ベッドの上の黒うさぎは彼女だったのだろうか?
*
「……バニーガール……だと?」
俺は思わず自分の頬をつねる。
痛い。
つまり、ここは夢の中ではない……?
いや、でも確かに、俺の部屋のベッドの上ではないはずだ。
そもそも俺は、こんな部屋に一度も入ったことはない。
だが、この部屋がどういう場所なのか、なんとなくはわかっている。
なぜなら、俺の目の前で、一羽のうさぎがぴょんぴょんと跳ねている。
それは、うさぎだ。
まごうことなき、うさぎだ。
そのはずなのに、このうさぎときたら──いや、この人……この女性ときたら、どうしてか、バニーガール姿をしているのである。
そう、バニースーツに、うさ耳である。
いや、本当に意味がわからない。
なにがどうなって、こういう状況になったのだろうか。
まさか俺が眠っている間に勝手に着せたわけでもあるまい。
いや、待て、もしかしたら、これは、そういうプレイなのだろうか?
バニースーツに身を包んだ女性に対して、「この衣装、似合ってますよ」とでも言ってやるのが正しいのかもしれない。
いや、違うのか?
よくわからない。
もう、なにがなんだかさっぱりわからない!
そうこうしているうちに目の前のバニーガールが俺に抱きついてきた。
彼女は俺の首に手を回し、そのまま唇を重ねてきた。
ぬるりと舌が侵入してくる。
彼女の体温を直に感じる。
柔らかい唇が心地いい。
唾液を交換する。
熱い。
蕩けそうになる。
やがて、彼女の舌が俺から離れる。
二人の唇の間に、つうっと透明な糸がかかる。
彼女は潤んだ瞳で俺のことを見つめながら言う。
「ねぇ……しましょう? いいことを……」
その瞬間、俺は、すべてを理解した。
なるほど、そういうことか。
それならば、納得がいく。
やはり、ここは、そういう部屋なのだろう。
なるほど、そういうプレイをするために存在している空間というわけか。
そうか、そうなのか、それなら俺も覚悟を決めて、それに応えてやるとしよう。
よし、やってやろうじゃないか。
「おっ、おおっ、おおおっ、お手柔らかにお願いします!」
「こちらこそ、お手柔らかにお願いします!」
元気よく返事をする彼女。
どうやら、ちゃんと伝わったらしい。
よかった。
とりあえず、安心してもいいかもしれない。
これで勘違いだったなんてことになった日には、もう二度と顔を合わせられなくなるところだ。
それにしても、この返答からすると、やはり、そういう行為が目的で、ここに来たということになるのだろう。
なるほど、理解した。
ならば、俺も男だ。
腹をくくって彼女と致すことにしようではないか。
大丈夫、問題ない。
俺は、ただ、じっとしていればいいのだ。
そう自分に言い聞かせる。
そうだ、大丈夫だ、落ち着け、冷静になれ。
俺は今、とても冷静だぞ。
クールでスマートなナイスガイになっているはずだ。
さぁ、来い! いつでも来るがいい! そんな風に身構えていると、彼女が口を開く。
「あのぉ、実はですね……」
「……えっ? あ、はい」
なんだ、なにを言われるのだろうか。
思わず、緊張してしまう。
ゆっくりと彼女は深呼吸しながら。
「その……わたし、男性の方とするのは初めてなので、少し緊張していまして……。だから、できれば最初は優しくしてくださいね」
「……えっ?」
まさかの展開だった。
てっきり、いきなり襲いかかってくるものだとばかり思っていたので、これは予想外の展開。
しかしまぁ、そういうことなら話は早いだろう。
彼女の要望通り、最初から激しくせず、まずはソフトな感じでいくことにする。
俺は彼女をそっと抱き寄せる。
「──んっ」
柔らかい。
暖かい。
気持ちいい。
なんだか、すごく癒やされる。
ずっと、このままでもいいなと思ってしまうくらいに気持ちがいい。
まるで天国にいるような気分だ。
こんなに気持ちいい感覚を味わうのは久しぶりだなぁと思う。
あぁ、やっぱり人間は、こうでなくっちゃダメだよな、うん。
そんなことを考えつつしばらく抱き合っていると、ふと彼女が言う。
「えへへ、なんだか嬉しいです」
「……嬉しい? なにがですか?」
「こうして、殿方と肌を重ね合わせるのが初めてなものでしたので……」
それは確かに嬉しいことなのかもしれない。
彼女にとってみれば、男と接すること自体が本当に久々のことなのだろうし、それを喜ぶのも無理はないだろう。
というか、ちょっと待てよ。
今の発言を聞いていて、俺は、ひとつ疑問に思ったことがあった。
いや、正確には、ふたつだろうか。
気になったことは、いくつかあるのだが、ひとまず、ひとつずつ解決していこうと思う。
まず、気になる点についてだ。
彼女は、こう言ったのだ。
男と触れ合うことが初めてだと。
つまり、今まで一度も男と触れ合ったことがないということなのだろうか。
それとも、なにか事情があってそういうことになったのだろうか。
あるいは、単に経験がないだけで、男は知っているということか?
だとしたら、なぜだ?
普通であれば、一度は異性と交際をしてみたりするものだと思うが……。
うーん、よくわからないな。
まぁ、これに関しては、あとでゆっくり聞けばいいだろう。
今は、ほかのことについて聞いておこうか。
もうひとつの気になる点についてだな。
それについては割と単純で至極単純なことだ。
すなわち、彼女が「女」なのかということだ。
先ほどは勢い余って女性と言ってしまっていたが、改めて確認しておかなければならないことだろう。
もし彼女が男であれば、ここですることは男女同士でする行為ではなく、ただの自慰行為になってしまうのだから。
まぁ、だからといって別に気にするようなことではないのかもしれないが、一応確認しておくに越したことはないだろう。
というわけで質問しよう。
俺は彼女に尋ねる。
「えっと、すみません、つかぬ事をお伺いしますが、あなたは女性なのですか?」
俺の問いに、一瞬ぽかんとした表情を浮かべる彼女だったが、すぐにハッとした顔になって口を開いた。
「はい? 普通に女性ですけど……」
「……あっ、そうなんですか」
ある意味セーフな回答だ。
戸惑う俺に対して、さらに彼女が言う。
「わたしったら、まだ自己紹介もしていませんでしたね。失礼いたしました。改めまして、はじめまして! わたしの名前はサヤと申します。あなたのお世話をさせていただきますので、以後よろしくお願いします」
ぺこりと頭を下げる彼女……もとい、サヤさんを見て思う。
なんというかまぁ、見た目は完璧に美女だというのに……ギャップに戸惑ってしまう。
とはいえ、それはそれでありかなと思わないでもないわけだが。
とはいえ、やはり違和感を覚えてしまうのも事実であり、正直なところを言うと早く慣れてほしいと思っている自分がいたりするわけで……。
うーむ、難しいところであるなぁ……。
などと頭を悩ませているうちに、ふと気づく。
あれ、なんか、おかしいぞ……と。
なんだろう、なにかが変だ……いや、そもそも、どうして俺は、この部屋にいるんだ……?
昨日は確か、ひとりで寝たはずで……ということは……これは夢?
いや待て、それにしては、やけに感覚がはっきりしているというか……なんというか……うぅーん……ダメだ、わからない……もう考えるのが面倒になってきた……とりあえず、眠いから寝てしまおう……。
*
そうして目を閉じてから、再び目を覚ますと、そこは自室だった。
僕のベッドの上に黒うさぎの人形があったのだが、あの夢が本物だったかどうかは知るよしもない。
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