第24話 再開の獣

 その女性は上品な身形の妙齢の女性。

 美しい顔立ちと切れ長の瞳、何より豊満なバストがどこまでも俺のドストライクだった。

 これ程の美女に声を掛けないなど紳士として失礼極まりないと考え、飛びつく様にお声掛けさせて頂いた所存。


 このまま行けるところまで行けるか? といったところでラゼクの奴が後ろから俺の服を思いっきり引っ張り、襟が首元がクソ食い込んで来たのだ。


「ぐええッ、て! お前何すんだよ!」


「それはこっちのセリフでしょうが! アンタこんな所まで来て何ナンパなんてしてんのよ!」


「こんな所だろうがどんな所だろうが、美女を見ればお近づきになるのが紳士たる振る舞いだろうが怪力女!」


「誰が怪力女よ! アンタのその変態行為に見ず知らずの人間を巻き込むんじゃない! 話が拗れるからちょっと向こう行ってなさいよ!」


「何言ってんだ。こんな山奥で見ず知らずの美男美女が出会ったなら、それはもう運命だ。ここで引いたら男じゃないんだよ!!」


「知らないわよそんなの。もう怒った! ……このっ!!」


「わ!? 何すんだ?! ……あああああ!!?」


 俺の男心を理解しようともしない怪力女に強引に持ち上げられた俺は、そのまま背負い投げで遠くに投げられてしまった。ぐべええ……!?


 地面にキスして顔面が擦りむく。

 あ、あのアマァ!!


「ふぅ……。いきなりやってきて何がしたかったの貴女達? 悪いけど、こんな寂れしかない村じゃ笑ってくれる人間なんて居ないわよ」


「いえ私達は漫才コンビというわけでは無くてですね。……届け物の依頼を受けてこちらに参上致しました。それで、アナタが受取人の、あぁ……『ゼイルーグ』さん。で合ってますか?」


 どうやら書類に書かれている名前を確かめているラゼク、恐る恐る訪ねていた。


「ええ、確かに私がその『ゼイルーグ』よ。でも、こんな場所にわざわざ届ける物があるなんてね。依頼主は余程の酔狂者ね」


「いや……その点についてはどうともお答えは出来ませんが。アタシ達も直接会った訳でも無いので。取り敢えず受け取って頂けますか?」


「ええ、もちろん」


 その言葉を聞いて、ラゼクはリュックをおろして中から荷物の箱を取り出した。


「はい、では受け取りの程宜しくお願いします。あ、サインはこっちの紙に」


 ラゼクのヤツの余所行きの作り込んだ声出しやがって。俺あんな可愛げのある声なんて聞いたことねえぞ。


「……これでよろしいかしら?」


「はい確かに。これで私達の依頼は完了なんですけども、宿代わりのお家を貸して頂けますでしょうか? 書類にもそこで泊まるように書いてありまして……」


「ええ。空き家なら好きに使っていいわよ、どうせ誰も住んで居ないから。中は掃除が必要でしょうけどもね。私の家に鍵があるから上がってもらえるかしら。ここまでやって来たんだし食事も出しましょう、私の古臭い田舎料理で良いのなら」


「いえいえ! 頂けるのならそれだけで不満なんてあるワケありませんわ! ねぇ、エル?」


 朗らかな笑顔で俺の方を向くラゼク。

 しかし俺は見逃さなかった。その瞳の奥に、今度余計な事を言ったらどうなるかわかってんだろうなァ? という脅しの炎を。


「……へいへい、美女の手料理が食べられるんなら文句はございませんよ~だ」


「じゃあ決まりね。……でも、今日は本当に賑やかなものね。何年ぶりかしら」


 ? どういう意味だ? この村に人が居なさすぎてそう思っちまったってだけか?

 考えても仕方ないか。


「さあ、入って」


「お邪魔しますわゼイルーグ様。エル、貴方も早くなさいな」


「…………お邪魔しまーす」


 調子の狂うラゼクの猫かぶりに釈然としないものを感じながら、俺は屋敷の門を潜るのだった。…………ん?


「どうしたのよ?」


「いやあのイタチ……」


「ああ。やっぱりこの村で可愛がられていた子だったのね」


 門を潜りって玄関へと向かう途中、庭に見覚えのあるイタチがこっちを見ていた。

 山の中で会った人懐っこいアイツだ。俺の予想通り人間に可愛がられているイタチらしい。


 あのイタチは、まるで歓迎するように玄関に入っていく俺達を見送っていた。ように見えた。

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