天性の才能

 放課後になると、サラは防具を取りに家へ戻る。


「んじゃ、道場行ってきます!」

「帰ってくるとき、豆腐買ってきて!」

「やだ!」


 リビングから聞こえる母の声を拒絶し、小走りでサラは道場へ向かう。

 リビングでは、ソファで寛ぐアメリカ人の父と日本人の母が顔を見合わせ、思わず笑っていた。


 前はどんよりしていたサラだったが、今では活き活きとして、口答えをするようになった。


 親からすれば、元気でいてくれるのが一番。

 口答えだって、元気の証だ。


 *


 道場に着くと、サラは恥ずかしがることもなく、堂々とその場で着替えた。ちなみに、道場内には國井がいるのだが、サラは気にしていない。


「倉庫で着替えろっつってんのに」

「めんどいっす」


 一枚一枚脱ぐのではなく、ファスナーを開けたら、豪快にズルっと脱いで道着を着ていく。脱いだ服は足で蹴り、道場の隅へ移動。


 女好きの國井が額に手を当てるほど、だらしなかった。


「いや、整理整頓しろよ!」

「めんどいっす!」


 道着に着替えたら、まずは準備運動。

 屈伸だけは欠かさず行い、指は開閉を繰り返し、腰は捻り、その場で跳びはねる。


 大きな胸が上下に揺れる一方で、國井は脱ぎ散らかした制服を畳み、邪魔にならないよう倉庫の手前に置く。


 一通りの準備が終わったら、踏み込みの稽古だ。

 二メートルの間合いをぴょんと跳び、袴の裾に引っ掛からないように、前後するだけだ。


 これでアキレス腱を太くする。

 普通の部活ではやらない。

 だが、ここは道場。


 本格的な体作りが欠かさず行われるのである。


「お」


 大分離れた位置から跳びはねるサラ。

 遠くに離れていたのが、一つ跳んだだけで間近に迫る。

 道着越しに大きな胸が揺れるのを至近距離で見せられ、國井は思わず「おお」と頷いてしまう。


 胸が揺れる、ということは、それだけ勢いが付いているということ。

 だいたい、一メートル三十センチは跳べるくらいに脚力がある。


「距離伸びたな。でも、勢いつけすぎだ。もうちょい、つま先を水平に、前へ刺すようにしてやらないと、袴に引っ掛かるな」

「師匠、胸ばっかり見てる」

「お前の胸はデカいから、勢いの目安になるんだよ」


 ベストは小さな揺れ。

 大きく上下に揺れるということは、上に勢いが向いているということだ。


 これの何が稽古かといえば、相手に対して踏み込む際の脚力を鍛えている。本番ではもっと短い間合いだが、伸びしろを作って余裕を持てば、臨機応変に対処ができる。


 稽古を重ねる事で、想定外の相手を前にしても怖気づかないように、肉体を作る必要があった。


「ほい。もっかい」

「ふんぬぅ!」

「いやいや力み過ぎ。おっぱい揺れすぎ。水上バイクみたいによ。スッと来いよ。ほら、もっかい!」


 前足を差した直後に、後ろ足がすぐについてくる。

 後ろ足を置いてくると、バランスが崩れて転んでしまう。

 何度も踏み込みの練習をさせるのは、何度も打たせるための基本を固めるため。


「お前のせいで、眼福の光景に集中できねえよ」

「胸見過ぎですって!」

「次は竹刀使ってやるぞ」

「は~い」


 始めた当初は、竹刀を振ると前のめりになったサラ。

 今では体の軸を真っ直ぐにした状態で、國井の竹刀を打ち落とすことができるようになっていた。


(……化けてきたな)


 部活における指導では、サラの腕前を磨く事はできない。

 過酷で、体をイジメ抜かないと、体が覚えてくれない。

 國井はサラが本格的に取り組んで、約一週間後に彼女の頭角に気づいた。


 サラは紛れもなく天性の才能があった。

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