第9話 親友


 なんかもうやる気というかこの国に対する好感度がガックンガックンと下がっている私であった。やはり出ましょうこの国を。


 出国する前に、親しくしていた人に挨拶をと思っていたのだけど……。逮捕状が出ているなら下手に会いに行けないわよねぇ。匿っていたとか疑われたら大変だし。


 まぁ、会いに行かなければ行かないで、こちらの事情を察してくれるでしょうきっと。

 国外に出るのは決定事項として、これからどこに行こうかしらと私が悩んでいると――気がついた。逮捕状が出ていようが構わず会いに行けて。出国の挨拶をしなかったら拗ねて面倒くさくなりそうな子がいるわね。


 というわけで。

 私はその『親友』のいるであろう屋敷へと転移したのだった。







「――Hey親友! 金返せ!」


 にこやかな挨拶をしながら玄関を開け放つと、偶然中にいたメイドさんが『ひ、ひえぇ!?』と珍妙な叫びを上げながら奥に引っ込んでしまった。散乱した洗濯物は拾うべきか、余所の家の洗濯物に触れるのを自重するべきか……。


 答えの出ない命題に挑んでいると、メイドさんに呼ばれたらしい初老の男性が近づいてきた。この家の執事、セバスチャンだ。


「ガンドベルク様。お久しゅう御座います」


「はい、お久しぶりですね。エレーナに会いに来たのですけど、いますか?」


「えぇ、すぐに叩き起こして――失礼。今お呼びいたしますので、しばらくお待ちください」


 恭しく一礼してから二階に上がっていくセバスチャンだった。この人、割と面白いのだ。







 応接室でお茶を飲んでいると、セバスチャンに叩き起こされたらしい我が親友がやって来た。


 闇夜の月のように輝く金髪。

 人とは思えぬ赤い瞳。

 血の気をまるで感じられない、白というか青白い肌。

 長く伸びた犬歯。

 そして、無駄に露出が多い衣装。


 なんというか、『吸血鬼』のテンプレのような姿をしているのが我が親友・エレーナであった。もちろん吸血鬼であり、日中も出歩けるデイウォーカーだ。


 、もはや何十年の付き合いであることか。

 そんな彼女に対して私は迷いなく右手を差し出した。


「さぁ! 親友! 貸した金を返せ!」


 遠慮のない私の物言いに、エレーナはその美貌を崩すことなく不敵に笑ってみせて――


「――ふっ、あなたから借りた金を返したら、うちは破産するわよ? うちの商会員すべてが明日から路頭に迷うとして、それでもミラは借金を回収することができるかしら!?」


 そんな、何とも情けないことをほざくエレーナであった。いや確かに商会を立ち上げるときに結構な額を貸したけれど……、大きくなったこの商会が潰れるほどだったかしら?


 私が首をかしげているとセバスチャンが音もなく近づいてきた。


「ガンドベルク様。借金には利息がつきものでして。短期間ならともかく、数十年ともなりますと利息だけで膨大な額に……」


 あー……。


 この世界には借り主を守るような法律はないものね。利息もかなり莫大なのだ。で、『別に返済を催促することもないからいいかー』とよく考えもせずにこの世界基準の借用書を、この世界の専門家に任せて作ったのだった。今思い出した。


「……ミラって大賢者のくせにアホよねぇ」


「はははっ、泣くぞ親友? というか私はもう大賢者じゃないし」


「……はぁ? なに、どういうことよ?」


「ええっとねぇ。あのアホ共がやらかしてねぇ――」


 私が今日会った出来事を説明し終わると、エレーナは慌てた様子で立ち上がった。


「セバス! セバァースゥッ!」


「はっ、ここに」


「この国から手を引くわよ! 事業を畳むわよ! 泥船になんか付き合っていられますか!」


「ははっ、すぐに手配いたします」


 綺麗に腰を曲げてからセバスチャンは部屋を出て行ってしまった。


 事業を畳むって。エレーナの商会ってこの国有数の規模じゃなかったっけ? いいの? 結構な利益が出ているんじゃないの?


「引きこもって勉強ばかりしているミラには分からないかもしれないけどね、商売で必要なのは損切りよ。今すぐ事業を売り払えば適正価格で買ってもらえるんだから、さっさと手放さないと」


 引きこもってって。何でこの子はサラッと私を貶すのだろうか? 泣くぞ? そろそろ泣くぞ? え~ん。


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