EP2『混血の少年』後編

 『国立波動士学園』と書かれた表札。

校門に集められた三人の生徒と一人の教師。


一宮いちみや 暁人あきと浅黄あさぎ 乃蘭のらん雨塚あまつか 夢月むる。以上三名の生徒は『瀬田せた千宮寺せんぐうじ じん』同行の元、これより愚鶹霧グルムの殲滅任務に向かう。」


「瀬田……千宮寺……?」


「セダ先生の本名よ。」


「殲滅任務に彼を同行させるんですか?」


「大丈夫だよ夢月ちゃん。任務って言ったけど今回君達は見学だ。」


「見学?」


三人は声をそろえて言った。


「そう!見学!先生の闘う姿を見て学ぶ!一宮くんに『波動』のいろはも教えたいからね!」


セダは暁人に目配せする。


「それじゃあ、皆んな配置についてー!」


「え……?」


呆然と立ち尽くす暁人に対し、乃蘭と夢月は、その場から動き出す。

二人は無言のままセダの両脇にとどまると、何事も無かったかの様な表情で暁人を見つめる。


「何してんのよ。」


「セダ先生の近くに来て下さい。」


「あ……え?」


二人に促され、暁人は早足でセダに駆け寄る。


「ほらほらぁ、もっとくっついてぇ。」


セダは両手で三人を手繰たぐり寄せる様にくうあおぐ。

それに応える様に、暁人はセダに接近する。

しかし、おのずと夢月の体に密着する。


「一宮くん……少し近いです。」


「ご……ごめん!」


夢月の指摘により、すぐさまその場から距離を取る。

しかし今度は乃蘭に体が触れる。


「ちょっと!こっち来ないでよ変態!」


「ごめん……!でもしょうがないじゃん!」



「よーし!オッケー!じゃあ飛ぶよ!」


「……飛ぶ?」


セダの言葉と共に、地面から光が差した。

その光は四人の体を囲む様に渦巻くと、一瞬にして皆の姿を消し飛ばした。



 光の渦が目の前から消えると、景色が変わっていた。

そこは木々が生い茂る森の中。


「なっ……なに?何が起こったの!?」


暁人は慌てふためく。


「いちいちうるさい。」


「セダ先生の『波術はじゅつ』で瞬間移動したんです。」


乃蘭と夢月の冷静な対応に、暁人は落ち着きを取り戻す。


「へぇー。そんなことが出来るんだ……。」


感心する暁人だが、次第に首が傾き始める。


「……『波術』って……なに?」


その問いかけに対し、乃蘭は呆然とする。


「はぁ……私もう疲れたー。」


「しょうがないじゃん!初めてなんだからさ!分かんないんだからさ!」


するとその時、セダが暁人を追い越し、彼の前に背を向けて立った。


「『波術』の説明をするには、波動をちゃんと理解しなきゃいけないからねー。」


そう話すセダの視線の先には、黒い何かがうごめいている。



「ちょうどいいや……ほら、愚鶹霧グルムのお出ましだよ。」



「……!!!」


三人はセダの背中越しに、赤黒く染まった巨体のぬしを目の当たりにする。


「グルルルルル……グルルァァア!」


禍々まがまがしいその唸り声は、聞き覚えのあるものであった。


乃蘭と夢月は咄嗟に身構える。

それに釣られ、暁人も二人の行動を真似る。



「そんなに身構えなくても大丈夫だよ。今日は見学だからね。」


セダが優しく語りかける。

そして愚鶹霧グルムに向かって、ゆっくりと歩き始めた。


「波動はね……波力を『体内』でコントロールし、物質に変換させることで発動するんだ。」


セダがてのひらを前に出すと、青く白光する球体が浮かび上がった。


「こんな風にね。」


暁人は目を大きく見開いた。



      「『月のルナー爆撃エルプティオ』」



セダが呟くと、光の球体は愚鶹霧グルムを目掛け飛んでいく。

くうを裂きながら加速する光の球体は、愚鶹霧グルムに当たると同時に激しく爆発した。


「なっ……!」


「今のは体内で、波力を爆弾と同じ性質に変換させたんだ。他にも『炎』や『水』、『雷』なんかにも変換させる事が出来るし、波力が多い程、それに比例して波動の威力は増す。それぞれ自分に合った波動があるから俺のは参考までにね。」


しかし愚鶹霧グルムは砂煙を吹き飛ばし、物凄い勢いで突進していく。


「グルァァア!」


まるでダメージが無かったかの様に、セダの元へと迫る。

この光景に暁人は驚愕する。


「そんな……。」


だが驚く暁人に対し、セダは至って冷静だ。


「しぶといねぇ。」


「グァァァア!」


愚鶹霧グルムはセダの目前まで接近すると、筋肉を膨れ上がらせた右腕を勢いよく振りかぶった。


「先生危ない!!!」


暁人が叫んだ。

しかし打撃は、暁人の言葉が終わるよりも速く振り下ろされた。

地面を容易に粉砕するその威力は、暁人の希望を消失させる。


「あ……あぁ……」



    「あー、さっきの続きね。」



その声はセダのものであった。


「え……!?」


「波術は波動と違って、波力を『体外』で変換させる。」


セダは煙の中から愚鶹霧グルムと共に姿を現した。

愚鶹霧グルムは拳を地面にめり込ませ、その背後にセダが立つ。


「例えば……体外へ放出した波力を壁のように変形させ『バリヤー』を作ったり、形に影響を与える事が出来る。」


この状況下でもなお、セダは話し続ける。


「波動と波術の線引きは難しいんだけどね。

『体内コントロール』で発動する『波動』か、『体外コントロール』で発動する『波術』か。その両方を合わせたものもあったりするから、どちらか即座に見抜くのは困難だね。」


未だ呆然と立ち尽くす暁人に、セダは優しく語りかける。


「一宮くん……君に面白いものを見せてあげるよ。」


「え……?」


「『波術』というものがどういうものか、教えてあげるよ。」


セダの体を青いオーラがおおっていく。

地面が揺れ始め、空気が振動する。

目に見える程の青は、セダの突き出した右手に集まっていく。


「僕の得意とする波術は単純でね……」


空気はビリビリと音を立て振動する。

そしてセダの右手から放たれる青いオーラは、愚鶹霧グルムの巨体をおおっていく。


「こんな風に自分の波力を相手にぶつけ……」


その時、愚鶹霧グルムは勢いよく振り返り、セダに向かって右の拳を振り下ろした。

しかし、セダはそれよりも速く、突き出した右手を強く握りしめた。



       「粉砕する。」



刹那、愚鶹霧グルムの体は激しく爆発した。


暁人は思わず両手を前に交差させ、身構える。


辺りに飛び散った肉片は、地面に落ちる前に蒸気となって消えて行った。


「……凄い。」


「今のは体外へ放出した波力を相手にぶつけ、『ねじる』力へと変換させたんだ。」


セダはゆっくりと三人に歩み寄る。


「波術は波動と違って体外コントロールを必要とする分、あつかいにくいんだ。イメージで言うと、水面すいめんに手をつけずに波を起こせって言われてるのと同じ様なものだからね。まぁ、とにかく波動も波術もイメージが大切ってことさ。想像力は無限大ってね。」


「なるほど……!」


暁人は目を輝かせながら言った。


するとその背後から、乃蘭と夢月が前に出た。


「セダ先生。いい加減、こいつが何で特別入学なのか説明して下さい。」


「小説だったら読者も痺れを切らす頃だと思いますよ。」


「上手いこと言うねぇ夢月ちゃん!あぁ、でも安心して!今からすんごいの見せてあげるから!」


セダの言葉に、乃蘭と夢月は目を合わせて首を傾げる。



「それじゃあ一宮くん……」


セダは右手を暁人の額にかざす。



「おやすみ♡」



「……え?」


その瞬間、青い雷光が暁人の頭を射抜いた。

目の焦点は徐々に上へ向かい、体は背中から地面へと倒れていく。

この光景に、乃蘭と夢月は唖然とする。


「なっ……!?」


「何を……!?」



「二人に問題だ!」


セダは突然、声を張り上げた。

そして暁人の体は地面に落下し、その場に横たわる。


「一宮 暁人は何故、愚鶹霧グルムに感染しているにも関わらず、『血暴走ブラッドバースト』を引き起こしていないのでしょう?」


その問いに対し、乃蘭は若干の苛立ちを見せながら答える。


「だから、さっきからそれを聞いてるんでしょうが!」


すると夢月は、乃蘭に便乗する様に口を開く。


「ウイルスが血液に侵入した時点で、普通の人間ならば必ず『血暴走ブラッドバースト』を起こすはずです。」


「そうよ!ウイルスに感染して無症状だった人なんて聞いたこと無いわ!」


その時、セダはおもむろに左手の人差し指を立て、二人に向けて突き出した。



「俺がいつ……一宮君が感染したって言った?」



「……え?」


思わず乃蘭の声が漏れる。



「どう言う意味ですか?」


夢月が問うた。


するとセダは、目の前に横たわる暁人を見つめながら話し始める。


「俺は彼がウイルスに感染したなんて一言も言っていないよ。」


「え……?でもさっき教室で、こいつが感染してるって……」


乃蘭は記憶を巻き戻し、セダの言葉を思い返した。

そして彼女よりも先に思い出したのは夢月の方であった。


「ウイルスでは無く……彼は『愚鶹霧グルム』に感染している……?」


夢月の答えに対し、セダは優しく微笑んだ。


「その通り。さすが夢月ちゃんだねぇ。」


静かに驚く夢月とは裏腹に、乃蘭は激しく動揺する。

まだ上手く理解が出来ていない様だ。


「ちょっとまって……つまりはどう言うこと?ウイルスじゃ無く、愚鶹霧グルム自体が感染してるって……」


するとその時、乃蘭の視界に見覚えのあるものがぎった。

それは愚鶹霧グルムが消滅する際に現れる黒い蒸気であった。

そしてそれの発現元は暁人の体であった。


「なっ……!?」


乃蘭は目を大きく開いた。

これには夢月も同様の反応を見せる。


セダは暁人から二人を遠ざける様に、両方のてのひらを前に突き出し、歩き始めた。

それに伴い、二人はゆっくりと後退りする。


「ウイルスに感染すると、人体は『血暴走ブラッドバースト』を引き起こし、愚鶹霧グルムと化す。それじゃあ、その愚鶹霧グルム本体に感染した人間はどうなるんだろう?」


二人は何かを恐れる様な表情を浮かべ、唾を飲み込んだ。

それはセダの言葉に対しての行動では無く、彼の先にうごめく黒い影に対してのものであった。



愚鶹霧グルムに体を乗っ取られるんだってさ。」



刹那、セダの背後のそれは、目にも留まらぬ速さで彼に襲い掛かった。


激しい爆煙が巻き起こり、乃蘭と夢月は咄嗟に後退する。


「先生……!!!」


「新手ですか……!?」


夢月は煙の中の人影に目を凝らし、その姿を確認する。


「なっ……!?」


しかしその姿に驚愕した。


そこに立っていたのは、血で染められたかの様な紅い瞳をした、一宮 暁人の姿であった。


「一宮……!?」


「一宮くん……」


そこにセダの姿は無く、目の前の地面が激しく崩壊していた。


「一体どうなってんのよ……」


「セダ先生の言う通り、愚鶹霧グルムに体を乗っ取られているんでしょう。」


「そんなの見たら分かるわよ!てか何でこんな事になってんのって言ってんの!」


「そんな事、私に分かるわけが無いでしょう。まぁ、でも一つだけ分かる事とすれば……」


その時、暁人は勢いよく地面を蹴り、二人に向かって駆け出した。



「ヤらなければヤられるって事ですかね。」


夢月は暁人に向けて、銃の様に構えた右手を突き出した。



「ちょっ……!夢月……!?」


夢月の指先に集まった水の気泡は、圧縮された水の球体へと変化する。


「『水の銃弾アクア バレット』!」


そして、迫り来る暁人に向けて勢いよく放たれた。


「うがぁっ!!!」


暁人は獣の様に咆哮ほうこうした。

それと同時に空気が激しく振動し、風圧が水の球を一瞬にして掻き消した。


「そんな……!」


驚く夢月を他所よそに、右腕を振り上げた暁人が一気に距離を詰める。


その時、夢月の前に乃蘭が現れた。


「ちょっと!しっかりしなさいよ!」


乃蘭は両手を力強く合わせた。

すると、体内から火花が弾ける様に雷が放出され、彼女はそれを体にまとった。



「『十字架の雷エクストニトロス』!」



そう唱えると、両手を暁人に向かって突き出した。

すると雷は十字架の形を成し、暁人の体に直撃した。

雷は甲高い音を鳴らしほとばしる。

暁人の体はその場にとどまる。


「夢月!」


「分かってます!」


乃蘭の呼び掛けに答える様に、夢月は背後から勢いよく飛び上がった。

そして今度は両手で銃の形を作ると、暁人の頭に狙いを定めた。


「ごめんなさい……眠ってもらいます。」


その瞬間、両手の人差し指から巨大な水の球体が出現し、勢いよく放たれた。

攻撃は至近距離で炸裂すると、その反動により夢月の両腕が空へと向けられる。

水飛沫みずしぶきと共に夢月は宙を舞い、暁人の顔面は白い水蒸気に覆われる。


その時、夢月は何かに引き寄せられたかの様に体勢を崩した。


「なっ……!?」


視線を下へと向けると、スカートから伸びた左足が暁人の右手に掴まれていたのだ。


「夢月!」


乃蘭の叫びは届くこと無く、力強く振り上げられた夢月は咄嗟に両手でスカートを押さえた。

体は宙で一旦停止すると、今度は勢いよく地面に向かって振り下ろされた。


「くっ……!」


抵抗することは出来ず、暁人の力に身をゆだねるしかなかった。



刹那、辺り一面が光に包まれた。


それにより視界はさえぎられる。


程なくして光が弱まり、再び元の景色を映し出す。


しかしそこに夢月の姿は見当たらない。

あるのは呆然と立ち尽くす乃蘭と、右腕を失った暁人の姿であった。


「ゔゔゔううう……」


その唸り声は、痛みに苦しんでいるかの様であった。

無くした腕の裂け目からは大量の血液が流れ落ちる。



「何が……どうなってんの……?」


乃蘭は小さく呟いた。



   「いやぁ、想像以上の力だねぇ!」



その声は背後から聞こえた。


乃蘭は慌てて振り返る。

そこには夢月を抱きかかえたセダの姿があった。


「セダ先生……!?」


セダはゆっくりと夢月を下ろす。

すると夢月は、眉を八の字に曲げながら問う。


「今までどこにいたんですか?」


「木の上から隠れて様子をうかがってた!」


セダは右手の人差し指を木に指して言った。

同時に乃蘭と夢月の溜め息が漏れる。


「それで……あいつ、どうするんですか?」


「『血暴走ブラッドバースト』していないとはいえ、あの身体能力は人間のものじゃありません。」


二人は再び暁人へと視線を向けた。


するとセダは二人を追い越し、暁人に向かって歩き始めた。

片腕をがれた暁人は、息を荒げながらセダを睨み付けた。


「ふぅー……!ふぅー……!ふぅー……!」


「そう怒るなよ。大丈夫だって言ってるだろ?」


優しく諭すその言葉は、ここに居る全員に向けられた様であった。


「うがぁあっ!!!」


しかし理性を失った暁人は、容赦なくセダに襲い掛かる。


「そんな体じゃまともに闘えないでしょ。」


「うがぁあああああ……っ……」



刹那、激しい咆哮は一瞬にして止んだ。


それどころか、辺り一帯の音が全て無くなったのだ。


セダは突き出した右手を暁人の額に当て、行動を抑制していた。



        「眠れ。」



その瞬間、青い雷光が再び暁人の頭を射抜いた。

暁人の紅く染まった瞳は、徐々に元の色を取り戻していく。

体は解放されたかの様に脱力し、地面へと落下した。


乃蘭と夢月はこの光景に唖然とする。


「一宮……」


「……死んだんですか?」


セダはゆっくり二人の方へ振り返ると、満面の笑みを浮かべて見せた。


「大丈夫!死んじゃいないよ!」


その言葉に、再び二人の溜め息が漏れる。


するとセダは、穏やかな口調で二人に語り始める。


「三ヶ月前……彼の故郷は愚鶹霧グルムに襲われた。母親も、その時に失っている。」


二人は思い詰めた表情を浮かべ、うつむいた。


「彼は生き延びだが、運悪く愚鶹霧グルムに体を乗っ取られてしまった。これは前例の無い出来事だ。」


乃蘭はセダの背後に横たわる暁人を見つめた。

眠りにつく暁人の表情は、穏やかな人間のそれであった。


「体を乗っ取られた彼は、さっきみたいに容赦なく襲い掛かってきた。まぁ、所詮は子供の体だ。俺の力には到底及ばない。だから返り討ちにしてやった。」


少し自慢げに話すセダに対し、二人は冷たい視線を浴びせる。


「しかし、一つ不可解な出来事が起こった。」


するとセダは、視線を斜め下に流した。

そこはちょうど、暁人の体が横たわる場所であった。


二人は釣られて暁人に視線を向ける。


その時、二人は目を大きく開いた。

視界には、黒い蒸気を放った暁人の体が映る。


そして次の瞬間、黒い蒸気は暁人のげた右腕から勢いよく放たれた。

徐々に蒸気は形を整え、腕の形へと成っていく。


「う……嘘でしょ……?」


「腕が……再生した……?」


「そう。傷が治ったんだ。」


セダは背後に横たわる暁人の姿と、初めて彼と対面した時の姿を重ねて言った。


「そこで俺はある事を思いついた。彼が目覚めた時に、もしも人間の意識を保っていたならば、この子を生かして育てようと。」


セダは暁人の顔を見つめた。


「俺程の力があれば、愚鶹霧グルムに感染した人間を殺すことは簡単だ。でも君達と同じ様な年齢の彼を見ていると、どうしても情が湧いてしまったんだ。」


すると乃蘭は、急に目付きを変え、セダのことを睨み付けた。


「だからって、そんな奴を波学に入学させるなんて危険過ぎる!いくらセダ先生が強いからって、そんな前例も無い話……」


興奮する乃蘭に対し、セダは穏やかな表情で深く息を吐いた。

すると、ゆっくり乃蘭の元へと歩み寄り、右手で優しく乃蘭の頭をでた。


「乃蘭ちゃん。何事も最初は前例なんてものは無かったんだ。新たなものを生み出し、それが前例へと成っていくんだよ。」


乃蘭は少し頬を赤らめ、セダのその行為に対し嫌がる素振りを見せた。


「君の言いたいこともよく分かる。だがこれは波動士にとっても、人類の未来にとっても大切な事なんだ。そこんところ、分かってくれるかな?」


セダの問いかけに対し、乃蘭はそっぽを向く。



「わかりました。」


そう言ったのは夢月だ。


「さすが夢月ちゃん。物分かりがいい……」


「一宮くんは、人類の為の研究材料……という事ですね?」


夢月はセダの言葉を淡々とさえぎる。

それに対し、セダは苦笑いを見せた。


「確かに、『愚鶹霧グルムに感染した人間』って意味では研究材料なのなもしれないね……」


その言葉に、夢月と乃蘭は不機嫌な態度を示す。



「でもね……」


続けて発せられたセダの言葉に、二人は思わず驚く。


「『一宮 暁人』という一人の人間は、俺の大事な教え子であり、君達の大切な仲間だよ。」


セダは笑顔でそう答えた。

その言葉に、自然と二人の表情が和らいでいく。



「……んっ……んん……」


暁人の声が微かに聞こえた。


「一宮!」


「一宮くん!」


二人はセダを取り残し、倒れた暁人の元へと駆け寄る。


「あれ……乃蘭ちゃん……夢月ちゃん……」


「何寝ぼけてんのよ!しっかりしなさい!」


「お怪我はありませんか?」


暁人は状況が掴めず混乱している様子だ。


セダは暁人を気に掛ける二人の姿に、再び笑みをこぼした。



「……あ、セダ先生……!」


暁人はセダの姿に気が付いた。


セダはゆっくり三人の元へ歩み寄ると、暁人に向かって微笑んだ。



    「おはよう。一宮 暁人くん。」




      【THE 1st STORY 】


 

 教室に戻った四人は、所定の位置へ戻る。

左から、暁人、乃蘭、夢月の順に着席する。

そして目の前の教卓にはセダが立つ。


「皆んな今日はご苦労だったねぇ。一宮君も、初めての授業はどうだったかな?」


「なんて言うか……よく覚えてなくて……」


「アンタは寝てただけでしょ。」


「初日から居眠りとは……度胸はあるみたいですね。」


「だから違うってー!気が付いたら気を失ってたんだよー!」


「ビビって気絶したんじゃないの?ダッサ!」


「あぁ!酷いよ乃蘭ちゃん!」


「もしかすると乃蘭ちゃんの放つプレッシャーに耐え切れずに気絶したのかも……」


「こらぁ!夢月!アンタは変なこと言うな!」



「あっはははは……!」


セダが笑った。


三人は不思議そうな顔をした。


「セダ先生?」


「なに笑ってんのよ……」


「何か可笑しい事でも言いましたか?」


するとセダは首を横に振った。


「いいや……嬉しくてね。」


「嬉しい?」


暁人が問い掛ける。


するとセダは教卓から離れ、暁人の前に立つ。


「改めて、よく生き延びてくれたね。」


呆然とする暁人の表情はセダの笑顔に釣られ、やがて同じになる。



「よぉし!それじゃあ今から入学式を行う!」


子供の様にはしゃぐセダに対し、乃蘭は冷たい視線を浴びせる。


「結局、教室でやるのね。」


「まぁ、特別入学だからいいでしょう。」


夢月は相変わらず冷めた態度である。


するとセダは、右手にチョークを持ち、黒板に『入学式』という字を記した。


「これより、『国立波動士学園』特別入学式を行います!さぁ皆んな立って立って!」


セダは皆を急かす様に、上に向けた両掌を何度も扇ぐ。

それに従う様に暁人は素早く起立する。

しかし乃蘭と夢月は渋々立ち上がる。



「国立波動士学園『第六期生』として、これから共に学びを得る仲間の名を読み上げる!名前を呼ばれた者は大きな返事をするように!」


威勢の良いセダを他所よそに、乃蘭と夢月は小声で呟く。


「てか一人しかいないじゃん。」


「私達は関係ありませんね。」



「浅黄 乃蘭!」


「……えぇ!?私!?」


「雨塚 夢月!」


「一応、『共に学びを得る仲間』って言ってましたからね。」


するとセダは、二人に向かって激しく指差し、怒りを露わにする。


「おい、お前ら!名前を呼ばれたら返事をしろって言っただろ!」


「普通呼ばれると思わないでしょ!」


「乃蘭ちゃん、長くなるので言う通りにしましょう。」


「そうだー!夢月ちゃんのいう通りだぞー!」


セダの態度に苛立ちを見せつつも、乃蘭はなんとか理性を保った。


「はいはい……分かったわよ。」


一連の様子を見ていた暁人は、これを微笑ましく思ったのか、優しい笑みを浮かべた。



「よぉし!じゃあ改めて、名前を呼ばれた者は大きな返事をするように!」


その時、窓の外から夕陽が差し込んだ。



「浅黄 乃蘭!」


「はーい!」


「雨塚 夢月!」


「はい!」


オレンジ色の光に、暁人は思わず目を細めた。



「一宮 暁人!」


名を呼ばれ、再び目を開いた。



「あ……はい!!!」



夕陽に照らされた彼の瞳は、くれないに染まって見えた。



        【THE END】

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