第3話 逆襲を開始せよ

西暦2025(令和7)年8月19日


「先の衝突にて拘束した船舶の調査、その乗員の取り調べは、佐世保にて進めております。言語は異世界人が用いていたものと同種のものであり、出身者の協力を元に進めております」


 対策本部会議室にて、内村うちむら国土交通大臣がレジュメを片手に報告し、大久保は一度メガネを外し、眉間をつまむ。原因不明の変化に想定外の戦闘。何が起きているのか把握すら難しい状況下、多くの閣僚の思考がオーバーヒートを迎えようとしていた。


 とその時、三人いる官房副長官の一人である工藤くどうが挙手してくる。彼は今年40歳。この内閣においては若手として知られ、30代になって臨んだ選挙にて、巧みな弁術と親しみやすいイメージ形成、そして他の候補への鋭い指摘で議席を得た実力者である。


「総理、あくまでも私の個人的な推測となりますがよろしいでしょうか?」


「ええ…この際、推測も参考に対応と対策を進めていかねばなりません」


「では…まず、先の衝突にて拘束した国籍不明船乗員から察するに、我が国は異世界…それも異世界人が住んでいた世界へ転移してしまったのではないでしょうか?」


 工藤の推測と根拠に、「そんな馬鹿な」と返す者はいない。レジュメの中にて、敵対してきた船の乗員の言葉が分からず、魔法による通訳を得意としていた異世界出身の海保職員を用いたところ、魔法を用いずに尋問が出来たと記述されている。であれば、この世界に我が国があるという可能性は高い。


「そして海自はすでに、国籍不明船の出所である陸地を発見しております。総理、ここはこれ以上の妨害の阻止及び、調査の進展を目的に、大規模な反撃を行うべきだと存じます」


 すでに相手は軍事行動を起こしている。これ以上の暴挙を防ぐためにも、一歩踏み入った対応が求められると、工藤は主張していた。


「…分かりました。国会には事後承諾という形で、内閣総理大臣の権限で防衛出動を命じます。官房長官、記者会見の準備を。須田さんは自衛隊の動員を始めて下さい」


 大久保の決断は下り、閣僚は行動を開始する。


 この1時間後、政府は記者会見にて、対馬での国籍不明勢力との衝突を


・・・


市ヶ谷 防衛省庁舎


 自衛隊の政治的運営や、組織的運用の中心である防衛省の会議室にて、防衛作戦の基本的な会議が行われていた。


「相手は既に対馬の位置を把握しており、海保の巡視船によるパトロールを開始して直ぐに、艦隊規模での接近と襲撃に切り替えている。相手の最新の動きはどうか?」


 須田の問いに対して、西岡はレジュメを捲りながら答える。


「現在、海自航空集団の哨戒機が、陸地の見つかった地域を重点的に飛行し、定期的に偵察を行っていますが、現地には航空戦力が存在しており、上手く接近する事はできません。ですが警戒を強めたという事は、現地にある港湾にて、艦隊戦力の編制を進めている可能性が非常に高いと思われます」


 対馬沖にて無力化して拿捕した不審船の内部より、幾つかの資料や物品が発見されており、それらの調査により、相手が如何なる勢力なのかは判明しつつある。それらの詳細な報告がまとまるまでには時間を要する事になるだろうが、対馬と件の陸地との距離は凡そ300キロメートル。航空機でも十分に届く距離であり、これ以上攻め込まれるのは非常に危険だろう。


「西岡統幕長、現在、自衛隊はどの様に動いている?」


「対馬が襲われるのは確定しておりますので、市民の島外への避難、及び入れ替わる形での水陸機動団第2普通科連隊展開を開始しております。北西沿岸部には地対艦ミサイル部隊を展開し、水際で迎撃する準備を整えます」


「次いで海自ですが、第2の「いせ」を旗艦とした水上戦闘任務部隊を編制し、武装勢力の水上戦闘艦部隊を撃破。制海権を奪取した後に水陸機動団第1普通科連隊を敵地へ強襲上陸させ、橋頭保を築き上げます。その後は1週間かけて2個師団を展開し、交渉の準備に取り掛かります」


「成程…空自も、動かせるものは全て動かし、不届き者を成敗しましょう」

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