第28話、気軽に名前を呼んだら?
「お姉様!!」
「カトリーヌ……」
数分後、妹の叫ぶようにアリシアを呼んだ声と共にレンディスは現実に戻らせる。体を反応させ起きると、そこにはアリシアと涙目になっているカトリーヌ、そして少し呆れた顔をしながらレンディスを見つめている妹のエリザベートの姿があった。
アリシアは体を起こし、レンディスに視線を向けて笑いかける。
次の瞬間、レンディスがまるで氷の魔術に固まったかのように、固まってしまったのだった。
しかし、周りはそんな事を気にしない。
「お、お姉様!意識をなくしたって聞きましたけど!!だ、大丈夫なのですか!?」
「あ、え、ええ……ちょっと魔力酔いをしてしまっただけですよ。害はないと思います」
「魔力酔い?」
「ベリーフ……知り合いの悪魔が増幅術をもらったので、いつも以上に魔力を使ってぶっ倒れただけの事です。カトリーヌが気にする事ではないですよ?」
「気にしますよ!もうびっくりしました!!レンディス様の青ざめた顔をしながら意識のないお姉様を抱きしめながら森の出口から出てきたんですよ!」
「……あんな焦ったお兄様、初めて見ましたわ」
泣きながら答えるカトリーヌの後ろに、頷くようにしながら答えるエリザベートの姿があり、アリシアは渇き笑いをする事しかできなかった。
レンディスが慌てた顔をしていた、と言うエリザベートの言葉に、アリシアはレンディスに再度視線を向けると、まだ固まっている。少しだけその姿を見てみたいだなんて思いながら、アリシアは静かに息を吐く。
再度、周りに視線を向けると、どうやら自分の借りている居室らしく、自分の私物が奥の方に散乱している。叔母の屋敷に戻ってきたと言う事を安堵しながら、アリシアはレンディスに問いかける。
「あの、ベリーフはどうしました?」
「あの男なら残っていた悪魔をどうにかするから、と言っておりましたが」
「あー……」
「……アリシア様?」
「いえ、なんでもありません」
大体予想は出来る――悪魔からはどうやら何故何も聞けないまま消滅させられるらしいと、すぐさま理解した。
一瞬で感じ取った気配からして、下級悪魔だと思いたい。下級悪魔なら、『原初の魔王』と呼ばれているあの男の力なら指先一つですぐに消してしまうだろう。それほどベリーフと言う悪魔は特別なのだ。
彼の事をよく知っているのは、アリシア、ファルマ、そしてファルマが契約したリリスのみ。
リリスは上級悪魔なので、気配からしてすぐに分かったと、ベリーフと話をしていた時に現れたので教えてくれた。
ベリーフにとって、アリシア――いや、アリス・カトレンヌと言う存在は、欲が全くない、綺麗な心の持ち主だと語っていたことがある。だからこそ、同じ綺麗な魂を持つアリシア、妹で面識のないカトリーヌの事が気になってしょうがないと、数年前に教えてくれた。
レンディスが、ベリーフがそのような悪魔だとは知らない。寧ろ嫌っているから余計に滅ぼしてやろうと思うに決まっている。『神』と契約していた悪魔だからそれは勘弁してほしいし、中立の立場だから無理に敵対したくはない、それがアリシアの考えだ。
再度レンディスに視線を向けると、レンディスはアリシアの視線に気づいたのか、首をかしげていた。ちょっとその首をかしげる仕草が可愛いな、だなんて思ったなんて言えない。
「……お姉様、何を考えておりますか?」
「え、あ……考え事は嫌いなので何も考えていませんけど……」
「嘘ですね。レンディス様を見て何か企んでいた、とか?」
「いやいや、そんな事考えておりませんよ。寧ろ今回も色々と助けてもらいましたし……ねぇ――」
その時、彼女はいつもより綺麗な笑みを見せながら、彼の名を呼んだ。
「レンディス」
「…………え」
いつもならば、『レンディス様』と呼ぶはずなのに、彼女は優しい笑みを見せながらレンディスの事を呼び捨てで呼ぶ。
突然、様なしでレンディスの名を呼んだアリシアの姿を、本人も驚いていたし、妹であるカトリーヌもそしてエリザベートも驚いた顔をしている。
驚いている三人に対し、アリシアは話を続けた。
「レンディス、と呼んでも大丈夫でしょう?だって、約束したではありませんか」
「……あ」
討伐を開始した時に、レンディスはアリシアに告げた。
様をつけずに呼び捨てで呼んでいいか、と。もちろんアリシアは承諾したし、今回討伐任務は終わったので、彼女はその通りにしただけだ。
しかし、レンディスは自分から提案したはずなのに、アリシアに呼び捨てで呼ばれた瞬間、無表情ないつもの顔が一気に崩れ落ちていく――いつものレンディスの姿はどこに行ったのかと言うぐらい、彼は顔面が崩れていった。
「ちょ、お、お兄様!?」
「……お、おれは……ゆめを、み、みて……」
「夢ではありませんわよ!お兄様ぁ!!」
エリザベートが今かと崩れ落ちそうになっているレンディスの身体を一生懸命支えながら叫んでいる姿を、思わず笑いながら見つめていると、カトリーヌがそんなアリシアが寝ているベッドの所に腰を下ろし、アリシアの肩にカトリーヌの頭が置かれる。
突然のカトリーヌの行動に驚いたアリシアだったが、そのままカトリーヌは何処か不貞腐れた顔をしながらアリシアに視線を向ける。
「……なんか、ずるいです」
「え?」
「だって、お姉様は『まだ』レンディス様のモノではございませんよね……まだ、私のお姉様、ですよね?」
「……はは、アリシア、ヤキモチですか?」
「むー……」
ふくれっ面をしながらカトリーヌは何も言わなかった。そのまま彼女に抱きしめる形になり、頭を撫でてもらう。少しだけ気持ちが良いのか、カトリーヌはアリシアの服を静かに掴み、目を閉じる。
「……まだ、お姉様を独り占めしたいですもん」
「何言ってるの……私はまだ、あなたを優先する予定よ」
――一番大事なのは、あなたなのだから。
確かにレンディスを想う気持ちは少しだけ変わってきたのかもしれないが、それでも今はまだ、妹を優先したい。
アリシアはそんな事を考えながら、優先すると言う言葉を聞いて嬉しそうに笑っているカトリーヌの頭を優しく撫でるのだった。
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