一回戦
まずは観戦
上下紺色の道着を着た石巻は、会場の隅っこで練習をしていた。
もう少しで、試合が8面に分かれて行われる。
石巻の出番は、トーナメント表の左上に名前が位置しているので、すぐに準備をしなければいけない。だが、品沢にまた嫌がらせの練習をさせられ、執拗に腕を狙われていた。
「小手ッ! おら! へばんなよ」
「う、ぐぅ」
防具をはめていない肘を何度も打たれるので、青痣ができていた。
おかげで竹刀を握る力が入らず、コンディションは最悪。
元々、勝てるわけがない試合だが、尚のこと望みは薄くなっていた。
「ほら。試合始まるぞ。どいた、どいた」
「へっ。マジでイジメ足りねえわ」
石巻は防具を外さず、檀上側に立つ。
人混みが酷くて、竹刀が他の人に当たる中、彼女は思った。
(小学校の頃は、……もっと楽しかったのにな)
色々な人がいるから、性格の悪い子供や馬鹿な子供だっていた。
でも、ふざけ合うくらいには、仲が良かった。
なのに、学年が上がっていく度に、剣道がつまらなくなっていた。
石巻が剣道をやる理由は、将来警察官になって、安定した職に就くためだ。目的は自分の将来のためである。
「おい。石巻。出番だぞ」
丸藤に肩を叩かれ、面の枠外に移動をする。
ゼッケンの色は、石巻が白。相手は赤だ。
一礼して入り、枠の中に白い線が二本あり、その片側にまで移動。
竹刀を構えて
「はじめッ!」
石巻は立ち上がり、腹の底から気合を叫ぶ。
「アアアアアアアアッ‼」
少しだけ前に踏み出した直後、脳天に強い衝撃が走った。
*
二階の観客席からは、サラが立ちながら試合の様子を見ていた。
金切り声や野太い掛け声が入り乱れ、会場内は野性の動物がひたすら騒ぎ合っているかの如く
サラの上下は、真っ白な道着と袴。
垂れと胴だけを付けて、いつでも動けるように準備されている。
その後ろから、応援にきた両親がワクワクとした様子でサラを見守る。
「まさか、サラが大会に出る日がくるなんて」
「ああ。僕も親として誇らしいよ」
両親の隣では、退屈そうに妹のクラリスが欠伸をしている。
家族総出で応援をしに来たのだ。
だが、サラは意に介さず、手に持ったスマホで、ひたすら蛇が獲物に食らいつく瞬間を自分の頭に徹底して刷り込む。
それから、試合の様子を見て、大勢の立ち回りをジッと眺めた。
「すごいな。試合ってこんな感じなんだ」
今までは國井としかやらなかった。
試合ではもちろんあり得ない事だが、頭を掴んでぶん投げられたり、最早暴力だろう、と言わんばかりの荒さで稽古を重ねてきた。
「どうだ。怖気づいたか?」
「ううん。たぶん、いける」
「たぶん?」
サラはニッと笑い、
「絶対にいけます」
「よろしい」
その場にいる参加者のほとんどが、小学校や中学からやった人ばかりだ。技のキレと掛け声は凄まじく、あっという間に勝負が決していく。
「ありゃ。あの人負けちった」
「どいつだ?」
「ほら。北高の女の子」
石巻が気づかないところで、サラは注目していた。
同性の剣士がいると聞いて、嬉しくなったのだ。
「なんか、動きがぎこちないんだよな。調子悪いんじゃないかな」
「ハッ。言うようになったなぁ。お前」
「だって、腕が全然持ち上がってないもん」
あっという間に石巻は負けて、静かに礼をし、去っていく。
「おしっ。準備しろ。お前の相手はこいつだ」
國井が指した名前。
――北高の品沢。
「分かってるな? バチくそに相手の将来ぶっ潰してやれ。偽物野郎共に現実を分からしてやれよ」
「あいよ」
サラは他のスペースにも目を移し、再びスマホの画面に集中した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます