第四章

第45話 不穏の幕開け

「エル! ぼくの狙いから逃げられるだなんて、思うんじゃないっ!」


 岩肌がむき出しになった大地を、必死の形相で逃げるイケメンが一人。

 俺だ。


 その端正な顔立ちは、例えクールを装えなくても崩れるなんて事は無い。

 ……無いが今は多少の無様を晒してでも逃げねばならんのだ!


 背後から迫ってくるのは、テンガロンハットを被ったカウボーイ被れのドチビ。

 自称、早撃ちの名手を気取った少女。


 何故今こうなっているのか? 

 それは………。



 ◇◇◇



 時は遡る事、朝食後。


 身支度を整えて、ラゼクと共にギルドへ繰り出そうと街中を歩いていた。


「いやいい朝だ、街行くサラリーマンは出勤前だって言うのに疲れた顔して肩を落として会社に向かってる。あそこで胃を押さえながらトボトボ歩いてる学生は今日がテストかな? そんな中意気揚々とギルドへと向かう。う~ん優越感」


「朝から最低なこと言ってんじゃないわよ。冒険者なんていつ死ぬかわかんないんだから、長い目で見れば安定職の方が良いでしょ普通。大体アンタだってテスト前に憂鬱になったりとかしなかったってわけ?」


「何言ってやがる? テストなんてボイコットして当日受けないもんだぜ? 後日呼び出されて受ける前に、同じクラスのヤツから問題用紙を物々交換するんだ。そうして俺は事前に答えを調べてテストを受ける。これが賢いやり方ってもんだぜ」


「最っ低ぇ! あんたってどうしてそんなに性根がひん曲がってんのよ? そんなことしてバレたことないわけ?」


「学校にバレる前に母ちゃんにバレたんだよ。それでしこたまぶん殴られて、先公に突き出された。テストが免除になった代わりに反省文を百枚書かされてこの手は二度と使えなくなった。今となっては若気の至りだな、いい思い出だぜ……」


「アンタの周りの大人にとっては苦い思い出でしょうけどね」


 いいじゃねぇか、その後は真面目にテスト受けたんだから。

 毎回クラスの最下位で先公に呆れられてたけども。


 そんな思い出話をしながら明日の日差しを浴びて、足を進める。


 思えばこの街で腰を落ち着かせてそれなりに経ったな。懐かしい故郷を遠く離れ、いくつもの町や村を越えて、この国でも適当に都会として旅雑誌で紹介されるようなこの街にたどり着いて。


 そうして幼馴染と喧嘩別れして胸無しラゼクに出会って。


 こんな事振り返っても仕方ねえな。柄じゃないんだよね。

 考えを振り払うように頭を振る。


 隣から変なものを見るような視線を感じるが、無視だ無視。




 そんなこんなで目的のギルドへとたどり着いた、のだが。


「あ、あの~いつもの受付の人はどうなさったんで? あ、いや別に変な意味で聞いてるわけじゃなくてですね、あくまで一常連としての当然の疑問とでも言いますかその」


「は、はぁ……?」


「余計に変に見えるわよアンタ。で、こいつは置いといて……風邪でお休みとか?」


 そう、ここに来る最大の理由と言って過言ではない、おっぱいの大きい受付のお姉さんが影も形を見当たらないときた! これは由々しき事態だぜ!


 代わりに受付にいるのは、普段事務所の奥に座ってそうなベテランぽいおばさんだ。


「いえ、本日から長期休暇を取っておりまして。その間私が代理を務めさせていただきます」


「そ、そうですか。残念です……、非常に」


「…………。では、ご用件をどうぞ」


 朝からテンションダダ下がりだぜ。仕方なく依頼を受けに来た事を伝えて、仕事をいくつか紹介してもらった。


「そうねぇ……。アンタさ、こんなのはどう? 結構良くない?」


「ああうんいいんじゃいのいいとおもうなぼくは」


「ちょっと真面目に聞いてる?! あからさますぎるでしょうが!」


 だってショックだったんだもん。


 ラゼクに叱られながらも依頼手続きを済ませる。

 書類にサインをして、詳しい依頼内容を受け取った。そこに書いてあったのは……。


『カノンブル討伐。場所:キャオーフ山。依頼人:山麓の農家。


この時期になると山に住むカノンブルが麓まで降りてきて畑を荒らしてしまうとの事。

ご存じの方にも改めてカノンブルについてご説明させて頂きますと、カノンブルはモンスターですが、元々は家畜として国に連れて込まれたものが逃げ出し野生化してしまい、その一部が彼の山に於いて生態系を構築してしまっており、完全な駆逐が出来ない為に毎年頭を悩まされているようです。


年々その生息地域が広がり、同様の問題が各地で増えているとの情報も入ってきています。野生化に伴い気性が荒くなっており、個人での対応は不可能と判断してギルドへと依頼を出した次第とのこと。


報酬額は一匹につき八千ペレルをお支払いします』


 そうそう思い出した。

 確か持ち込んだ業者は責任取らずに今も外国に高飛びしてるんだっけか?


 どうしてその尻拭いを、と思わんでもないが、それでおまんま食えるだから文句までは言えんか。


「ちと危険だが、報酬は期待できるか。さながらカウボーイってな感じで」


「行くのは山で荒野じゃないけどね。お肉が美味しいんだっけ?」


「それはキチンと飼われてるヤツだけだな。野生は臭みも酷くて筋張ってて、とても食べられたもんじゃ無いらしい」


「あらそうなの? ちょっと期待してけど、残念」


 牛狩りともなれば素人には荷が重い、俺達冒険者がハントしてやろうじゃないの。

 どうせこの依頼も専門のハンターに頼むと金が掛かるからって、ケチってギルドに頼んだんだろうしな。

 農家は何やるにしても金を食われるから、気持ちはわかるけども。


 そうと決まれば早速準備だ。


 と行きたかったのだが……。


「ちょっと君たち。その依頼、ぼくも一口乗せてもらっても構わないよね?」


 その声を聞いて、思い当たるものがある。


 この、チビで貧乳で調子に乗りやすいアホそうな小娘の声はッ――――。

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