第59話 からかわれたら悔しい

 買い物を済ませ店を出た私達。

 いくつか商品を購入してみたが、こういう機会は今まで無かったので新鮮な気持ちだ。意外とこういう店も悪くないな。


 年頃の娘の入り浸るような流行のアクセサリーは、私には気恥ずかしいから余計にそう思う。


(それに……)


 ふっと、耳の手をやる。奴が購入したイヤーカフがそこにはあった。違和感は拭えないが、そのうち段々と慣れていく事だろう。


 あの男の与えた物が私に馴染む、か。

 べ、別段……思うところなど無いが。そう無いが。


 これなら激しく動いても邪魔になる事もあるまい。そう思えばなるほど、確かに奴のセンスとやらは認めざるを得ないのだろう。癪な話だが。


 しかしなんだな! この耳にあるアクセサリーを触るのは、悪くない感覚かもしれん。他意など無いが。


「お前それそんなに気に入ったの? でもあんまり触ってると変な奴に見えるぜ」


「……」


 ……他意など無いが、この男にそれを指摘されると良い気持ちはしないな。


「もう昼過ぎか、つってもカフェで甘い物食ってあんまり腹が減ってないんだよな。でもこの腹の状態は夕方に鳴りそうな気がしないでもって感じか」


「むぅ、とはいえ飲食店に入る程でも無いのだろう? 我慢するのはどうだ」


「でもなぁ……そうだ! ちょっとついて来い。お嬢様育ちのお前には縁の無いもんを味わわせてやるよ」


「お嬢様育ちを付けなくていい。だが一体何を体験させてくれると言うのだ? まさかと思うが、何か如何わしい……」


「お前、俺をもっと信用しろよ! 取り敢えず来いっての!」


「あ、おい!」


 再び手を引かれ、何処かへと移動し始める。

 気づけばこの状況に慣れているような。気のせいかそれは。


 それにしても、こいつの手は大きいな。それにゴツゴツしている。こんな男でも元は栄光ある勇者の仲間だったわけだから当然といえば当然なのだろうが。


 私は、頼り甲斐がある気がしてこのような手は嫌いでは無い。


 ……無いだけだ。


 ◇◇◇


「またお越しくださいませ!」


 連れていかれたのはC地区にある商店街だった。

 そこで肉屋に立ち寄った奴は、店主と会話をしつつ惣菜を注文する。

 それを紙袋に入れてもらい、代金を支払うとそのまま歩き出した。


「ほらよ、俺の奢りだからありがたく受け取れ」


「? これは何だ?」


「コロッケだ。ピープルの食い物を知らないお嬢様には縁が無いだろうけどな」


「貴様、事あるごとに……っ。お、お嬢様扱いをするな! それと別に知らんというわけではないぞ!」


「じゃあいいじゃん。食ってみろって」


「う、うむ」


 受け取ったその揚げ物はホクホクとした温かさを私に伝えてくる。まだ湯気が立っている所を見ると作りたてのようだ。一口齧りつくと、衣のサクッという音と共に、中に詰まっていた熱々の中身が私の舌を襲う。


「あっふぃ!!」


「お前さ、そんな風にかぶりつくなよ。ったく仕方ねぇな」


 そう言って奴は私の方に顔を近づけたかと思ったら、ふーと息を吹きかけてきた。


「な!? ななな!? 何の真似だ!? いき、なりこんなっこんな事! き、貴様なにを考えて!?」


「何って、お前が熱いって言うから親切にも冷ましてやったんだろうが。お前ってヤツはお上品なもんしか食った事無いからそんな目に合うんだ。やっぱり冒険者なんて向いてないんじゃないの?」


「ば、馬鹿にするな! 初めての食べ物で戸惑っただけだ。それを……そんな食べ方一つでそこまで言われる筋合いは無い!」


「へぇ、そうかい。なら次は自分でやってみるこったな」


「言われなくとも……、あひゅい」


「ぎゃはははは!」


 く、くそぉ。少々癪だが、大人しく奴の真似をしながら食べる事にした。


 美味しい……。素朴だがホクホクした食感とジャガイモの甘味、それにひき肉の旨味がしっかりと感じられる。そして、このサクサクした衣がクセになるな。

 だがこの男の手前、それを口にするのは……。うぅむ。


「ふん、まぁ確かにピープルの食事というもの体験するいい機会にはなったな」


「美味いの一言も言えないたぁな、もちっと素直になれねぇと損するぜ? 少なくとも彼氏は出来ねぇわな。がはは」


「だから私はそんなものッ! ……もういい! 何かにつけてそうやって私をからかおうとするのもいい加減にしろ。大体だな……あむ!?」


 人がまだ喋ってるというのに、奴め、私が持っているコロッケを口に突っ込んでくるとはどういう了見だ!?


「文句があるならそれ食ってからにしろよ、俺もまだ食って無いんだからな。……うん、うめぇ」


「……あぐ、あぐあぐあぐ!」


 悔しいが確かに美味しい。この男にしてはやる。だが、だからといって負けを認めるわけにもいかない。そもそも何故、私がこのような男に敗北感を覚えなければならないのだ?


「ははっ。お嬢様ががっついてら」


 私はただ、コロッケを食べているだけなのだ。それだけなのにどうしてこうまで煽られなければならんのか!


 断じて負けてなどいない! 敗北感など感じていないのだ!!


 今のうちに好きなだけ勝手に笑っているがいい、だが私はいつか必ずこの男に吠え面をかかせてくれる!

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