第15話、油断していたら、喰われるのでは?②
これは、正直危険なのではないだろうかと、思わずアリシアは思ってしまった。屋敷を案内しつつ、メイドはアンナのみで執事はアズールのみ。エリザベートとカトリーヌは既に妹の部屋に入っていってしまい、この渡り廊下に居るのはアリシアとレンディスのみ。
つまり、ただいま二人っきりと言う状態になってしまっている。それを考えたアリシアは、余計にレンディスの事を意識してしまっていた。
意識をしてはいけないとわかっているのだが、いざ、あのような求婚を頂き、そして、あのような戦いの後に押し倒された状態になってしまったら、普通の令嬢ならば高い声をあげたり、喜んだり、するのかもしれない。
しかしアリシアは、恋愛初心者だ。
彼女には前世の記憶はある。しかし、それは彼女にとっては全くと言っていいほど無意味な記憶なのだ。
アリシアは、前世でも恋愛経験をしたことがない人物なのだ。つまり、どのように恋愛すれば良いのか全く分かっていないほど、彼女は初心と言う存在なのである。となると、どうしたら良いのかわからなくなる。どのように動けばいいのか、わからない。
――そもそも、求婚を受け入れていない。
そっちのけで意識をしてしまったと、今更ながら気づいてしまった。同時に、自分は本当にレンディスの事が好きなのだろうかと言う言葉が頭の中に過る。ちらっと視線を向けるが、レンディスは今別の方向に視線を向けており、アリシアに目を向けていない。
その姿は本当に綺麗で、美しい。顔を近くに向けられた時は本当に驚いてしまったが――イケメンと言う部類に入る存在なのであろうと理解しつつ。
「……あの、レンディス様、一つ聞いてもよろしいでしょうか?」
「はい、何でしょう?」
「……私のどこを、好きになったのですか?」
気になった事が一つだけある。
アリシアとレンディスがいつも出会う場所は決まって魔獣討伐の時だけだ。背中を合わせて戦ったこともあれば、反発する事だってある。騎士団に所属しているモノと、王宮魔術師に所属しているモノ。戦っている姿しか見せた事ないはずなのに、そんな彼女のどこを好きになったのだろうか、ずっと疑問に思っていた。
アリシアの言葉に、レンディスは一瞬目を見開きながら、そのままジッとアリシアに視線を向ける。真っ直ぐな瞳に貫かれそうになりながら、思わず体を反応させてしまったが、レンディスが返してきた言葉に、アリシアは驚いた。
「――あなたが一生懸命戦う姿に、私は惚れました」
「……え?」
戦う姿と言うのは、確かに何度も見せた事があるし、アリシアもレンディスが魔獣と戦う姿をよく見かけた事がある。
泥だらけになりながら、妹の為、家族の為、民の為にアリシアは杖を古い、得意の氷魔術で魔獣を凍らせ殲滅する――と言うのが、アリシアのやり方だ。
令嬢らしい恰好ではないのだが、それのどこが魅力的なのか全く理解が出来ないアリシアに対し、レンディスはフッと笑う姿を見せながら、話を続ける。
「どうしてそんな姿に惚れたと思いましたか、アリシア様」
「え、ええ……そんな事を言われると思わなかったので……」
「戦う姿もあれば、あなたは弱さを見せない……以前、死にかけた事がありましたよね?」
「ええ……あの時はレンディス様が居たからこそ、今の自分が居ます」
疲れと眠気に襲われ、めまいがしたあの時、襲われそうになった所を大剣で縦になり守ってくれた事を思い出す。本当にあの時は自分が死ぬではないだろうかと感じるほど、今でも恐怖が蘇ってくる。
レンディスがあの時助けてくれなければ、今のアリシアはこの場にはいなかった。カトリーヌにも心配をかけたかもしれない。もし、アリシアが居なければ、婚約破棄の現場がどのようになっていたのかすらもわからないぐらいだ。
フッと笑いながら答えるアリシアの姿を見たレンディスは静かに笑う。
「少しずつですが、強張っていた表情が、落ち着きましたねアリシア様」
「え……」
「……緊張、していたのでしょう?」
緊張――レンディスの言う通り、多分緊張していたのだと思う。同時にその子叔母を聞いて、確かに緊張が少しほぐれたように感じた。
どんな事があっても、レンディスと言う男はアリシアが知っているレンディスなのだと、思い知らされる。
笑顔も作る事なく、無表情で、それでどこか優しくて――あの求婚を聞いたときから、アリシアはレンディスと言う人物が、『別人』のように思えてしまったのかもしれない。優しくて仲間思いの、いつものレンディスなのに。
恥ずかしさが込み上げてきたアリシアは頬を赤く染めながら視線を逸らす。
「す、みません……でも、ありがとうございますレンディス様」
「いえ、俺は――」
「……本来ならば、妹の件が片付いたら、ご連絡するつもりでした。あなたが私に求婚した件を」
「妹の件……婚約破棄の件、ですね」
「ええ、あれはまだ終わっていないので」
アリシアは確信を持って言える。
あの女狐と言う存在はしつこく、きっとこれからもアリシアに刺客を送り付ける可能性が高いと踏んでおり、レンディスもその件についてはファルマから聞いているからこそ、納得している。
アリシアは再度、まっすぐな瞳でレンディスに視線を向ける。
「レンディス様、この際ですが言わせていただきたいことがございます」
「は、はい……」
「……私、あなたと一緒にいる事は別に苦ではありません……寧ろ、告白された時、嫌ではなかったのです」
「え……」
「さ、最初は、きっと友人だからと思っておりました……が、多分違うのだと思います。しかし、正直私は恋愛と言うモノをしたことがありません。私の中心は家族、主に妹でしたから……だから、それまで考えさせてもらっても良いですか?」
「考える、とは?」
「――妹の件が片付くまでには、結果を報告させていただきます」
アリシアがレンディスに感じる気持ち、心と言うものが分からない。わからないからこそ、考える時間も必要だと判断した。
まっすぐに、貫く瞳で見つめられたレンディスは、いつもの彼女の姿を見てホッとした気持ちになった。
レンディスが知る『アリシア・カトレンヌ』と言う存在は、このような姿なのだから、と。
「……アリシア様、もちろん、俺もそのつもりです。そして、婚約破棄の件には私も微力ながらお手伝いをさせていただきたいと思っております」
「え、し、しかし、ご迷惑では……」
「迷惑だなんて思っておりません。でも、覚悟はしておいてください」
「え?」
「――俺はあなたが「うん」と言うまで、諦めるつもりはありません。何せ、『獣』なので」
そのように言ったレンディスの姿は、アリシアの知らない『レンディス・フィード』だった。
追い込むようにアリシアに近づき、そのまま彼女の髪を自分の指に絡ませ、静かにキスをする。愛しい女性にするかのように。
一瞬、何が起きたのか理解出来なかったアリシアなのだが、ふと思った。
――もしかしたら、油断していたら喰われるのでは?、と。
そしてアリシアはレンディスが静かに笑みを含んでいる姿を目撃し、そのままアリシアから離れて去っていったレンディスの後姿を見て、微かに震える。
「……ぜ、前世で恋愛経験しておくんだった……」
せめて、乙女ゲームとか念入りにしておけばよかったと、今更ながら後悔するアリシアだった。
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