ノーマーク
面を取ったサラは、ベンチに座って、どんよりしていた。
國井が呆れて、「おい」と声を掛ける。
「勝ったのに、何で落ち込んでんだよ」
「ししょぉ。私、女なんですかね?」
「いきなり、何馬鹿なこと言ってんだよ」
「だってぇ。女の子って、もっと良い匂いがして、柔らかくて、小さくて、……守りたくなる感じって言うか」
國井が肩を竦めて言った。
「安心しろ。お前が臭いのは、あれだ。アポクリン
「……え?」
思わず、道着の中に鼻を突っ込み、「スン、スン」とにおいを嗅ぐ。
汗の臭いはするけど、他に変な臭いはしない。
「大体、お前の場合は、近くにいるだけでムワっとするからな」
「え? え?」
「そこまで気にするほどじゃねえって。それよか、オラ。トーナメント表確認するぞ」
道着の前を閉じて、サラが頬を膨らませる。
「大丈夫だって」
「……むぅ」
サラはいじけてしまい、口を尖らせた。
*
西側の観客席では、トーナメント表に赤ペンを走らせる石巻がいた。
「あれぇ?」
名前の横に、小さい文字でどこの高校か書いているのだが、『中央高』の文字に違和感があった。
気になった石巻は隣で面を脱ぐ丸藤に声を掛ける。
「あの、丸藤さん」
「ん?」
スポーツドリンクを飲み、見せられたトーナメント表に目を向ける。
「中央高校って、剣道部ありましたっけ?」
「ねえだろ。あそこバレーの強豪じゃん」
「ですよねぇ」
これは、よくある話なのだが、小学校、中学校からやっている人間なら、同じ名前を高校に入ってからも見かける機会はある。
だから、中学校時代で活躍していたら、誰かの目に留まり、覚えられていてもおかしくないはずなのだ。
「更木さんって知ってます?」
「知らん」
「んー……」
丸藤からすれば、ノーマークだ。
「丸藤さんより速かったのになぁ」
最速の面が何秒か、地元の新聞社でスポーツ記事を書く際に、計った事がある。
丸藤の面の速度は、一秒を切っていた。
つまり、持ち上げたと思ったら、次の瞬間には『パン』と音が鳴る。
これぐらい速い面だ。
なので、首を傾けて避ける暇がなく、反射神経の良い選手ですら、回避行動が遅れてしまうのであった。
「誰だっけ?」
「はい?」
「そいつ。中央高の」
「更木さんです。私と同じ、女子」
丸藤がトーナメント表に書かれた、更木の文字をじっと眺める。
自分より速いと聞けば、一応意識は向けておいた方がいいだろう。
(女子で速い動きするやつって、見たことないけどな……)
俄かには信じがたい。
次の対戦相手のチェックもして、丸藤はスポーツドリンクをもう一口飲んだ。
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