恋愛中者


  *


 恋愛は難しい。


 最近、彼女の様子がおかしいから、そう思う。


 いや、おかしいというよりかは、以前と比べて距離を感じるようになったというべきか。


 彼女が僕を避けるような態度をとるようになったのは、いつごろからだっただろうか。


 最初は気のせいだと思った。


 だが、日に日にそれは確信へと変わっていった。


 僕は、彼女のことが好きだった。


 だからこそ、彼女と付き合うために努力をしたし、その結果として今があると思っている。


 しかし、最近の彼女は、どこか、よそよそしい。


 まるで、僕のことを避けているようだ。


 いったい、なぜなのか。


 考えても答えは出ない。


 ただ、なにか嫌なことでもあったのだろうかと想像することしかできない。


 もし、そうだとしたら、僕にできることはないのだろうか。


 相談に乗ってあげることはできないのか。


 それとも、彼女には僕の知らないところで、悩みを抱えているのだろうか。


 あるいは彼女に、なにかあったのかもしれない。


 考えれば考えるほど、不安になっていく。


 結局、その日は、あまり眠れなかった。


 次の日も、その次の日も、ずっと彼女のことを考えていた。


 学校でも、授業中や休み時間にボーっとしていることが多くなった。


 そんな日が続いた、ある日のことだった。


 いつものように僕が家に帰る途中、突然、後ろから声をかけられた。


「ねえ」


 振り返ると、そこには彼女の姿があった。


 どうやら彼女も帰宅途中だったらしい。


「な、なに?」


「話があるんだけど、いいかな?」


「……うん」


 断る理由なんてなかった。


 むしろ、僕も彼女と話がしたかったから好都合だ。


 そのまま僕たちは、近くの公園まで移動した。


 そして、ふたりで公園のベンチに並んで座った。


 それからしばらくの間、沈黙の時間が流れた。


 僕は、なにを話そうかと考えを巡らせていた。


 すると、彼女のほうから話を切り出した。


「あのね……私、あなたに言わないといけないことがあるの……」


「えっ? それってどういう……」


 そこで僕は、あることに気がついた。


 よく見ると、彼女の目には涙が浮かんでいるように見えたのだ。


 その瞬間、僕は嫌な予感がした。


 そして、その予感はすぐに的中することになる。


「実はね……私、あなたのほかに好きな人ができたの」


「…………えっ?」


 一瞬、頭が真っ白になった。


 僕にはすぐに理解することができなかった。


 しかし、時間が経つにつれて徐々に言葉の意味を理解していった。


 それと同時に、心の中を絶望感が支配していった。


 つまり、彼女は僕ではなく、ほかの男を好きになったということらしい。


 それが意味することは、ただひとつ。


 僕とは、もう別れたいということなのだ。


「そ、そうなんだ……」


「ごめんね……今まで黙ってて……」


「…………」


 言葉が出てこなかった。


 ショックのあまり、なにも考えることができなかった。


 そのあと、どうやって家に帰ったのかも覚えていない。


 気がつくと、自分の部屋でベッドに横になっていた。


 ふと時計を見ると、すでに夜になっていることに気づいた。


「はぁ……」


 深いため息を吐く。


 今日は、なにもやる気が起きなかった。


 もう、このまま寝てしまおうかと思った。


 だから、もう、恋だの愛だのなんていうものに、どうでもいいという感情が浮かぶのだった。


  *


 そして、僕は大人になった。


 恋愛なんて子孫を残すためにつくられた造語であるように思える。


 そんなものに価値はないと断言はできないが、そもそも僕には縁のない話だな、と思う。


 あれから彼女が、どうなったかは僕に知るすべはない。


 きっと彼女のことだから、もう結婚しているのかもしれない。


 僕のような人間は、きっと何者にもなれず、誰からにも忘れられる存在なのだろうな。


 だから、もう、どうでもよかった。


 恋愛強者でも恋愛弱者でもない僕をどのように表現したらいいのか。


 あえて言うなら、どっちつかずの……恋愛中者だろうか?


 少なくとも、今の僕は恋愛弱者なのかもしれないけど、だから、どうしたって話である。


 どうして僕の心はモヤモヤしているのだろう……?


 その理由は、わかっている。


 彼女とのことがトラウマになっているからだ。


 それは、どうにもできない感情だ。


 トラウマが終わることはなく、ただ、時間だけが過ぎていく。


 彼女のことが人生で一番、好きだったという事実が、ひたすら僕の脳内を支配するのだった。

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