第14話、油断していたら、喰われるのでは?①
油断してはいけない、そんな気がする。
目の前にいる男――レンディス・フィードと戦って、いやあれは戦いと言っていいのかわからない。何せ、レンディスの独走だったのだから、正直アリシアに勝てる保証はあったのだろうかと考えれば考えるほど、頭が痛くなってくるような感じを覚えながら、アリシアは自分の敗北を悔いる。
対し、レンディスは気にしていないかのように、何事もなかったかのようにアズールの紅茶を静かに飲みながら、アリシア、カトリーヌの叔母である女性と顔を合わせたのである。
「お邪魔しております、シーリア・カトレンヌ様。王宮魔術師時代の噂はファルマ殿下から聞いております」
「どんな噂か知りませんが……いらっしゃいレンディス・フィード様。お父上にそっくりな顔立ちね」
「父をご存じなのですか?」
「ええ。魔術師時代に共に仕事をした仲でしたから……」
笑顔、と言う顔を見せながら、シーリアはレンディスと軽く会話をしており、その二人の間に入る事が出来ないアリシアは、同じようにアズールが用意してくれた紅茶を静かに飲んでいた。
簡単な挨拶が終わった後、シーリアはレンディスに問いかける。
「レンディス様はどのような用事で我が屋敷へ?殿下から手紙だと休暇を取らせたと書いておりましたけど……」
「エリザベートの療養をかねてこちらを紹介させてもらいました。エリザベートの事もあるのですが……」
「ですが?」
「――アリシア様に会いたいと言う気持ちが強くなりましたので」
「ぶぶっ!?」
レンディスの真顔でその言葉を聞くとは思わなかったアリシアは、次の瞬間飲み始めていた紅茶を吹き出してしまう。
予想していなかった言葉が出てきた事と、レンディスにそのような発言が出来るのかと言う驚きが買った状態のまま、アリシアはとりあえず吹き出してしまった紅茶を急いで拭くためにアズールに布巾を持ってきてもらおうと声をかけた。
吹き出したことに少しだけ驚いたレンディスと、その言葉を聞いて笑っているシーリアが居ながらも。
「フフっ……そんな直球でそのような発言をするなど……面白いですね」
「お、面白がっている場合ですか伯母上!?」
「アリシア、この前の事忘れたのかしら?」
「うっ……」
「――あなたも、ケジメを付けなさいと言う事ですよ」
シーリアは楽しそうに笑いながらそのような発言をしている。アリシアは何も言えなかった。
彼女にも以前相談したが、あの時の求婚の言葉を聞いてもアリシアは嫌な気持ちはしなかった。いや、寧ろ、それを受け入れていいのではないだろうかと言う気持ちになってしまう程、レンディスの言葉はありがたいのかもしれない。
全く知らない相手に、嫁ぐことになるよりも、以前から知っている相手だったら猶更だ。
ただ、アリシアはその言葉を出す前に、片づけなければならない事が二つだけある。
「……伯母上、以前も話しましたが、答えを返す前にやらないといけない事が二つあります。特にその一つは重要です」
「まぁ……そうでしょうね」
「ここに来る前に聞きました。暗殺者に遭遇した、と」
「ええ。多分……いえ、間違いなく送ったのは王太子の母親……あの女狐でしょうね。大切な息子を殴ったのは間違いないですから」
それも、大切な妹、カトリーヌの為にアリシアは王太子である男をこの手でぶん殴った。吹き飛ぶまで。
これからも、もしかしたらアリシアを殺すために仕向けてくる可能性も高い――となると、そこらへんの事も考えなければならない。
「この前の残りの暗殺者さんたちは、尋問する前に自分で死んでしまいましたからね」
「……あの時はすみませんでした、アズールさん」
「いえいえ」
結局あの後アズールに任せたのだが、尋問する前に自分から命を落としたと聞いた。結局黒幕は誰なのか、証拠なども全く聞くことも出来ず、証拠もないため、犯人はわかっているのだが追及出来ない。
また、もしかしたらカトリーヌが狙われる可能性だって高い。大切な妹に危険が及ぶのであれば、アリシアは早々に解決をしたいのだが――と、思いながらレンディスに視線を向けると、レンディスは何も言わずアリシアに視線を向けている。
「えっと……レンディス様?」
「……いえ、すみません」
「んん??」
声をかけたのだが、レンディスは首を横にふって否定する。
一体何を見ていたのだろうかと思いながら首をかしげていると、全てわかっているかのように、叔母であるシーリアが小さな声で笑っている。意味が分からない。
シーリアがアズールに視線を向けると、アズールは笑顔で頷いた後、あるものをアリシアとレンディスに見せた。
「アリシア、レンディス様。実はこのようなモノがあるのです」
「え、この紋章は……ああ、そう言えばもうすぐその時期ですね」
「ええ、国王の誕生日パーティーがもうすぐ近い」
「毎年父に連れられて行っておりましたが、流石に今年は……」
一か月後ぐらいに、国王陛下の誕生日パーティーが行われる。去年までは父親に連れられて参加していたのだが、今年は参加しづらいだろうとアリシアは思った。
何せ、カトリーヌは婚約破棄され、アリシアは王太子をこの手でぶん殴ってしまったのだ。どの面下げて参加しろと言うのだろうかと渇き笑いをしながら居るが、シーリアは何も言わずただ笑っているのみ。
もしかしてこれは参加しろという事なのだろうかと思いながら、思わず汗が流れ落ちていく。
「アリシア、レンディス様と共に参加してきなさい」
「え……」
これは、断っていいのではないだろうかと思ったが、シーリアの瞳は本気の瞳をしていたので、絶対にこれは断れないと理解したアリシアは青ざめた顔をしながら静かに頷いたのだった。
▽ ▽ ▽
「ファルマ殿下から手紙を預かっている」
「あ、ありがとうございますレンディス様」
あの後結局話があまりまとまらないまま解散と言う形になってしまったアリシアはレンディスに屋敷を案内しつつ、第一王子であるファルマから手紙を預かったと言う事でそれを受け取る。
相変わらず綺麗な瞳をしているなと思いながら、アリシアはレンディスに視線を向ける。
あの戦い以降、求婚の事などはとりあえず後回しにして、片づける事をしなければいけないと言う事で手伝ってくれることになったレンディスにはありがたさを感じながら、アリシアは彼に視線を向けていた。
いつの間にか、会話をする程度まで回復してきたことに安堵を覚えながら、アリシアが発言しようとすると、突然レンディスの指先がアリシアの頬に触れて思わずびっくりする。
「んんッ!!」
「……あ、すみません」
「い、いえ……」
突然のレンディスの行動に身動きが取れなかったアリシアの顔は真っ赤に染まっているのかもしれない。いや、そもそもレンディスはこのような行動をとるのだろうかと思いながら、目の前にいるのは偽物なのではないだろうかと思ってしまう。それぐらい、レンディスの行動がおかしい。
仕事をしている時は、このようなスキンシップ?のような事はなかったはずなのだがと思いながら、アリシアはレンディスに問いかける。
「あ、の……レンディス様、突然、そ、そのような行動をされると、私も驚いてしまうと言うか、何も反応出来ない、と言うか……」
「その、すみません……意外だったので」
「え、意外?」
「――そのような顔もするのだ、と」
簡単に、そのような発言をしたレンディスの顔は真顔で、アリシアは呆然と、目の前の男に目を向ける事しかできなかった。
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