第61話 黄昏時はお別れ時

 もう夕暮れ。結局商店街を見て回っただけでこれほど時間が経ってしまったんだな。さすがにこれ以上こいつを監視するだけの時間的余裕は私にはない。


 しかしこの男が住んでいる場所わかった、元勇者パーティとして今でも少なくない影響力を持っているこの男が特定の女性に対して品位に欠く行動を取られないように今後も定期的に監視することが可能になったわけだ。今はこれで良いだろう。


 私も明日から別の依頼が入っている、他のメンバーに心配をかけさせるわけにもいかない。ということでここいらで別れなければな。


 ふと空を見上げれば、いつもの見覚えのある夕日が今日はやたら眩しく見えた。


 ここはC地区にある公園の一角だ。そういう初めて来る場所から見る光景だからだろうか? こういった新鮮さを私は好きだ。


 ベンチに座る私達と遊具で遊ぶ子供達。思えばこういう時間も初めての体験かもしれない。だが、あの子供達もそろそろ帰宅することだろう。


「さてと、これでお前との時間も終わりだな。貴重な俺の時間をわざわざお前のために使ってやったんだから感謝しろよ。帰って寝る前も今日は一日ありがとうございましたと唱えながら眠るんだぜ?」


「恩着がましいことを言うんじゃない。時間を使っているという点では私も同じだ」


「そっちこそ、勝手に俺について回ったんじゃねえかよ」


「こちらには大義名分がある。かつて我々のメンバーだった貴様には少なからず知名度がある。見る人間が見れば今の我々にも影響がある事を忘れるなよ!」


「人のことを追い出しといて、好きにやるなってのはさぁ。ちとわがままが過ぎるぜ? お嬢様よぉ」


 ぬぅ。確かに追い出す事に賛成した身だ。縁が薄くなった以上強く口出しすることは出来んが。


「最低限の品性を身につけろと言っているんだ。そうすれば私だって……」


 私だって?


 強く口出しができなくなるということはこの男と関わることがなくなるということではないか? いや別に問題はないが、この男のその後の人生がどうなろうと私には関係がないが。


 しかしこの男のことだ、同じパーティメンバーだった当時ですら人の言うことを全く聞かなかったのにこれから先この男一人で真っ当な人生を歩めるはずがない。


「私だって、何だよ? もう口出ししないってか。そもそも口を出さなければいいんだ、俺の人生がどう生きようとそれは俺の勝手じゃないか。胸のデカい女を見たら口説いてしまうのが俺のサガなんだ、これはもうどうしようもない俺という男なんだよ。お前が勝手に諦めればいい。そうすりゃ気が楽になるだろう」


 ほら見ろ! やはりこの男は改めるつもりなどないのだ!

 根っこの部分からひねくれねじ曲がったこの男が自らの意思で品性を身につけるはずがない!


「だって、と一瞬そう思ったが。今の貴様のセリフで、やはり貴様と言う男はどうしようもないことがわかった。これからも街で見かけたらその態度の矯正をしてやる!」


 決まった。まさしくこの男に対して私がすべきことではないのか、これは?


 もはやこの男がパーティーと離れた以上は、あくまで私個人でするべきだ。他のメンバーには迷惑はかけられない。


 元勇者パーティという肩書はどこに行ってもついて回るだろう、それはつまりこれから先も私に影響を与えかねんという事。この男の態度の矯正は降りかかる火の粉を払う行為なのだ。


 この男の為にもなる行為だというのに、奴と来ればその本質にも気づかず露骨に嫌な顔をして表情を歪める。全く失礼な男だ。


「いいよぉ遠慮するよ。男を思い通りにしたきゃ適当に彼氏でも作って支配してろ」


「そんな下劣な考えなど私には無い! 邪推はやめろ、品位の欠片も無い失礼な男め。とにかく、我々のパーティが平穏に名を上げる為には貴様の矯正は必要だと判断した。追放が反省に繋がらない以上は致し方無い処置だ!」


「むちゃくちゃだぞお前!?」


 これはもはや決定事項だ。反論は許されない。


 当然この事はリーダーであるティリート殿には言えんな、パーティーの長たる気苦労を事前に祓うのも一メンバーとしての務めだ。


 そう考えをまとめ、いくつか言いたい事を言ってホームへ帰ろうとしていた時だ。


「エル、アンタこんな所で何してるの?」


「あん? ああ、ラゼクじゃねぇか。帰ってきたのか」


 奴に話掛ける少女の姿を確認する。

 黒く肩に届く程度に髪を伸ばし、その頭に猫の耳を持つ女性。

 この人物が他のメンバーが話していたラゼクという少女か。


「たった今戻って来たのよ。公園を通りかかったらアンタとキレイな女の人がベンチに座ってるから気になってね。こちらさんは、アンタの知り合いね」


 私を見る少女。少女と言っても私とさほど身長差が無いな。

 ベンチから立ち上がり自己紹介をする。


「お初にお目にかかる。私はアリゼ・ガムゼ・ヴィッテ。隣の男とは昔パーティを組んでいた経験がある、その縁で話し込んでいたのだ」


「あ、これはご丁寧に。アタシの名前は……」


「他のメンバーから聞き及んでいる。ラゼク殿、だな? エルが随分な迷惑を掛けているらしいが、元メンバーとしていつかは挨拶が必要だと思っていた」


「殿は付けなくていいわよ。アタシ達、年も変わらなそうだしね。あとコイツの迷惑だけど……、そりゃあ毎日大迷惑よ」


「おい、ラゼクお前なぁ!?」


「ホントの事だからちょっと黙っててなさいって。……でも誘ったのはアタシの方だし、そこはもう折り合い付けてるけど。アナタ達はアタシ以上の気苦労を味わったんでしょうね、心中お察しするわ」


「わかって貰えたようで何より、その点も追放の理由であるのだ」


 パーティでこの男を完全に圧し切る事の出来る者はグウィニス殿だけだった。

 幼馴染であるティリート殿ですら完全に制御出来ない為に被った苦労は数え切れず。……今となってはほぼ無縁となったが。


「にしてもアンタ、こんなキレイな女の人が同じパーティなのに何がそんなに不満だったのよ? いいでしょ胸なんて、そんな気にする事だったわけ?」


「俺は妥協の出来ない男なのさ。本物志向ってロマンが俺に諦めるなと命令するんだ、じゃあ仕方ねぇだろ。まぁそもそもこんなガサツな女、仮に胸がデカくたって……いてててて!!?」


 ガサツで悪かったな。

 純粋にムカついたので頬をつねってやった。


「アリゼさんって言ったかしら?」


「呼び捨てで構わんぞ。それで、どうしたのだ?」


「うん、じゃあアリゼ。その恰好だけど、アナタって結構オシャレさんのね。失礼かもだけど、ちょっと意外だわ」


 そう言われて、自分で今日の服装を見てみる。確かに自分でも中々女性的でセンスがあると感じる恰好だ。だが、これはグウィニス殿が見立ててくれたのであって、普段の私とは違うのだが。


「これは、外出用に仲間にコーディネートして貰ったものだ。自分で選んだもので無いから、褒められると素直に喜べるな。ハッキリ言って私は無難な服を選びがちだからな」


「そうなのね。……でもそういう服を着ているとデートしてるみたいね。エル、アンタももっとましな服着なさいよ? 折角この間買ったっていうのに」


「こいつ相手に何でそこまでしなきゃならねぇんだ? そもそも今日はだな……」


 目の前で何やら言い合いをしているが、私の耳には今一つ入ってこなかった。

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