オークのキ○タマ1

「はあっ!


 ……はぁ……はぁ……」


 急に呼吸を思い出したように息を吸い込んだ。

 頭はハッキリしているのにどこかぼんやりとしているようで、起きなきゃいけないのにまだ微睡んでいたいような気分。


 ボーッと天井を見つめる。

 今自分が寝転んでいることに気づくまでに意外と時間がかかった。


 しかもベッド。

 柔らかいお布団が胸までかかっていて暖かい。


 死ぬ前は布団なんてなかったし、さらにその前もうっすい肌掛けだけで寝ていた。

 なんで布団がかけられているのか考えてみる。


 でも答えは出ない。

 しょうがないから体を起こそうと思った。


「ヤダ……」


 あれ、声が若い。

 若いというか幼い。


 雲の上にもいるようなフカフカに包まれて動きたくないと呟いた自分の一言が耳に届いて疑問に変わる。

 アリアはスッと右手を伸ばして視界に入れる。


「な、なんじゃこりゃあですわ!」


 手がちっさい。

 驚きを勢いに変えて飛び上がるように上半身を起こす。


 手のひら、手の甲、手のひら、手の甲。

 裏も表もひっくり返して見てみるけど手が小さい。


 仕事で荒れ放題でボロボロだったのに肌はすべすべとして傷ひとつなく、それは左手も同じだった。

 ペタペタと顔を触ってみる。


 それで何が確かめられるのだと思うがガサガサとした肌の感触はなく、モチモチプルルンとした頬の柔らかな感触が指に伝わる。

 体も触ってみる。


 お高めな柔らかいパジャマ。

 胸は……相変わらず無い。


 そういえばと思って部屋を見回す。

 ボヤッと天井を見ていた時には気づかなかった。


 部屋や家具には見覚えがあった。

 記憶が確かなら姿見があるはずとアリアはベッドを降りた。


 こんなにベッドが高かっただろうか。


「なんじゃこりゃーですわぁー!」


 鏡に映った自分の姿。

 どう見ても少女。


 この部屋は小さい頃を過ごした自分の部屋。

 アリアはなんと小さくなっていたのであった!


「……………………いや」


 いろんな考えがスパークして頬に触れたまま固まってしまった。

 だけど色々考えるのがめんどくなった。


 若いっていいじゃない。

 神様にお願いされたことも若いうちから動ければ対策のしようがあるし時間も多い。


 むしろ色々変えるチャンスであるとアリアは思った。


「こんな時に戻るなんて聞いていませんわ……」


 言ってくれればと思ったけど言ってもらったところで考える時間もなかった。

 思考を切り替えて顎に手を当ててこの時期に何があったかを考える。


 幼いとできることは限られる。

 とはいえ変えられることや出来ることはあるはずだ。


 出来ることはなんだ。

 どうすれば憎い奴らをメタメタに出来る。


 そう考えていると腹立たしい思い出が脳裏を駆け巡り怒りが湧いてくる。


「これは……」


 まるで怒りを体現したような、紅いオーラがアリアを包み込む。

 オーラとはいわゆる魔力と呼ばれるもので魔法に使わずまとったりして使われるものをオーラと言う。


 真紅の魔力で作られたオーラが炎のようにゆらゆらと揺れている。

 自分のオーラに驚いて目を見開いた。


 怒りを忘れて集中が途切れてオーラがアリアの中に引っ込んでいく。


「その時期にはまだオーラなんて……」


 アリアはオーラを使える人、オーラユーザーであった。

 しかしオーラを扱えるようになったのは大人になってから。


 今が何歳なのか知らないけれどこんな小さい時には絶対にオーラは使えなかった。

 神が与えてくれた恩恵だろうか。


「あっ、もう起きてるんですかぁ?


 なーに鏡なんか見てんですか」


 バンと雑にドアが開けられて驚いた。

 振り向くとメイド服の女性がズケズケと部屋に入ってきていた。


 水の入った大きなタライが乗せられたカートを押していてアリアのことをバカにしたような目で見ている。

 思い出した。


 またゆらりと溢れ出しそうになるオーラをアリアは必死に抑える。


「まずはお前からですわ……」


「何か言いました?」


「いいえ、なんでもありませんわ」


「なら早くしてくださいよ。


 私も暇じゃないんですから」


 なんで態度だ。

 しかし過去のアリアはこんな態度を取られても言い返すこともできずに怯えた表情を浮かべてただ大人しく従うしかなかった。


 今は違う。


「早く顔洗ってください。


 タオルは横に置いときますんで」


 シェカルテというメイドが運んできたのは朝顔を洗うための水。

 こんなでも唯一アリアの面倒を見てくれたメイドである。


 アリアはベッドに腰掛けてそっとタライの水に触れる。


(冷たい……)


 タライの水は驚くほど冷たい。

 こんなもので顔を洗うと風邪をひいてしまうのではないか。


 そう、シェカルテは面倒を見てくれるけど親切で丁寧とは程遠かった。

 この水も井戸からそのまま汲んで来たに違いない。


「ねぇ」


「なに?」


「この水……おかしくない?」


「おかしい?


 何が……」


「ちょっと見てくださいません?」


 かつてのアリアならヘラヘラとして我慢して冷たい水で顔を洗っていただろう。

 手が震えるほどに冷えても文句も言わずそんな様子をシェカルテは鼻で笑っていた。


「……何がおかしいのか私には……」


「もうちょっと覗き込んでみて……」


「だからぁー、何がおかしい」


「おかしいのはあなたの頭ですわ」


「はっ?」


 タライの水を覗き込んだシェカルテ。

 その髪を掴んでアリアは思い切り水の中に頭を押さえつけた。

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