第58話 密かな期待にドキドキする女騎士

 これから本格的にこの男の監視が始まる。

 断じて遊んでいるのでは無い、監視である。


 しかし、私は女子とばかり交流をもって生きて来た為、男と街を歩く経験は無いに等しい。数少ないまとも話せる男も実家の人間か、甚だ不本意ではあるが隣を歩くこの男のみ。


 フェンシングの対戦相手として男を打ち負かしてきた経験は数え切れない程にあるが、当然試合の上で言葉を交わす事も無い。剣の交わりだけが唯一の語らいだ。


 思えば同年代の女子とすら対等に口を利いたの今のパーティと関わってからだ。

 年下からは慕われてはいたが、当然それは対等の関係では無い。


 ……そう考えると、私はあまりに人間関係が薄くはないか? 男子どころか同年代の女子が何を好むのかすら良くわからないぞ?


「私はつまらない人間なのでは? いや、だが、剣こそ己の生きる道であり……。それはもしかしてただの逃げでは? あれ?」


「なんだこいつ? さっきからブツブツと」


 今迄はそれで良かったが、これから先を考えるならばもう少し改善していくべきだろうか? そもそもこの男にとって私はどういう存在なのだ?


 私は…………。


「おーい。おいってば、おい!」


「うあ? ああ、何だ急に?」


「何だってお前、人の腕引っ掴みながら下向いて歩くんじゃねえよ。アブねぇなぁ。……仕方ねぇ、腕離せ」


「何? それでは貴様が」


「今更逃げねぇよ、ほら」


 促され渋々と腕を離した。本当に逃げないのか?

 そんなことは考えていると、奴は私の手を取って来て……。


「えっ?」


「こっちの方がなんぼかマシだ。ほら、適当にぶらぶらしようぜ?」


 つなぎ合わさる私と奴の手。今度は逆に奴の方が私を引っ張っていく。


「あ? え?」


「間抜けた声出してんじゃねぇよ。ほら、あそこなんかお前好きそうじゃねぇか?」


 なんと言っているのかすら、私の耳には入らなかった。

 自分の置かれている状況を確認すると、途端に耳が熱くなっていくのを感じる。


 これは監視だ。奴がピープルの女性に魔の手を伸ばさないようにする為の監視であり、それ以上の意味などないのだ。


 しかし、この男の恰好。離別して数日しか経っていないのに新鮮に見えてくる。

 見慣れた格好などは間違いないのに、こういう……あくまで例えとして! 男女ので、デートなどにもさほど適していないわけでもない気がしないでもない気がするようなその……。


「あああ!! 私は何を考えているのだ!? くぅぅっ!」


「おい、街中で奇声を出すのは止めろよ。普通に迷惑だぞ」


 よりにもよってこの男に注意されてしまった。……情けないぞ私。




 連れられて入ったのは……小物屋か?

 アクセサリーショップと言うには洒落た感じはしないが、それ故に入りやすい店ではあるな。


「私、というよりはチェナーあたりが好みそうな店だと思うが?」


「あ? お前嫌いだっけこういう店?」


「別にそういうわけでは……」


「じゃあいいじゃねぇの。お前の好きそうなもんが売ってるかもだし」


 そう言って店内を見回し始める。

 私もそれに習って見渡すが、女性客が多いようだな。あくまでも男性客と比較して、だが。


 飾られているものをざっと見てみるが、確かに、普段使い出来るような実用的な物が多いようだ。実用性があると言えば聞こえはいいが、要は地味なものばかりだ。そういった意味では、私に似合いと取れるだろうが。


 実質剛健、安物にしては上等。嫌いでは無い言葉の響きだ。


 例えばこのネックレスにしても、記念日にはいまいち映えないだろうが気兼ね無く使いつぶせるという点では優れたデザインだろう。

 そして、値段は……ふむ。……やはり安い。


 こういった物は常日頃から使える分愛着が湧きやすく、駄目になれば同じ物をつい買い求めてしまうかもしれないな。

 なるほど、そう考えれば女性客がそれなりに多い理由も見えてくる。特に男連れで無いのは、誰かに見せる為に買うからでは無く普段の自分の為だからだな。


 ……私、こういう考察が出来たんだな。自身の事ながら驚きだ。

 だが、これなら私も興味を惹かれるかもしれない。

 あまり派手な物は好みでは無いから、選びやすい店と言える。


 だからか! 奴がこの店を選んだのは。

 あの男、私の事が見えているのか。だから私の興味を引くであろう店をわざわざ選んでくれたと。

 いや、そんなはずは無い。たまたま、偶然の産物に違いない。だが……。


 ええい!! 正気になれ。奴にそのような事が出来るはずなど無い!


「ふぅ、落ち着いてきたぞ。まったく、普段と違う事をしているだけで気が動転するなど。いかんいかん、こんなの私では」


「よう」


「ひゃ!?」


「うお!? ビックリしたな。何で急にそんなたっかい声出してんだよ?」


「な、何でもない! それより、一体何だ?」


「いや、これなんだけどさ」


 そう言って奴が見せてきたのは、小さな群青色の石がはめ込まれたイヤーカフだった。このような店で、まさか本物の宝石という事は無いだろうが。

 だが、イミテーションにしても悪くないデザインのアクセサリーであるのは一目見てわかった。


「それがどうしたのだ?」


「ま、ほらお前のピンク色の髪でも映える物ってなると、こんなもんかなぁってな」


「え?」


 この男、今なんと言った?

 まさか私の為に? 私の髪色を考慮して選んだと? え? え? え?

 し、思考が上手く働かんっ。


「こんな豆粒みてぇなアクセでもここまで化けさせるなんて、やっぱ俺のセンスは中々だな。うんうん」


 かろうじてわかったのは、奴は手に持ったアクセサリーを私の耳の傍まで持ってきて、一人納得したように頷いていたということ。


「ああ……?」


「でさぁ」


「! な、何だ?」


「これ三千ペレルだってさ。お前買ってみたら?」


 …………………………………………。


「馬鹿やめろ! そんなに睨むなよ!? わかった奢ってやるって! なぁ?!」

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