必要はありません。」


「アンタ……平気でむごいこと言うわね。」


二人は互いに聴こえる範囲の声量で言った。


セダは三人から離れると、ちょうど真ん中の位置で等分する様に右手を前に出した。


「それじゃあ始めるよ!危険だと判断した場合俺が止めに入るから、君達は気にせず存分に闘ってくれ!」


空気が張り詰める。

風の音だけが強く聴こえる。


セダは素早く右手を上げた。


「はじめっ!」


その合図と共に、乃蘭と夢月は暁人に向かって勢いよく駆け出す。

その光景に驚き、暁人は思わず構えた拳を引っ込める。


「やっぱ無理ぃ……!!!」


そんな暁人とは裏腹に、乃蘭が先陣を切る。


「今更遅いっての!」


乃蘭は風を切りながら、両手を前に合わせた。



「『十字架の雷エクストニトロス』!」



そう唱えた瞬間、乃蘭の体内から大量の雷が放出された。


暁人は目の前の光景に唖然とする。


「な……なんだよそれ……」


雷は乃蘭の両手の前で十字架を作り、雷鳴をとどろかせる。


「いっぺん喰らっただ……ろっ!」


溜めて放たれた雷撃は、地面を削りながら暁人を目掛けてほとばしる。


「そんなの見た事ないよぉ……!!!」


暁人は絶叫しながら雷に撃たれた。

体は宙に打ち上げられ、天地が逆さまになる。

辛うじて開いた瞳は、逆さまになった夢月の姿を捉える。


「くっ……!」


暁人は宙で体を丸め、体勢を立て直す。

しかしその間にも、夢月は猛進する獣の様な速さで暁人の元に迫る。


落下する暁人は両手を前に交差させ、防御の姿勢をとった。



「一宮くーん!防戦一方ぼうせんいっぽうじゃ二人には勝てないよー!」


呼び掛けたのはセダである。


「相手が女の子だからって手を出さずにいたら殺されちゃうよー!」


セダのその言葉には、しっくりきていた。

何故なら彼女達は、まさしく暁人をりに掛かる勢いで向かって来ているからだ。



「そんなこと言ったって……」


暁人は地面に着地するや否や、勢いよく向かってくる夢月に対し、右の拳を振り上げた。


しかしその拳には迷いがある。

一瞬の躊躇ためらいが生じ、夢月はそれを見切った。


暁人の拳は夢月の髪をかすめ、空振りに終わる。


「くっ……!」


だがそれで終わりではなかった。


攻撃をかわした夢月は冷酷な表情を浮かべたまま、右腕を空に向けて勢いよく振り上げた。



「……え……?」



口を開いたのは暁人だ。

何かに驚いた様に、呆然としている。

それは乃蘭とセダも同じであった。


やがて暁人の側に何かが落下した。

そしてその正体が、三人の表情の意味を明らかにする。


それは切断された暁人の右腕であった。



「あ……あ……あ……」



思わず言葉を失う。


彼の前には、水で出来た刀を振り上げた後の、

夢月の姿があった。



「うわぁぁああああああああああ……!!!」


暁人の悲痛な叫びが響き渡る。

右腕がげた箇所から流れる血液を、もう片方の手で何度も押さえる。

しかしそんな事で止められるわけもなく、左手が赤く染まるだけであった。



「くっ……うぅ……」


「情けないですね。それでも男ですか?」


狼狽うろたえる暁人に、夢月の言葉が鋭く突き刺さる。


「人の……右腕……切っておいて……よく……言えるね……。」


「甘いですね。本番では、そんな甘い戯言ざれごとは通じませんよ。」


冷酷な夢月は、水の刀を両手に構えた。


「死ぬのが嫌なら早くその腕、治して下さい。死因が私だと、胸糞むなくそ悪いので。」


そう告げると、夢月は再び水の刀を振り上げ、今度は暁人の体を切り下ろす構えに入った。


勢いよく振り下ろされる刀に、暁人は反射的に左手を突き出した。


するとその行動を見た乃蘭が、慌てて口を開いた。


「馬鹿……!それじゃあさっきと変わんないでしょ!」


乃蘭の声はむなしくも、夢月の放った水の刀によって掻き消された。



     【…Toトゥー Beビー Continuedコンテニュード


 

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