ガチ

 サラは自身の弱点を克服するべく、徹底した指導を受けていた。

 道場で何度も注意されたことだ。


「いいか。サラ。お前は、顔が外人顔だ。これはしっかり自覚しておけ」

「あ、はい」


 他人に言われると、ネガティブに受け止めてしまい、ついしょんぼりする。だが、國井が言いたいのは、そういうことじゃない。


「しょぼくれんな。ちゃんと説明するから」


 竹刀を互いに構えて、國井が教える。


「いいか。外国の奴ってのはさ。本当に弱いんだよ。何でか、分かるか?」

「えぇ、文化がないからとか?」

「もっと、明確な理由だ。ここ。表情かおだ」


 自分の顔を指し、國井が笑った。


「どんな文化があってもいいけどよ。剣道に持ち込んだら、腐るのは当たり前だ。試合中、相手の目しか見ちゃいけないって教えたろ?」

「目の動きで考えが読まれるから?」

「そうだ。加えて、外国の人はな。表情でも主張してくるんだ。たぶん、癖になってるんだな。だからよ。ちょっとした変化があった時に、すぐ顔に出る。だから、弱いんだよ」


 サラは分かったような、分からないような曖昧な返事をした。


「あー、つまり。お前の場合は、顔立ちがくっきりしてるから。ちょっとでも心が顔に出ると、すぐ相手に伝わる。目の動きもだ。顔の造りからして、すでに主張が伝わりやすいんだよ」


 この弱点だけは、絶対に無視できない。


「サラ。お前、試合中はずっとキレてろ。相手のこと睨んでろ。それ以外の表情は浮かべるな。ほい。練習!」

「む、難しい」


 これを徹底して仕込まれたのが、丁度中学二年の頃だった。


 *


 現在。

 定位置に戻り、サラと品沢は立ったまま竹刀を向け合う。


「はじめッ!」


 二本目が始まり、品沢は体を前後に揺さぶり、間合いを取った。

 今か、今か、と飛び掛かる仕草だけは見せるが、間合いに入れない。

 というか、サラの間合いがよく分かっていなかった。


(女子にもらうとか、クッソ恥ずいわ。くそ。女の癖に、マジで生意気過ぎじゃね?)


 対して、サラは微動だにせず、竹刀の先を相手に向けている。

 大きな人形の置物がそこにあるみたいだった。

 面金の中では、サラが大きな目をカッと開いて、相手の動きを見る。


(舐めんなよ、クソアマ)


 品沢が動き、サラは咄嗟に竹刀を弾いた。

 品沢の竹刀は小手を狙っていた。

 その軌道が大きくずれ、サラの肘に当たる。


「小手ぇ♪」


 どこまでも舐め腐った掛け声だった。

 品沢は鍔迫り合いに持ち込むと、続けて胴や面を狙っていく。

 その打突に当てる意思はなかった。


 狙いは、防具に護れていない箇所。

 小手ならば、肘や二の腕。

 胴なら太もも。

 面なら肩。


 力いっぱいに意味のない打突を繰り返し、相手に感情をぶつけていく。

 終いには、竹刀を突き出し、「突きぃ♪」と突っ込んできた。


「お、っほ」


 サラのつま先を踏みつけ、竹刀は喉当てからずれて、面の隙間に食い込んだ。肩を覆う垂れと喉当ての間だ。


 竹刀の先が白い首筋を擦り、サラは体当たりの勢いで尻餅を突いた。


「やめッ!」


 審判に中断させられ、二人は仕切り直しとして、構え直す。


(んだよ。楽勝じゃん)


 品沢がバカにしている一方で、サラは額に青筋が浮かんだ。


(師匠の言う通りじゃん)


 國井に教わったことは、山ほどある。

 その一つを思い出した。


『お前が男子とやり合えば、相手は必ずお前を潰してくる。力ではまず勝てないからな。これは忘れんな。腕の立つ、礼節弁えたやつなんてなぁ、一握りしかいねえんだよ。覚えとけ』


 打たれた箇所が痺れて、すぐに熱を持つ。

 サラは、目の前でヘラヘラと笑っている品沢に対し、逆にぶっ潰すつもりで怒りを燃やした。


「はじめッ!」


 審判の合図が発せられると、品沢はひょろひょろとした動きで、また防具のついていない場所を狙おうとしてくる。――が、サラがそうはさせなかった。


「小手アアアァァッ!」


 思い切りよく鍔を叩き、全身で体当たりをしたのである。

 怒り任せに仕返しした、なんて思われないよう、股間を突き出して、体の勢いを全部ぶつけてやる。


 フォームは綺麗なもので、胴と胴がぶつかり合い、今度は品沢が転んだ。


「あ、大丈夫ですかぁ?」


 転んだ品沢に片手を差し、腕を握る。

 品沢はイライラした様子で上体を起こし、片足を突いた。

 その際、サラと品沢の面金がぶつかった。


 ――わざとだ。


 面金越しにサラは、一言だけ伝える。


「調子乗んなよ」


 低くて、気迫のある一言だった。

 今まで見てきた、どの女子にもいない本気の怒りが、一言に詰め込まれていた。


(な、んだよ、こいつ)


 起こした後、サラは間合いを取った位置に離れ、竹刀を構え直す。


(ふざけんな。くそ。女の癖に。女の癖に!)


 品沢が激昂する中、最後の合図が発せられた。


「はじめッ!」

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