第三章

第32話 波乱の幕開け

 深夜一時頃。

 無人の宝石店にて強盗が侵入、宝石を複数奪って逃走したのだ。


「待てぇええ!!!」


 追い掛けるパトカー。そして、その前を走るのはトラックだった。

 けたたましいサイレンの音と共に、赤い光が辺りを照らしている。

 トラックを追いかける警官達は必死の形相で叫ぶ。


「止まれ! 止まりなさい!」


 拡声器を使って呼びかけるが、止まる気配はない。

 それもそのはずだ、ここで止まるくらいなら初めから強盗などやらない。というのが彼らの言い分だろうから。


 トラックは街の構造を熟知しているかのように、路地裏などをスムーズに通り、いとも簡単にパトカーを巻いて見せた。


「へへ、ざまぁねえぜ。ポリ公が」


 運転席に座る強盗が言った。その口元は一仕事達成したかのように、満足げに吊り上がっている。

 助手席に座る男も、バッグの中の戦利品を覗き込んではニヤニヤと笑っていた。


「全くボロい仕事だったぜ。おい、アジトに戻ったら朝まで飲み明かそうや!」


「いいねぇ。だったらとっておきを開けてやらぁ! ぎゃははははは!!」


 この状況が全くおかしくて仕方がない二人。背後に警察の姿は見えず、あとはアジトへと戻るばかり。確かにこの状況に安心感から注意がそれても仕方のないことであったのかもしれない。


 だから……。


 トラックのライトが照らす先、その前方に人影が見える。

 運転手の男は目をこすった。


 こんな夜中に一体何だ?


 運転席の窓から顔を出して怒鳴り声を上げる。


「おい! 何だテメェ! ひき殺されてぇのか!」


 それでも微動だにしないその人物、フードをかぶっておりそれが男か女かすら判別がつかない。

 いつまでたっても動こうとしないその人物に対して、ついに腹を立てた運転手。


「……そうかよ。じゃあ文句言えねえよな!!」


「おう! 俺たちに逆らうとどうなるか見せてやれってんだ!!」


 頭に血の登った運転手。助手席からも加勢する声が上がる。


「ホントにぶつかるぞぉ!!」


 アクセルを踏み込み急加速して突っ込んで来るトラック。

 あわやぶつかると思ったその瞬間である。


「何ッ!?」


 運転手の男の驚いた声が静かに響き渡る。

 間違いなくぶつかったはずである。


 だが気づけばそこには何もいない。


「ど、どういう事だ?」


 声が上ずり、何が起こったのかまるで判別できない男は、助手席に座ってる男に意見を求めた。

 助手席の男も同じ考えを持って何かしらの言葉を発した。


 ……だっただろう。

 その男の頬に拳が突き刺さっていなかったらの話だが。


「なっ!!?」


 あまりの驚きにそれ以上の声が出せなかった。助手席の男は気絶しており、窓から伸びた手がその男の頬に触れていたのだ。これで驚くなという方が無理があるということ。


 かろうじて我に返った運転手の男は急ブレーキをかける。

 そして外へと飛び出した。


 何かがいる?


 男の危機察知能力は本物だった。だからこそわかる逃げなければ自分がやられる。

 命やってのものだねだ、盗んだ品物のことなど置いてとっさに逃げた。逃げようとしたのだ。


「――がっ!!!?」



 一歩、外へと踏み出した。その瞬間に男の意識は失われた。




「いたぞ、あのトラックだ!!」


 追いかけてきたパトカーはついに、犯人の逃走車を見つけた。

 街中を走り回りなんとか追いつくことができたのだ。

 ただ不思議なのは、何故かエンジンがついたまま止まっているということ。

 

 不思議には思いつつも、パトカーから降りた二人の警官はそろそろとそのトラックへと近づいた。


 すると……。


「なっ! どういうことだ!?」


 トラックのすぐそば、気絶させられロープで拘束させられた犯人の男二人がそこにいた。

 さらにそのすぐそばには、犯人が盗品を入れるのに使ったバッグが中身ごと置いてあったのだ。


 その夜、わずか一時間ほどの捕物劇はあっけなく幕を閉じた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る