第62話 敵前逃亡

 デート?

 もしかして、傍から見たら今日の私達はデートしているように見えていたのではないか? 


 ……いやいやいや、そんな馬鹿な。偶々この男と出会い二人で街中を歩き回っただけだ。周りに威圧感など与えないように冒険用の服装から着替えただけで、それだって折角だからといつもと違う恰好をしてみただけで。


 つまりその、デートとは違うはずなのだ。


 だが、若い男女が二人で街中を歩いて店に入って食事をしたりアクセサリーなどを選んだり、最後は公園のベンチで二人並んで座ってみたり……。このシチュエーション、もしやそう取られても仕方ないのでは? いや、だがしかし……。


 いや待て、男女のアレコレについては色んな意味で私より余程詳しいこの男が、それに気づいていないとは思えない。


 もしや……!?


「お、おい。もしかしてだが、そんな訳は無いとは思うのだが! 傍から見たら私達の関係は……こ、恋人に見られていたのか?」


「うん? ま、そう取るヤツもいるんじゃねぇの? でもそれってのは結局のとこただの邪推で……」


「いいんじゃない別に、こんな美人さんとデート。アンタも役得だと思ってるんじゃないの? 素直になったら?」


「馬鹿言ってんじゃねぇよ! だからそういうのを邪推だって」


「邪推でも何でも、アンタみたいなのがデート出来る事に感謝しなさいっての。……ほらアリゼ、知ってると思うけどコイツって素直になれない性格だから。男子小学生並みに意地悪するタイプよね」


「人の事馬鹿にしやがって! 素直になれないとかそういう決めつけってのは良くないと思うねぼくぁ!」


 はっ! もしやそういう事なのか!?


 確かにこの男の精神年齢は子供並みだ。それでいくとこの男の言動や行動は一種の愛情表現なのかも知れない。


(聞いた事がある、少年というものは好みの女性に対して思わず嫌われる行動を取るものだと……)


 と、という事はまさか!? 

 この男の今までの私に対する暴言に近い言動等は全て――私に対する好意だったのか!?


 一度その考えに行き着くと、納得が出来る行動を取り続けている。……気がする。

 思えば久しぶりの再会を無視したのも、あれはわざとなのではないか? 本当は気付いていたのに、私に対する照れからくる意地悪なのか、そうなのか?


 そうなのか……。


「そういう……事だったのか。…………貴様ッ!」


「あん? 何だよ急に大声だして?」


「あ、いやその……。きょ、今日の所はこれで勘弁しておいてやる! だが、次は覚悟しておけっ。わ、私もっ。そのだな……ぁ、覚悟してくれる!!」


 上手く考えがまとまり切れず、自分でも良くわからない事を口走りながらその場を全速で離れた。……離れてしまった。


 情けない! パーティの前衛を務める者の姿か、これが!?


 かつてないほどに怒涛の勢いで鳴り続ける心臓に煩わしさを感じながら、ホームのあるA地区まで走って帰る事になった。ローファーも意外と走りやすいな、などと無駄に考えながら。





「急にどうしたのかしら、彼女?」


「さぁな。アイツ昔っからわけわかんない発作で動き出すところがあるからな」



 ◇◇◇



「や、やあアリゼ。今回の知人とのデ、……遊びはどうだったかな? 楽しく過ごせたのならいいんだけれど。……なんだろう? キミ、やけに息が荒くないか?」


「いや、ティリート殿、これはその……。じ、時間が時間だったので急いで帰って来たからだ! 時間の感覚があいまいになる程に羽目を外し過ぎてしまったようで、私も未熟だと実感している!」


「そ、そうかい。それにしてはやっぱりちょっと息が荒過ぎるような? いや別に何となく気になっただけで深い意味は無いんだけれども」


「気のせいではないか?! わ、私は別に、その何も……。ともかくっ、そういうわけなので失礼する!」


「あっ、ちょっ。ちょっと!?」


 今は落ち着かなくてどうすればいいのかわからなくて、とにかく体がむずむずするような感覚でいっぱいになっていた。過去一切経験したことの無い感覚だ。


 何なのだ!? どうしたらいいのだ!?


 やり場の無い感情に任せて、足早に自室に向かう途中の事だった。


「ああ、帰ってきたのねアリゼちゃん」


 優しげな声、実家の母を思い浮かばせる声色の女性。


「グウィニス殿……。これは気付かず、申し訳ありません」


「気にする事じゃないわ。それより、今日のデートはどうだったかしら?」


「いやデートでは!? …………いえ、もしかしたら本当にデートだったのやもしれません。正直いかんとも言い難く」


「まあそうなの! ふふ、お相手はエルちゃんね? それにそのアクセサリー、買って貰ったの? よかったわね。それに私のコーディネートが少しでも役に立ったなら嬉しいわ」


 我が事のように喜ぶ彼女の姿を見て、私も良かったと思う。


 ……いや本当に良かったのか? でもいつもの恰好だったらデート向きでは……ああ! わからん!!


 心の中は感情が入れ違いになり休まるところを知らない。何なのだこの感覚? 苦しいのに、されど嫌いになれない不思議さ。わからない。


「でもエルちゃん相手は大変だったでしょう? あの子は目移りし易いから、手綱を引くのはコツがいるもの」


「そうですね、終始振り回されました。やはり貴女程の手腕は私には無いようです」


 私の知る限り、口の上手いあの男を唯一抑止出来るのがグウィニス殿だ。実の所それが羨ましくもあった。何かにつけて私のペースを乱し続けたあの男。

 そして今も、別の意味で乱されている。


 ここはやはり思い切って打ち明けるべきか? グウィニス殿なら口も固いので信頼が出来る。


「デート、といってもあの子にその気は無かったのかもしれないけれど。アリゼちゃんが楽しめたなら良かったと思うわ」


「いえ、実はですね。そのぉ……あの……」


「うん? どうしたのかしらアリゼちゃん?」


 き、気恥ずかしい……。だが一度決めた事だ、覚悟を示せ私!


「実は! その、エルは私に好意を持っていると思われます。はい、恐らくは……たぶん」

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