第6話 そういうところだぞ
「……あ、そうだ」
王宮を出る前に、私室に寄っていこうと決めた私だった。
とは言っても重要な荷物はアイテムボックスに放り込んであるので、部屋にあるのは寝具くらいのものだ。
でも、机の上にお母様の小さな似顔絵を置いてあるのだ。アイテムボックスに入れておくのはちょっと憚られたからね。
というわけで。
私は踵を返して王宮内に準備された私室へと向かったのだった。
◇
「よし、回収完了と」
お母様の似顔絵をしばらく見つめてからアイテムボックスにしまい込む。
……私は種族的にはエルフだけれども。お父様も、お母様も、エルフというわけではない。
当時の魔導師団長の診断によって、私がお父様とお母様の子供であることは間違いないらしい。
遠い昔に混じったエルフの『血』が先祖返りしたのだろうというのが当時の魔導師団長の見解だった。
大賢者としての知識もその可能性を肯定している。隔世遺伝とは少し違うだろうけれど、この世界ではそういう『力』の発現が多く報告されているのだ。
でも、お父様は信じなかった。
お母様の不貞を疑っていた。
そうしてお父様はお母様への愛を失い、愛人との間に息子をもうけて。夫から疑われたお母様は心を病んで、早世してしまった。
昔は『私のせいで』と悩んだこともある。
でも、長く生きているとその辺の罪悪感も薄れてしまうらしい。そもそも当時の魔導師団長の調査結果を信じないバカ親父――ごほん、お父様が悪いだけの話だし。
というわけで。
今世において、私と家族関係は劣悪だ。こればかりはいくら努力しても改善しなかった。まぁエルフ特有の長い耳は目立ちまくりだし、外見も十代後半から変わらないものね。そんな『バケモノ』を家族と思えというのが無理な話でしょう。
だから別に家族への挨拶は無しでもいいかぁさっさと国を出るかぁと考えていると――
「――ここにいたか」
ノックもなしに部屋へ入ってきたのは今代の公爵閣下。つまりは私の(母親違いの)弟だ。間違いなく私の弟だけれども、普通の人間。中年から初老と呼べる年齢であり、顔には深い皺が刻まれているし白髪が大部分を占めてしまっている。
「あら、女性の部屋にノックなしに入ってくるなんて。紳士らしからぬ行動ね?」
くすくすと笑うと、対照的にレルグ(弟)は不愉快そうに顔をゆがめた。
「ふてぶてしさは変わらんな。そういうところが昔から嫌いだった」
「あら、そうなの? 私は『姉』として無条件の愛情を注いできたつもりだけど?」
「……私は、あなたを『姉』だと思ったことなど……一度も無い」
「あら、そう」
悲しいわね。
ショックだわ。
泣いてしまいそうだわ。
かなり本気で傷ついているのだけど。前世での人生経験 + 今世での長い人生 + 生まれ持ったクール系の顔つきは第三者から『無表情』に見えてしまうらしい。
「……私には、あなたが分からない」
「そりゃあ、そうでしょうね。仕方ないわ、姉弟だとしても別の人間なのだから」
「……大賢者の地位を剥奪され、王太子殿下の婚約者でもなくなり。なのに、どうしてそうも平然としていられるのですか? ……この国など、どうでもよかったのですか?」
昔のように敬語を使っているレルグだった。自分では気づいていないのかしら?
「私はこの国が好きよ。数十年くらい王妃をやってもいいかと思うくらいには。ただ、向こうから『いらない』と言ってきただけで」
「…………」
「ま、安心しなさいな。あなたが生きているうちはもうこの国に近づくこともないでしょう。きっとね。ついウッカリ立ち寄ってしまうこともあるかもしれないけど」
最期に一度抱きしめてあげましょうかと腕を広げたけれど、憎々しげに睨まれただけで終わってしまった。たぶん今生の別れだというのに、悲しいことだわ。
さて。
このまま普通に部屋を出ていくのもちょっとカッコ悪いわね……。
あ、そうか。
もう『契約』は破棄されたのだから、王宮内で転移魔法を使ってもいいのよね。
「では、さようなら。私は『弟』だと思っていたわよ? 伝わってなかったかもしれないけれど」
そう言い残して私は王宮から転移したのだった。
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