第13話 大賢者さんは失業しました
「というわけで、エレーナ。任せたわ!」
私が親指を立てると、エレーナに『ぱしーん』と手を払われてしまった。
「嫌だよ、面倒くさい。100%自分が蒔いた種なのだから、自分で何とかしなさいよ」
「は? 私って頭脳労働者なんだけど? あんな毎日剣を振っているような脳筋に勝てるはずがないでしょうが。見なさいこの細腕を! 白魚のような細腕を!」
「大丈夫。自分が思っているよりキミはゴリラだ」
とんでもない発言をしながらエレーナがぐいぐい私の背中を押してくる。くっ、エルフって基本的な身体能力は高いけど、それでも純粋な力比べだと吸血鬼には……。
「ふん! 年貢の納め時だなエルフめ!」
意気軒昂に剣を向けてくる騎士団長。
「一応釈明するけど、私って無実よ? 何も悪いことしてないわよ?」
「騎士団所属の門番を壁にめり込ませておいて、よく言ったものだな! 騎士への反逆は国家への反逆! それを『何も悪いことしてない』と嘯くお前の言葉など、信じるに値せん!」
「…………」
あら? 意外と理路整然とした反論をされてしまったわね? 普段の言動はゴリラなのに。
「……騎士団長に論破される大賢者って」
ゲラゲラと笑うエレーナ。殴りたい。グーで殴りたい。
「陛下よりの勅命だ! ミライン・ガンドベルク! 貴様を拘束する!」
剣を振りかぶって突っ込んでくる騎士団長。やだわぁ。もうちょっとこう話し合いで解決しようとか思わないのかしら?
「門番を壁にめり込ませた女が、よく言ったものだね」
エレーナのツッコミは聞こえなかった。なぜなら白刃が迫っているから。
いくらエルフでも殺されたら死ぬので剣は避けるしかない。
半身を逸らして回避すると、騎士団長の脇ががら空きだったのでグーパンチ。エレーナへの怒りをのせかおかげか、中々のダメージを与えたようだ。
「ぐっ! ぐ、ぅぅうう……」
悶絶しながら倒れる騎士団長。大賢者(後衛職)の一撃で轟沈とか、ちょっと鍛錬が足りないのでは?
「うわぁ、『めこっ』って音がしたよ金属鎧から」
「す、素手で鎧を殴って、なんで平気な顔をしているんですかあの人……?」
なぜかエレーナとエルフちゃんからドン引きされてしまった。
「お、おのれ! よくも騎士団長を!」
近くにいたらしい騎士たちが一斉に剣を抜く。これだけの数の相手は面倒くさい――じゃなくて、一般市民を巻き込んでしまうかもしれないのでさっさと退却しましょうか。
エレーナとエルフちゃんを小脇に抱え、大ジャンプ。城壁の上に飛び乗り、そのままもう一度ジャンプして城壁の外へと着地する。
騎士たちが慌てて城門を開けて追ってこようとしていたので、土の魔法で地面をせり上げ、城門を塞いでしまう。他の城門から出られても困るから、四つすべての城門も産めてしまって――っと。
まぁ、魔導師団が総力を挙げれば、一日くらいで除去できるでしょう。
「……うん、やはりキミは指名手配されてもしょうがないんじゃないのかな?」
どうして冷たい目を向けてくるのかしらエレーナは?
◇
「改めて、ごめんなさいね。巻き込んでしまって」
私が謝罪するとエルフちゃん――ララナちゃんは快く許してくれた。なんて心優しいエルフなのでしょう。
「……騎士団長を素手でボコる人に、とやかく言えないだけなのでは?」
失礼ねエレーナ。ボコってないわよ。一撃で沈めただけで。
「まぁ許してもらえて嬉しいのだけど……残念なお知らせがあります。ララナちゃん、顔を覚えられちゃったから手配されちゃうかもね」
「その理屈だと私も指名手配されるのでは?」
「あなた自分で何とかできるのだから、どうでもいいのでは?」
「…………」
「…………」
あはは、うふふと胸ぐらをつかみ合っていると、恐る恐るといった様子でララナちゃんが声を上げた。
「あの、どのみち私は国に帰る予定でしたので……」
「国というと、エルフの自治国家?」
「あ、はい。人間共はそう呼んでいる国ですね」
「……じゃあ、せめてものお詫びに、お国まで護衛しましょうか?」
「い、いえ! 大賢者様に護衛させるなど恐れ多く!」
恐縮しまくりなララナちゃんの肩に、エレーナが気安げに肘を乗せる。
「気にすることはないさ、ララナ君。この子は大賢者に相応しくない短慮だし、脳筋だし、考え無しなのだから。ゴリラに護衛してもらうと考えるくらいで丁度いいのさ」
「そろそろ殴るわよ? 本気で」
「ほらゴリラだ」
「はははっ、」
私が指の骨をポキポキ鳴らしていると、『こはやこれまで!』とばかりの勢いでララナちゃんが手を挙げた。
「で、では! 恐縮ではありますが、護衛をお願いしたいと思います!」
そういうことで、話はまとまった。
◇
夜のとばりも落ちた街道を、三人並んで歩く。
別に転移魔法を使ってもいいのだけれども。この世界に来てから初めて自由に行動できる旅なのだから、少しくらい歩きたくなったのだ。
そう、はじめて。
子供の頃は『忌み子』として屋敷から出られなかったし、魔王討伐の旅は使命感ばかりで楽しむ余裕がなかった。
さらには賢者になってからは王宮に引きこもりっぱなし。知恵を貸すことはあっても、現地に行くことはしない。
そもそも、『前世』でも外出先はスーパーくらいのものだったし。
「…………」
深呼吸する。
鼻腔を満たすのは新緑の香り。夜特有の冷たい空気。
空を見上げる。
夜空を埋め尽くす星の数々と、清く明るく輝く月。
今の私は大賢者ではなく。
貴族令嬢としての使命もなく。
家族とも、縁を切った。
なんて、自由。
なんて、気まま。
償いのための護衛をしなければいけないけれど、それが終わればもう何も気にしなくていい。気心知れた親友と二人、どこにでも行ける。何でもできる。
冒険者をやってもいい。
どこか別の国で就職してもいい。
海を渡って、知識でしか知らない場所に行ってもいい。
「――楽しみね」
独り言であるはずの呟きは、けれどもエレーナには聞こえていたみたいで。
「キミと一緒なら、楽しい旅になりそうだ」
それはこっちのセリフである。
「ま、とりあえずはエルフの国ね」
背伸びをしながら歩き始める。この先の旅路に希望だけを抱いて。
――大賢者さんは失業しました。
そして、自由を手に入れました。
大賢者さんは失業しました 九條葉月 @kujouhaduki
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