乙女として

 鍔迫り合いに持ち込まれたサラが、グイグイと押される様を見て、観客席からは石巻が叫んだ。


「更木さああああああん! いやああああ!」


 石巻の声援は、周囲の応援に埋もれているため、変な目を向けられることはなかった。


 周りは、腹の底から「がんばれ!」と、本気のエールを送る人達がいるため、目立たないのだ。なので、石巻はここぞとばかりに腹の底から本当の気持ちを叫んでいた。


 しかし、隣に座っていた男子の一人が、ギョッとして振り向く。


「いや、丸藤のこと応援しろよ!」

「いやあああああ!」

「石巻!」

「更木さあああああん!」


 ここに、本気の声援があった。

 男子に腕を掴まれるが、石巻は負けじと立ち上がり、手でメガホンを作り、右端で戦うサラを応援。


 同じ女子が戦っている。

 黙っていられない自分がいた。

 見れば、他の観客席には、西高からきた女子部員や他の高校の女子もいる。


 皆、一回戦で負けたのだ。

 そして、サラの番狂わせに惹かれて、目が釘付けになっていた。


 石巻のように叫んだりはしないが、握り拳を作り、ジッと見守っている。


 同じ女子、という点では、最早高校なんて関係なかった。


 *


「ぶふぅ、ふん、ぬうう!」


 正面からサラにぶつかった佐々木は、顎をしゃくって奥に追いやる。

 佐々木の場合、肉が邪魔して振りが遅い。

 遅いのに、腕は太いし、体は大きいし、やりにくい相手だった。


 佐々木が相手の調子に呑まれる相手なら、恐らく二回戦には上がっていない。彼が一回戦を勝ちあがったのは、がむしゃらともいえる、打突の攻防にあった。


「面! 面! 面!」


 ぶんぶん振り回して、面を打ちながら突進してくるのだ。

 本当なら小手を打っておきたいが、大きな体で突進してくるため、狙いが逸れて竹刀に当たってばかり。


 これを見越して、國井とは予め何通りもの作戦を練っている。


「面んんんぬうううう!」


 何度目かの面打ちで佐々木が突っ込み、サラは力負けして派手に転んだ。竹刀こそ手離していないが、背中から転んで、枠の外にまで吹っ飛ばされてしまう。


「やめ!」


 審判が中断し、サラを起こす。


「大丈夫か?」

「うす。余裕です」

「よし」


 一呼吸して、定位置に戻り、軽く飛び跳ねる。


(よし、よし。見切った。完全に分かった。オッケ、オッケ)


 猪突猛進ちょとつもうしんのタイプと分かれば、後は実行するのみだった。

 互いに竹刀を構え、息を吐き出す。


「はじめッ!」

「ぶふ、オアッ!」


 大きく頭上に振り上げた佐々木。

 胴はがら空きだが、今打ち込んでも、相手は肘を下げてガードをしてくる。竹刀が当たれば、五分五分で有効だ。


 浅いだろうから、有効打は曖昧だ。


 だから、使事にした。


「ルアアアアッ!」


 先ほどよりも高い位置に竹刀を構え、相手の面を受け止める。

 相変わらず、力負けで竹刀はグンと下がるが、これでよかった。


 受ければ竹刀が無理やり下げられることは分かっている。

 なので、竹刀が触れた時が合図だった。


 まともに受けようと力まず、竹刀が触れたら自分から下げ、体を前に持っていく。相手の力が加わったことで、弧を描く速度が格段に上がった。


 一歩を踏み込むと同時に、サラは相手の勢いが加わった強烈な打突を腹に見舞いした。


「胴アアアアアアッ!」


 面返し胴だ。


 相手を抜いて、脇を行く『抜き胴』とは違う。

 相手の面を『竹刀で避ける』と同時に、打突で返す技。


 竹刀の剣先が、胴の表面を弾く綺麗な音。

 会場に響いた直後、審判は一斉に赤の旗を上げた。


「胴ありッ!」


 観客席では、女子部員が一斉に立ち上がった。


 

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