師より超えたもの

 道場での試合形式の稽古は、『1分試合』が五本。

 加えて、『10分試合』が十本となっている。


 前者は、例え試合時間が4分であっても、4分をフルに使う事はないと想定しての稽古だ。


 すぐに決めなければ、自身の体力が持たない。

 一方で、後者の10分稽古は、長丁場で変わらない動きをするための稽古。


 経験者にとっては、試合での1分がどれだけ長くて、どれだけきついかが分かるだろう。全力で動き回り、神経を尖らせて、呼吸は不規則になる。


 疲れない訳がなかった。


 ところがサラの場合は違った。


「師匠。もう一回やりましょうよ」


 10分稽古の十本目が終わって、サラはケロッとした様子で言った。

 面金越しに見えるサラの顔は、水でも被ったかのように汗で濡れて、顔中に浮かんだ汗の粒は目の中に入っている。


 だが、足りないようで、四つん這いになった國井へおねだりをしてきた。


「ひぃ、へぁ、ま、待て。ちょっと、はぁ、休憩」

「えぇー……。師匠、お酒飲みすぎですよ! だから体力なくなるんですよ」

「いや、そういう、はぁ、次元じゃ……はぁ……っ」


 今では、恩師の國井がバテる結果となった。


「お前、体力どうなってんだ」

「まあ、全力で打つときは打ちますけど。どうせ、長丁場だから、ちゃんと呼吸できるときにしてるっていうか」


 温存できるときに温存して、無闇に体力を使う真似はしない。

 だが、神経は尖らせているので、相手が隙を晒した直後に打ち込む準備はできている。


 きつい稽古の中で、サラが自分で考えた方法だ。


「いい。いいって。まず、脱げ。休憩だ」

「ちぇ」


 道場の端っこに行き、サラが正座をする。

 面紐を解いて小手の上に面を置き、頭に巻いていた手ぬぐいで顔を拭いた。


 汗で張り付いた髪を指で取ると、仰向けになった國井を眺める。


「師匠! 水持ってきましょうか?」

「はぁ、はぁ、……頼む!」

「っとに、だらしないんだから」


 立ち上がると、サラは母屋の方に移動する。

 扉を開いて渡り廊下を歩くと、旧家のように古い家がある。

 最近では普通のことなので、ノックはせずに扉を開け、「お邪魔します」と中へ入った。


 扉を開けると、玄関の前には台所がある。

 その前には食卓があり、竹内がサラを見て笑った。


「はっはっは! あいつ、またバテたか!」

「はい。水取りに来ました」

「あっという間に越されちゃって、まあまあ」


 竹内が蛇口を捻り、水の入れたコップをサラに渡した。


「さっちゃんも飲みな」

「んー、でも、まだ稽古すると思うんで」

「はっはっは。いいんだよ。あいつに付き合うと思って、休憩せ」

「じゃ、お言葉に甘えて」


 汗だくで、疲労はあるはずなのに、表情は平静。

 水を飲むサラを見ながら、竹内は思った。


(とんでもない拾い物したな。コウちゃん)


 竹内は大会が楽しみになっていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る