第33話、やはり、妹を傷つけられたら彼女は拳で相手を殴る。


 ドスのような声を出したアリシアに対し、その場にいた人物たち、真正面に居るフィリップと同じ姿の青年以外は驚いた顔をしながらアリシアに視線を向けたが、アリシアの表情は変わらない。

 最初、ものすごい腹の奥から出したような声が聞こえたが、表情は一瞬にして元通りに戻り、無表情で青年を見ている。しかし、それは顔だけだ。

 アリシアの拳は強く握りしめられ、震えているので、これは間違いなくあの時と同じ光景だとレンディスは思う。


 アリシアがフィリップに容赦なくぶん殴る光景を思い出してしまった。


 嫌な予感がしつつも、レンディスはアリシアに声をかけるのをやめる。リリスも同様に、彼女に声をかけるのはやめるようだ。

 震える拳を握りしめつつ、アリシアは話を続ける。


「……私の婚約し、あわよくば結婚して一緒になりたいと、そう思ったと言う事でしょうか?」

「は、はい……そのためには、僕はまず『フィリップ・リーフガルト』になるしかなかった。僕は隠された存在で、フィリップとは同じ顔だから」


 目の前の男は、双子であるフィリップ・リーフガルトになろうとしていた。そのため、ラフレシアを排除し、兄弟であるフィリップをあの空間に引きずり出すようにしながら閉じ込める。

 そして、自分自身が、『フィリップ・リーフガルト』に成り代わり、第二王子となってアリシアの前に立つつもりだった、と言う簡単な理由だろう。

 それだけの為に、アリシアの大事な妹が、公の場にさらされ、屈辱を受けなければならないのか、同時にエリザベートも誤解を招かれるような口ぶりを、あのバカ王子は言っていた。


 スッと、アリシアは目を細めるようにしながら話始める。


「……例え、あなたが『フィリップ・リーフガルト』になるとしても、きっと私はあなたのお誘いを断っていたでしょう。私はこの王宮魔術師でもあり、そして妹を傷つけた相手になど嫁ぐつもりはありません」

「……そう、だ。あなたは、そのような人だ……」

「ついでに申しますけど、確かにお顔はあのバカ王子ですが、ただそれだけです。あなたはそれ以外は全く似ていないですから、すぐの偽物だと私は気づきますよ」

「え……」


 まさかそのような発言を言われるとは思わなかった青年は、驚いた顔をしながらアリシアに視線を向けるが、アリシアは嘘は言っていない。真っ直ぐな瞳で彼女は青年を見ている。

 確かに顔など似ているのかもしれないが、アリシアにとってそんなものは無意味だ。彼女は王宮魔術師であると同時に、魔力がはっきり見える。


 フィリップと青年の魔力は、全く違う。


 以前、王宮の中で魔術の練習をしている第二王子の姿をアリシアは見かけた事があるが、彼の魔力は荒々しいイメージを持っていた。しかし、目の前の青年の魔力は、とても落ち着いている魔力の流れだ。魔力の流れと言うモノは人それぞれ違うとわかっている彼女だからこそ、別人になろうとしても見抜いてしまう。

 だから、アリシアは目の前の男がフィリップではないとすぐに気づき、声をかける事が出来たのである。


「私は魔力の流れでまず人を見ます。あなたと、そしてフィリップ殿下の魔力の流れは全く違う……あなたは落ち着いていて、澄んでいる。根っからの悪人ではないのでしょう」

「……ッ」


「――しかし、妹の話になれば、それは別だ」


 優しい声だったはずなのに、突然低い声が聞こえてきたので、青年も、レンディスも、そしてリリスの三人は思わず驚き、再度アリシアに視線を向ける。

 彼女の魔力の一部は既に拳に流れている――それを見た瞬間、レンディスは彼女を止めなければいけないと悟った。


「あ、アリシア……あの――」

「とめるな、レンディス」

「……」


 睨みつけられたレンディスは、彼女に嫌われたくなかったのか、それとも本能なのか、そのまま動きを止めて何も言えなくなってしまい、その場に立った状態で居るのだった。

 リリスも止めようと声をかけようとしたのだが、彼女の圧迫した視線にやられてしまい、何も口を出す事ができなくなってしまった。

 青年も、何も言えず微かに震える。同時に、ケガに痛みが増している。

 しかし、それでも彼女の足は止まらない。


「以前から周知の上だが、私は家族、特に妹が死ぬほど大事なんだ。あの子が幸せにならない限り、絶対に私は結婚もしないし好きな男だって作るつもりはない。しかし、そんなお前は妹を傷つけた。バカ王子だから嫌だったけど、あの子なりに彼を愛そうとしていたのは間違いないんだ……それを、お前は――」

「……ちょっと前半の言葉は傷つく」

「レンディスちゃん、どうどう」


 アリシアの言葉に、ちょっとレンディスが傷ついているなんて、そんな事今のアリシアにはどうでも良かった。彼女の今、目の前の敵しか見えていないのだから。

 彼女はいつの間にか、少しずつ、ゆっくりと、目の前の青年に近づいていく。

 目の前に現れ、まっすぐに見つめるその視線に、青年は少し怯えた表情になっていたが、それでもアリシアは変わらない。


「それと、私を婚約者にしたいと言っていたが、申し訳ないが私はレンディスの求婚を受け入れる予定なので、それは諦めてほしい。すまない」

「……え」


「――歯を噛みしめろ」


 次の瞬間、アリシアは傷だらけの青年を容赦なく、前回のフィリップを殴る力よりも少し抑えるようにしながら、彼女は目の前のフィリップに似ている男をぶん殴る。

 相手は目を一瞬にしてつぶった後、襲ってきた攻撃を受け入れ、そのまま背中に衝撃が走り、壁にぶつかった青年はそのまま静かに、ゆっくりと地面に倒れこんだ。

 殴った事で、アリシアの表情はとてもすっきりとした、綺麗な顔をしていたのだが、一方、おまけのように言われた言葉に衝撃を受けていたレンディスは目を見開きながら、頬を赤くする。


「え、あ……えぇ……」

「……うわ、なんかレンディスちゃんの顔、キモチワルイ」


 いつもと違うレンディスの表情を見て、リリスは少しだけ引くのだった。




 


 

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