蛇の如く

 二本目が始まり、互いに気合を叫ぶ。


「ルァアアアアッッ!」

「あ、アアアア!」


 鬼の形相で叫ぶサラは、長い袴の下で指をイモムシのように這わせた。

 相手は前後をして、竹刀の位置が行ったり来たりしている。

 だからか、徐々に間合いが縮まってることに、何も気づいていなかった。


(生意気なんだよ! クソ、クソ! 死ね! ちくしょう!)


 やり場のない怒りが溜まり、今すぐにでも足を叩いてやろうと前に出る。


 すると、サラは下がる事はせずに、むしろ接近してきた。

 それこそ、のようである。


 来る、というのは頭で分かっている。

 なのに、『いつ来るか』までは分からない。


 言葉で表すのなら、一触即発の場面に酷似していた。

 絵で表すのなら、まさに蛇の捕食。


 飛び掛かる瞬間は、本当に一瞬であり、相手が反応できない。

 準備は首をもたげた時点で整っており、後は食らいつくだけ。


「う……」


 来るぞ、来るぞ、と頭で分かっているからこそ、品沢は前に出れなかった。


 青い目に睨まれると、蛙になった気分だった。

 竹刀の剣先が、ずいっと重なる。――間合いだ。


(くそ!)


 サラは少しも動いてくれない。

 ジッと据わったままで、接近してくるだけ。

 結局、後に引くのは品沢で、細い目が引き攣るくらいに、この間がストレスになっていた。


(頭、……突いて……、ぶっ倒してやるよ。クソアマ)


 覚悟を決め、品沢の剣先が持ち上がる。


「め――」


 その刹那、サラが動きを見せた。


「胴アアアアアアアアッ!」


 耳を劈く気迫の声。

 胴の片側からは、弾ける音と共に痺れるような衝撃が走った。


「ぇ……」


 サラは竹刀を頭上に持ち上げ、品沢の眼前に立った。

 面金越しに品沢へ気合を浴びせ、審判に「取ったぞ」と大きく主張。


 逆胴だ。


 竹刀の重なりから見て、普通の胴(サラから見て、左側)は遅い。

 打ち込むなら、そのまま右側の方をぶっ叩く方が速かった。

 しかも、相手が腕を持ち上げてくれるなら、喜んで食らいつく。


 品沢が周りを見ると、審判三人が赤旗を上げていた。


 気迫、音、動作と姿勢。

 全てが一本を与えるに相応しかった。


「やめッ!」


 審判に声を掛けられ、二人は定位置に戻っていく。

 そして、審判がもう一度、赤旗を上げた。


 サラは蹲踞の姿勢に戻り、竹刀を納める。

 後ろに歩き、枠の傍で一礼。


「ありがとうございました」


 それから枠の外に出て、試合場の面を去っていく。

 品沢は呆然として、ぎこちない動きで枠の外に出る。

 礼節など忘れていた。


「……嘘だろ」


 細い目からは、悔し涙が溢れていた。

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