第16話、エリザベート・フィード
レンディス・エリザベートの二人が来て数日後、アリシアはエリザベートと話がしたいと言う伝言を頂いたので、せっかくながらと屋敷の庭で紅茶と簡単な食べ物をアズールに用意してもらい、話をすることにした。
天気は晴れ。風も涼しくて気持ちがいい。
簡単な服装に身を包み、静かに目を閉じて風を感じていると、小さく、ゆっくりと足音が聞こえてきたので、目を開けてみる。すると、そこには少し恥ずかしそうな顔をしながら令嬢らしい姿をしたエリザベート・フィードの姿があった。少しばかり緊張した面持ちの様子で。
「こ、こんにちわ、アリシア様……私のお願いを聞いていただき、ありがとうございます」
「こんにちわエリザベート様。地面に腰を下ろすのはいけないですね……ハンカチを地面に敷きましたので、こちらにお座りください」
「あ、す、すみません……ありがとうございますアリシア様」
「こちらこそ。いつも妹と仲良くしていただき、ありがとうございます」
エリザベート・フィード――レンディス・フィードの実の妹であり、アリシアの妹であるカトリーヌとは親友と言っていいほど仲が良い。アリシアは数日カトリーヌと一緒にいる所を見ていたが、本当の仲睦まじく、その顔に嘘はなかった。
そして彼女は、意図なくして勝手に婚約破棄に巻き込まれてしまった相手でもある。まさか、親友であるカトリーヌの婚約者に好意を持たれていたと言う事件。エリザベートはただ友人の婚約者としてあの王太子に接していたと言うだけなのに。
そんな彼女が、アリシアに一体どのような要件なのか疑問に思いながら、微かに震えているエリザベートに視線を向ける。
「えっと、ではエリザベート様、私に一体どのようなご用件なのか、お聞きしてもよろしいでしょうか?」
「あ、う、え、えっと、まずはその……卒業式の婚約破棄の件、誠にありがとうございます。ま、まさか自分があの王太子に好意を持たれていたとは思わず……あのバカ王子……いえ、王太子を殴っていただきまして、感謝しております」
「あはは……あれはもう、仕方がない事です」
仕方がないと言う事なのか全くわからないが、ただあの時は本当に腹が立ってしまって行ってしまった行動だった。別に感謝されることではないと思いつつ、アリシアは笑う。
そんな笑うアリシアを見ながら、エリザベートは静かに深呼吸をしつつ、再度アリシアに視線を向ける。
「……私にとって、カトリーヌはとても大切な友人ですの。入学したてだった頃の私は、友人と呼べる存在がおりませんでした。そもそも友人と言う存在はどのように作ればいいのかわかりませんでしたから」
「ああ、それはわかります……私も学生の時は友人よりも魔術の事ばかり考えておりましたので、友、と呼べる人たちはおりませんでしたから……」
「ええ、アリシア様がですか!?」
「勉強バカと言われるほど、距離を取っておりましたから……まぁ、あの時の私はきっと近寄りがたいオーラを出していたんでしょうね。私は、カトリーヌのような性格ではありません」
陽だまりのような笑顔を見せるカトリーヌとは違い、アリシアは生きるだけで必死な毎日を送っていた。学園生活も良い思い出と言うものが浮かばない。
エリザベートの話を聞いていると、本当に苦労したのだと思われる。そもそも友人と言うものはどのように作ればいいのか、アリシアも出来たら教えてほしいものだと考えながら。
「……そんな友人も出来ない私に唯一声をかけてくださったのはカトリーヌでした。私にとって、彼女は本当に優しくて、温かい存在でしたの」
「そう言っていただけると、姉としては嬉しいですね」
「……だから、自分が許せませんでしたわ。突然あの王太子が私を指名してきて、そしてカトリーヌを傷つけようとするなんて……本当に許せなかった」
「エリザベート様……」
歯を噛みしめるように震えながら発言をしているエリザベートの姿を、アリシアは優しく背中を撫でるようにしながら彼女を見守る。
カトリーヌもエリザベートの事を大切な友人、親友だと言っていたことを思い出す。あの時の嬉しそうに学園の事を話すカトリーヌの姿は忘れられない。
「じ、実は私、アリシア様の事、よくお兄様から聞いておりまして……憧れみたいなものを持っておりましたの」
「ん?レンディス様に、ですか?」
「ええ……お兄様はいつもアリシア様の話をされておりました。気高く、美しく戦う姿は本当に綺麗だと、素敵な方だと討伐任務に帰ってきた後は必ず聞かされておりました」
「そ、それはーその……嫌じゃなかったですか?」
「全然!寧ろ胸が高まってしまいましたわ!!」
「……レンディス様」
一体どのような話をしてきたのか、正直怖くて聞けない。レンディスの事だから話を持っているのかもしれないと思うと、アリシアは思わず冷汗をかきそうになりつつ、引きつった笑みを見せる事しかできなかった。
一体どのような憧れを持っているのかわからないが、アリシアにとっては正直あこがれてもらいたくないと思ってしまった。何せ、彼女にとってアリシア・カトレンヌの人生と言うものは憧れと言うモノではない。このような綺麗な令嬢にあこがれてもらう資格など絶対にないのだから。
静かに息を吐きながら、アリシアはエリザベートに声をかけた。
「エリザベート様。私は憧れを持たれる人間ではございません。何せ、敵味方も恐れる『氷の
「で、ですが……」
「それに、私は妹やエリザベート様を守るために王太子を殴った罪人みたいなものです。本来ならば裁かれるん人間なのです……あの
本来ならばアリシアは裁かれる対象のはずだが、ファルマがしっかりと話をつけてくれたり、また王太子であるフィリップにも問題があると言う事でお咎めはなかったのだが、それでも本来ならば王族に手を挙げてしまったのだから許されるはずがない。
同時に、あの女――フィリップの実の母親であり、王妃である女が声を出して笑う姿を思い出すと、激しく苛立つ気持ちになってしまう。あの女にだけは絶対に屈する事はない。
エリザベートの横で笑いながら答えているアリシアに対し、一つ疑問が浮かぶ。
「お兄様もそうですが、アリシア様はどうして王妃様の事を『女狐』と呼ぶのですか?」
「あ、ああ……エリザベート様はご存じなかったんですよね。私とあの女……王妃との関係を」
「ええ……」
「簡単な事です」
先ほどの笑みが消え、鋭い視線でアリシアは発言した。
「――あの女のせいで、私の母上は死んでしまった、と言うべきなのでしょうか?」
そのように告げたアリシアは、唇を噛みしめるようにしながら答えていた。
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