第32話、『スペア』の目的
ゆっくりと目を開けると、そこは変わらない、王宮の中だ。アリシアとレンディスは辺りに視線を向けると、場所はファルマの居室の近くにある空き部屋だと理解したと同時に、漂う魔力の量に、思わず頭が重くなる。
同時に気持ち悪さがアリシアに襲い掛かり、思わず口を抑えると、隣に居たレンディスが青ざめた顔をしているアリシアに気づき、声をかける。
「どうした、アリシア?」
「ん……き、きつい……王宮の全てから魔力の反応が強くて、魔力酔いしそうです。気持ち悪い……」
「慣れなさいなアリシアちゃん。出ないと本当に倒れるわよ」
「い、今にも倒れそう……」
「アリシア、俺の腕に」
腕を差し出したレンディスの言葉にアリシアは甘える事にした。腕を強く掴み何とか体を立たせてみたが、それでも視界が狂いそうになるぐらい、気持ちが悪かった。
レンディスは元々魔力は殆どない為、感じる事が出来ないのであろう。魔術師ならば間違いなく弱いモノなら倒れるぐらい、強い力を感じている。
一体、これはどこから出ているのか、アリシアはリリスに視線を向け、問いかける。
「り、リリス……魔力の流れは読めますか?」
「かなり王宮に充満しちゃってるみたいね……悪さをしようとしている『同族』なら、ちょこっとだけ感じるけど……」
「けど?」
「……その近くの部屋の方に不思議な力を感じるわ。多分、『同族』を呼び出した張本人だけど」
悪魔がこの世界に受肉するならば、まず人間と契約しなければならない。つまり、人間が呼び出したと言うのが理解出来る。果たしてそれは誰なのか、アリシアは再度問いかける。
「その張本人の所にはいけますか?」
「一部闇が覆ってる所じゃないと思うから、多分いけるかもしれないけど……何、行くの?」
「ええ、一応」
そもそも、きっとその犯人が、アリシアとカトリーヌに関わっている、人物なのだろうと彼女は思っている。何のために、あのような事をしたのか、と言う事を。
リリスはため息を吐きながら、空き部屋の扉を開けて案内しようとした時、リリスの顔色が変わった。
同時にアリシアとレンディスの顔も変わり、レンディスは剣の鞘を抜いて構えるように入り口の扉に視線を向ける。
魔力の気配が、濃くなっていくのをアリシアは感じる。
「……殿下の魔力ではありません。初めて感じる魔力だ……」
「……『同族』を召喚した人間の魔力ね。まさかこっちに気づいて近づいてくるなんて……」
「……アリシア」
「殺してはダメです。まずは話が出来るかどうか、ですが」
アリシアの言葉に、レンディスは頷き、彼女が前に出ないように手を前に出して守るような体制を整える。リリスもすぐに魔術が発動できるように、右手に魔力を込める。
ゆっくりと、ドアノブに手がかけられ、そのまま扉が静かに開いた。そして、アリシアは扉から入ってきた人物に、目を見開いた。
そこに居たのは、右腕から顔まで火傷のような痕が出来、苦しそうにしながら入ってきた、この国の第二王子――フィリップ・リーフガルトの姿だった。
「フィリップ第二王子!?」
「……はぁ……あ、アリシア・カトレンヌ……」
「……」
息を吐きながら、何処か苦しそうにして目の前に現れた青年――フィリップ・リーフガルトにレンディスは驚き、アリシアに視線を向けるが、アリシアは答えない。
リリスも一瞬驚いた顔をした後、アリシアに視線を向ける。しかし、彼女は動かないまま、目の前で傷ついているフィリップに目を向けていた。
腕から顔までにかけて出来た火傷は間違いなく、あの『悪魔』が殺された事で消滅したため、代償を負ってしまった末路だと、理解する。しかしそれでも、彼は何に執着しているのかわからない。
ジッとアリシアを見つめてくるフィリップに対し、アリシアは話しかける。
「……こんにちわ、お名前はなんて及びすればいいでしょう?」
「……え?」
「あ、アリシア?」
突然、まるで目の前の青年が何者かわからないかのように、アリシアはそのように答えた。
目の前の青年、フィリップも突然何を言い出すのかと言う顔をしたまま、アリシアに視線を向ける。
意味が分からないレンディスがアリシアに問いかける。
「……アリシア、目の前にいるのはフィリップ第二王子、王太子ではないのですか?」
「違います。そもそも、あのバカ王子には召喚術なんて出来るわけないし、魔力が全く違います。それに……」
「それに?」
「――あなたは学生の頃から私の事を見ていたでしょう?」
違いますか?と言う顔をしながら答えるアリシアに対し、第二王子と同じ顔をしている青年は、ただ驚くばかりだ。
呆然としながら、アリシアの言葉を聞いて唇が震えつつ、青年はゆっくりと唇を動かした。
「……し、っていたの、ですか?」
「私は王宮魔術師です。王宮の魔力は殆ど把握しております。もちろん、あなたの事も……まぁ、あなたとあのバカ……いえ、第二王子とは全く違う顔をしていますから」
「ッ……」
青年は、まさかそのような事を言われるとは思っていなかったため、どのような顔をし、どのような発言をすればいいのかわからない。ただ、まさか認識されていたのだとは全く知らなかった。
呆然としている青年に対し、彼はゆっくりと、震える唇でアリシアに向かって話し始めた。
「……は、じめまして、アリシア・カトレンヌ嬢……僕には、名前はありません」
「私の見立てだと、第二王子であるフィリップ殿下とは双子の兄弟、と言う事でしょうか?」
「……はい、母様から聞いております……ただ、僕は彼の『スペア』だから名前も何も必要ないと……」
「流石あの女狐ですね……しかし、まさかラフレシアが双子を妊娠していたとは知りませんでした。あなたの父上……陛下もご存じないのですか?」
「そ、のように、聞いて、います」
「……なるほど……では、今回の婚約破棄の事、そして私を魔獣討伐の件など、全て、あなたが仕込んだことだった、と言う事でしょうか?」
青年はアリシアの言葉に静かに頷いた。
同時にレンディスとリリスの二人は、アリシアが簡単に、そのように発言しているので驚く事しかできず、呆然としながら二人の姿を交互に見ている。
彼女はまるで全てがわかっているような顔をしつつ、青年を見つめている。
アリシアは静かに、考えるような顔をしながら問いかける。
「しかし、一つだけわからない事があります……フィリップ殿下と私の妹、カトリーヌとの婚約破棄をさせたのは、何故ですか?」
「……君は、妹の事が大好きだと、聞いている」
「ええ、大好きです。妹を傷つけるような存在があれば、私は容赦なく、ぶん殴ります」
アリシアはそのように告げると、拳を握りしめる。
青年は一度、唇を噛みしめるようにしながら、ゆっくりとアリシアに再度視線を向け、言い放った。
「――僕は、フィリップ・リーフガルトとして、アリシア・カトレンヌを婚約者にしたかったんだ」
「…………ぁあ?」
青年の言葉を聞いた瞬間、アリシアの表情が一瞬にして変わり、同時に握りしめていた拳の指の音が静かになった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます