第22話 災いを呼ぶ口

 山に潜ってどれくらいの時間が経っただろうか?


 個人的はそれなりに歩いたもんだが、今だ目的地は見えず。

 一つ確かな事があるならそれは、やっぱ装備は整えて来て良かったって事。

 金は掛かったが揃えておいて良かったぜ。こんなとこスニーカーやいつもの安全靴で歩けねぇよな。


 草木をかき分け、額に汗して登る俺達。この日の為に買ったレインジャケットが適度に汗を逃がしてくれる。やっぱいつものジャケット着て来なくて良かった。それに山はいつ雨が降るかもわからないしな。


 上を見上げると、太陽が少しばかり真上を過ぎていた。


「そろそろお昼にしましょ? 丁度良く開けた場所もあることだし」


「んあじゃあ、め゛じでもぐうが? ぼうべこべこ……」


「いやアンタもう食べてるじゃない!? 歩きながら食べて喋るなんて子供じゃないんだからさぁ」


 シリアルバーを齧りながら歩く俺に、ラゼクが呆れた様子で言う。


「ン゛ン゛! ふう……。別にいいじゃないのよ? 腹減ってたんだし。適度な補給は山登りの鉄則だぜ?」


「その前に連れに一声掛けなさいって言ってんのよ。ボロボロ落としてながら食べたら動物が寄ってきたりするでしょうが!」


「いや別に落としてないし。そ、そんな怒らんでも……わかったよもぅ」


「ったく」


 呆れ顔のラゼクはリュックを地面に置くと、中からバケットを取り出した。


「はい、これ持って」


「え? 何コレ?」


「いや、見ての通りお弁当でしょ。アンタ、今朝アタシが作ってたの見て無かった、なんて言うんじゃないでしょうね?」


「え゛? いえいえ滅相もない! いや~、まさかラゼたんがここまで料理好きだったとは……。お兄さん嬉しいなぁ、なんて」


「気持ち悪い。あとラゼたんって呼ぶな」


「あ痛っ!?」


 また耳を引っ張られた。もう耳取れそう。痛い。


 俺は渡されたバケットを覗く。中にはサンドイッチが入っていた。


 具材はハムにチーズに卵焼き。おおツナマヨもあるじゃないか! 気が利くな。

 げ! ピクルスも一緒に入ってるじゃん。見てないうちにそ~っと外すか。


 そ~……。


「アンタ何やってんの?」


「ひょわあ!!?」


 見つかった!!


「な、何でもないよぉ? ささ、じゃあ早速いただきましょましょ?」


「ホント、アンタって人は……はあ」


 溜息吐かれた。

 でもやっぱピクルスは不味い。うぇ~。


「ところでさっきから気になってたんだけど」


「あん? どうしたよ急に」


「さっきからちょいちょい鳴き声みたいなの聞こえない? ほら、そこの茂みの方とか」


 そう言われて、俺はラゼクが指差した方角へ向けて目をやった。

 ええ? なんかあるか? 何も見えないけど。


「いや俺にはなんも……。ただの風じゃないの?」


「んー、そうかしら。あ、ちょっと待って。……………………何かいるわね。茂みの奥に何かがいるわよ」


「ええ? んな事言われてもなぁ」


 そう思った直後だった。確かに目の前の草はガサゴソと揺れた。

 え、本当になんかいるの?


 戸惑う暇もなく、草をかき分けて現れた黒い影、果たしてその正体とは?!」


「アンタ何言ってんの?」


「まあ、その。ちょっと盛り上げてみようかなって。はは……、なんだイタチか」


 黒い影、と思ったらよく見たら黒くも何ともなかった。

 現れたのは小さな体躯をした薄茶色のイタチ。尻尾が長め。

 鼻の先に付いた長いヒゲが特徴的で、森に生息する害の無い小動物。


「人前に出てくるなんて珍しいな。腹でも減ってんのかねぇ」


「さあ、それはどうかしら? ほーら怖くなーい、こっちおいで」


「おいおい」


 ラゼクが手を伸ばすと、警戒心も無く手のひらに乗っかるイタチ。

 なんだこいつ? 人懐っこいな。


「ふふっ。中々お利口さんね。ほ~ら、いい子いい子」


 なでられて気持ちいいのか、目を細めるそのイタチ。

 しっかし、ねぇ。また随分と人馴れしてんな。


 うん? 人馴れ? もしかして!


「もう村が近いのかもしれねえぜ」


「え?」


「多分コイツは村で可愛がられてるペットか何かだ。だからやけに人懐っこいんだ。きっと家に帰れば野生動物が羨むような温かいベッドで眠って、人間の手で毛づくろいしてもらって、予防注射とかも打ってもらってるんだ。そういう贅沢な暮らしをしているんだよコイツは!!」


「何声荒げんてのよ? アンタ、まさかこんな子に嫉妬でもしてんの?」


「だって、可愛がられて生きてんだなって思うと。俺も誰かに可愛がられてぇなって。出来れば綺麗なおっぱいのでっかいお姉さんにやしなわれてぇなって」


「呆れてものも言えない……。夢みたいなこと言ってんじゃないわよ。大体何? おっぱい? それってアタシに対する当てつけか何か?」


「やだなぁ、当てつけなんて。そんな事を感じる程の胸が自分にあるとでも思ってんのかよ? 哀れなヤツだなぁ。へそで茶が沸くってんだ! ハハハハハハハハ!!」


 ………………

 …………

 ……


「ほらとっと行くわよ!!」


 ラゼクの声を聴き、ふと目が覚める。


 あれ? 俺なんで寝てんだ? それにやたらと体の節々が痛い。超痛い。何故だろう? イタチを見た後からの記憶も無い。あれぇ?


 俺は不思議に思いながらも、何故かプリプリと怒ってるラゼクの後を付いて行くのだった。

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