第2話 第二次日本海海戦

西暦2025(令和7)年8月18日 日本国長崎県対馬市 北西部沖合


 海上自衛隊第13護衛隊に属する護衛艦「のしろ」は、海上保安庁の巡視船とともに、対馬の北西部海域に展開していた。


 旧式の護衛艦や掃海艦艇を置き換えるために建造されたもがみ型護衛艦は、『多用途護衛艦FFM』の名が表す通り、従来の護衛艦としての領海警備・戦闘行動のみならず、機雷の敷設ないし除去といった様々な任務に対応可能なマルチロール艦である。


 特に2020年代初頭の中国や北朝鮮、ロシアとの関係悪化を受けての情勢変化はもがみ型の存在意義をより上昇させる遠因となっており、その三番艦たる「のしろ」は12.7センチ速射砲や対空ミサイル発射機、対艦ミサイル発射筒に短魚雷発射管といった基本装備に加えて、新たに07式アスロック対潜ミサイルを格納した垂直発射装置VLSを艦首側の甲板内に追加装備している。


 15日の異変直後、母港たる佐世保より錨を上げて発った「のしろ」は、偵察中やパトロール中に本国との定期連絡が取れなくなって混乱をきたしていた韓国海軍や中国海軍の潜水艦に接触。どうにか浮上させて佐世保へ寄港する様に指示しつつ、海域調査を進めていた。


 その最中に、海保巡視船と対馬に対する国籍不明船の攻撃である。中途半端な規模の巡視船では相手に侮られ、却って挑発目的の攻撃を招く事になるとして、第七管区のヘリコプター搭載巡視船「やしま」と、第十管区の「あかつき」「しゅんこう」が援護についていた。


「艦長、レーダーに反応あり。方位012、距離1万5千。複数隻が接近中です」


 もがみ型特有の、円形の戦闘指揮所CICにて、乗組員が報告を上げる。艦長は顎を撫でつつ、レーダー画面を写したスクリーンを見る。


「見たところ、相手は5隻で迫ってきているか…増援は?」


「現在、本艦以外には海保の巡視船が3隻、また相手の数が多かった場合は、付近を遊弋中の「てるづき」が駆け付けるとの事です」


「分かった。直ちに「てるづき」に応援を要請。司令部にも相手の動きを知らせろ。さっさと臨検にまで持ち込むぞ」


「了解!」


 通信士が答えて連絡を開始したその時、動きが生じた。


「艦長!国籍不明船団、増速!こちらに向けて急速に接近を開始しました!」


・・・


『天気晴朗なれども、波高し』


 この言葉は日露戦争の後期、連合艦隊司令長官の東郷平八郎海軍大将が大本営に宛てて送った言葉の一つである。


 ロシア帝国海軍が送り込んだバルチック艦隊を撃破した戦いである日本海海戦は、日本列島とユーラシア大陸の間に広がる日本海の南側の入口、対馬海峡にて発生したものだが、台詞の通りこの海峡は海流が流れ込む影響により、晴れていても波が高くうねる事で知られていた。


 この日のこの海は、その言葉に相応しい状況であり、巡視船群に対し、これまで挑発的な急接近を仕掛けるのみだった国籍不明艦数隻が、波を砕く様に進みながら、発砲を繰り返しつつ接近を試み始めたのである。


 第七管区海上保安部所属のヘリコプター搭載巡視船「やしま」の船橋にある作戦情報室OICは、十分前より喧騒と緊張に包まれている。船長以下乗員の全てがライフジャケットとヘルメットを着用の上配置に付き、相手の前に立ちふさがろうと動いていた。


『該船まで、あと3000メートル…!』


 相手の放つ砲弾が海面に着弾する度に、水柱が崩れて多量の海水が甲板を濡らす。船橋から臨む35ミリ単装機関砲と20ミリガトリング砲は、OICに詰める乗員の遠隔操作によって、その黒光りする銃身を、前方から向かってくる暗灰色の艦影に向けている。だが威力も火力も、相手の艦砲にはまるで及ばない。


「警告しろ!何語だろうといい!」


 無駄なことだとは判っている。だが最悪の事態が起きたときに備え、こちらも最善を尽くしたという証を残して起きたかった。見張員の報告は続く。


『該船まで2000メートル!』


 ウィングに立つ乗員の報告は、これが最後だった。直後に砲弾の1発が「やしま」左舷に当たり、火の手が舞い上がる。爆風が船橋内の数人を押し倒し、船長は被弾箇所に目を向ける。


「左舷に被弾!火災発生!」


「左舷射撃管制装置、損傷!2番機銃の操作不能!」


「面舵いっぱい、相手船より離れろ!」


 船長がそう命令を発した直後、国籍不明船の甲板上より何かが海中に投棄される。がその投棄地点より白い線が浮かび始め、それは混乱に陥っていた「やしま」へ伸びていく。


 10分後、「やしま」の側面に白い水柱が聳え立つ。それと同時に「やしま」の速力は大きく下がっていき、左へ傾き始めた。


 この後、「のしろ」は自己防衛として艦砲射撃を実施し、国籍不明船3隻を撃破し、1隻を停船。残る1隻は逃亡した。後に『第二次日本海海戦』と呼ばれる事となるこの戦いは、日本をより大きな混乱へと突き落す事となる。

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