第7話 グレナダ平原会戦

西暦2025(令和7)年9月10日 ヒスパニア帝国東部


 グレナダ平原。帝国東部の内陸に位置する平原は、古くから穀倉地帯として知られる場所であり、リスヴォアと内陸部の諸都市を繋ぐ街道も通っているこの地は、帝国黎明期にはかつてパルトシア地方を治めていた小国との会戦が何度も繰り広げられていた。


 そして今回の場合、損害賠償を獲得するために展開した自衛隊と、リスヴォア奪還を目指すヒスパニア帝国軍が対峙する状況となっていた。陸上自衛隊は第7師団を基幹に、同様に北部方面隊より増援として派遣された第2師団、本土唯一の機甲部隊である富士教導団の2個師団及び1個旅団からなる防衛線が張られており、真正面より帝国軍を迎え撃つ事が出来る体制にあった。


「相手は思った様には動いてきませんね」


 第7師団司令部にて、幕僚の一人がそう呟き、師団長の西田にしだ陸将は双眼鏡片手に答える。


「非武装の偵察機を飛ばしてこちらを調べてきているんだ。今更になって我らを知ろうとしているのだろう。だが余りにも遅きに失したな」


 師団を構成する連隊はすでに擬装で身を隠し、今相手が把握できているのは第2師団と富士教導団の防衛線ぐらいだろう。その2部隊も、特科部隊は遥か後方に身を潜めており、間違いなく相手はこちらを過小評価して、無暗にかつ無理やり、突撃を仕掛けて突破を目論むだろう。


「地雷及び指向性散弾の設置は進んだな?」


「相手は普通に戦車を複数持っているため、対策は取ってくるでしょうが…まぁ、相手の進路を制限できるので無駄にはならないでしょう」


 西田たちがそう話し合う中、帝国軍陣地では皇帝が将軍たちを集めて会議を行っていた。


「此度の戦、これまでの通り、現状見えている敵軍に対し、堂々と行進して踏み潰す戦い方で出る。兵力では圧倒的に我らの方が優勢だ、敵からの反撃など物量で容易く捻じ伏せる事が出来る。我が偉大なる帝国軍の威容を見せつけながら蹂躙するのだ」


 皇帝の説明に、多くの貴族が色めき立つ。彼らが求めるのはいわゆる先駆けの栄誉であり、軍の先陣を率い、敵軍を蹂躙する戦功を上げれば、その栄誉だけで莫大な富と名誉が手に入る。強欲な彼らにとって戦闘など出世争いの一環でしかなかった。


・・・


戦闘は9月11日、日が昇り始めた頃より幕を開けた。


「全軍、前へ!」


 皇帝の命令一過、数百両の装甲車両が列を成し、第2師団と富士教導団に向けて前進を開始する。皇帝直属の近衛師団を除き、6個師団が二手に分かれて攻めてくるのだ。3倍以上もの規模を前にすれば、相手は委縮してしまい、戦いにすらならなくなるだろう。装甲車の車内より部隊を率いる貴族たちはその様に考えていた。


 だが、彼らの軍勢には砲兵部隊が存在していなかった。歩兵師団を構成する3個歩兵旅団には必ず、重砲を運用する砲兵連隊が3個付属しているものだが、その全ては近衛師団を守る守備兵力として後方に据え置かれていた。最前線への支援など、空軍の爆撃で事足りるという考えも、砲兵を攻勢時に用いないという判断を生み出していた。


「敵軍、砲兵による事前砲撃もなく前進してきます」


「レーダー、敵機を捕捉。爆撃を試みている模様」


「我らを侮り過ぎであろう。特科部隊、手厚く歓迎してやれ。高射特科は1機残らず叩き落とせ」


 西田より命令は下された。直ちに後方の陣地に展開する99式自走りゅう弾砲が砲身をもたげ、波となる様に迫りくる敵軍を捕捉。ドローンによる観測を実施しながら、砲撃を開始した。


 一斉に50発近くの155ミリ砲弾が投射され、十数秒後に20キロメートル先の地点に着弾。さしたる抵抗も受けずに踏み潰せると思っていた装甲車の真上で炸裂した砲弾は、瞬時に装甲車の全身を切り刻み、車内の搭乗員を鉄片の驟雨でズタズタに切り裂く。


「な、何事か!?」


 指揮官の一人が叫ぶも、直後に真下より突き上げる様な衝撃が彼らを天井に叩きつける。数人の首の骨が砕け、呻き声すら上げる間もなく絶命する中、他の車両も同様に対戦車地雷を踏み、履帯を粉砕されながら転倒する。彼らはこれまで圧倒的火力で、技術水準の劣る敵を攻める戦いばかり経験していたが、それ故に地雷を用いた戦いなど経験していなかった。また塹壕にまで辿り着く事の出来た車両は、塹壕内に潜む自衛隊員より、迫撃砲と対戦車火器による反撃を被った。


 01式対戦車誘導弾と84ミリ無反動砲の近距離からの一撃は、敵戦車の車体下部を容易く撃ち抜き、81ミリ迫撃砲の砲撃は装甲車に致命傷を負わせる。慌てて歩兵たちが降りるも、そこにアサルトライフルの掃射が襲い掛かった。


 空も酷いものであった。木々の合間より35ミリ機関砲弾と地対空ミサイルが飛び出してきては、レシプロ機の主翼を粉砕し、エンジンをもぎ取る。帝国軍は制空権すらも失おうとしていた。


 斯くして、『グレナダ平原会戦』は自衛隊の圧勝に終わった。ヒスパニア帝国軍は4個師団が壊滅する被害を受け、6万近くの死傷者を出す。中でも政治に関わる貴族の大量戦死は帝国の行政にも大きな影響をもたらし、その後の状況に大きな影響をもたらす事となる。

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