第08話、やりたい事



 アリシアはカトリーヌの言葉を聞いて驚き、思わず持っていた自分の杖を投げ出しそうになってしまった自分自身がいた。

 彼女にとって、それは喜ばしい事なのだが、突然なぜ、そのような言葉を口にしたのかわからなかった。


「か、カトリーヌ……どうして突然そんなことを言ったのですか?」

「え、えっと……そ、それは、その……」

「別に教える事は構わないのですが、その、私の教え方はとても下手なので、正直教えられるかどうかわかりませんし、そもそも私が魔術を扱えるようになったのは、母上の尋常ない教え方だったので……」

「お、お母様は一体どのような教え方をお姉様に教えたのですか!?」

「……」


 父親の事だから、その事は絶対にカトリーヌには教えていないのであろう。

 いや、あれは、教えるものではない。

 アリシアはカトリーヌの輝かしい目を見ながら、視線を逸らしたくなってしまった。それ以上に過酷だったのだ。絶対にカトリーヌにはあのような目にあってほしくなかった。


 アリシアの母親は、基本から教えると言う事をしなかった。

 幼き子供を、野獣のようなところに放り投げたのである。流石は栄光に輝いていた王宮魔術師だ。


『アリシア、これから私と討伐に出かけるぞ!!』


 まだ、魔術の『魔』の字すら出ていない、何もわかっていない少女に笑顔でそのように言った後、そのまま数日間魔物が生息している森に放り投げられたのである。

 つまり、生きるのに必死だった。


 (あの時の父上は本当に優しかったなぁ……)


 今もアリシアにとって、そしてカトリーヌにとって優しい父親なのだが、あの時の父親は本当に青ざめた顔で怪我だらけのアリシアを必死で治癒魔法で治したり、母親に涙ながら訴えている姿がよく見かけられた。

 苦い思い出もあれば、両親に愛されているなと言う良い思い出でもある。


 もう一度言うが、アリシアは基本から魔術を学んだことがないため、カトリーヌにどのように基本というものを教えればいいのかわからないのである。

 現に彼女は『光あれライト』を維持出来ない、魔術師にといって基礎の一つが出来ないのだ。

 教える事は可能なのだが、と思いながら、アリシアは頭を抱える。


「カトリーヌの耐性は父上と同様に『火』が属性でしたよね……私は『氷』を主に扱う魔術師だから、上手く教えられるかどうかわかりませんが……とりあえずカトリーヌ、私と同じ基礎を一つ、学んでみますか?」

「お姉様と同じ?」

「カトリーヌ、『光あれライト』は出来ますか?」

「はい、一応出来ます」

「では、それを出してください」


 カトリーヌは言われた通り、詠唱を作りそのまま小さな丸い、光を出す。

 アリシアよりか小さな丸い形状だが、それでも魔術を習っていないカトリーヌが一発で出せるのは凄いことだ。


「だ、せましたわお姉様!」

「流石ですねカトリーヌ、小さいですが……そのまま、ライトを維持する事が出来ますか?」

「いじ、ですか?」

「ええ……維持するのは魔術の基礎の一つです。魔力を長く維持することによって、その分魔術の威力が高くなります。魔力が強く、膨大ならば、強くなることができますからね」

「な、なるほど……」


 カトリーヌは納得した顔をして頷くが、表情がよくない。顔色が悪い表情を見せながら魔術に集中している彼女を見て、アリシアは無表情の顔で彼女を見ているが、内心ハラハラしている。

 きっと、慌てた顔をしながらカトリーヌに声をかけるのは、間違いだと理解しているからである。


 カテリーナ・カトレンヌは魔術をあまり学んだことはない。

 それは、彼女が幼い頃から王太子の婚約者になったからである。

 強制的に婚約者にされてしまったカトリーヌは魔術師の家系であるアリシア達と違う道を歩まなくてはいけなくなってしまった。結果がこの通りになってしまったのである。

 本当ならば、今頃王宮に入り、カテリーナのことを王宮魔術師として影ながら支えるつもりだったのだが、あのバカな王太子のせいで婚約は破棄、そしてカトリーヌはこれからどうしたら良いのか、道が決まっていない。


 彼女カトリーヌは今、やりたいことがないのだ。


 幼い頃から王妃になると言う事で、窮屈な生活を無理やりさせてしまったことにより、カトリーヌの十数年間の時間を取り戻す事など出来やしない。

 あのようなことがわかっていたならば、きっとアリシアも、死んだ母親も、そして父親も反対し、もしかしたら王国を去る事だって出来たはずなのに。

 必死で、魔術の基礎に取り掛かろうとしているカトリーヌの姿を見て、アリシアは胸は痛む。


 この世界は、乙女ゲームの世界でもなんでもない、何も知らないファンタジーな世界。

 アリシアは前世の記憶がある。『日本』と言う世界で暮らしていた記憶が。

 これが、お決まりの転生ものだったら、きっと結末はわかっていたのかもしれない、と思うと胸が苦しい。


「……お姉、さま?」


 魔力が集中できなかったことで『光あれライト』が消えてしまったカトリーヌの顔をみた瞬間、アリシアはそのままカトリーヌを強く抱きしめていた。

 突然の姉の行動に驚くことしかできないカトリーヌと無意識にカトリーヌの体を抱きしめながら歯を噛み締めるアリシア。


「と、突然どうしたのですかお姉様!わ、私、何か……」

「……ごめんね、カトリーヌ」

「え?」

「……やりたいこと、これから見つかると、良いね」

「……」


 アリシアはそのようにカトリーヌに告げると、カトリーヌは何かを感じたかのように、突如動きを止めた後、そのまま静かにアリシアを優しく抱きしめる。


「……はい、みつかると、嬉しいです」


 小さく、そのように答えるカトリーヌに、アリシアは何も言わなかった。

 ふと、何かを思い出したかのように、カトリーヌから離れたアリシアに疑問をぶつける。


「そういえば、どうして魔術を習いたいと言い出したの?」

「そ、それはあ……」


 少しだけ、黙ったままカトリーヌはアリシアに視線を向け、そして恥ずかしそうに口を閉ざし、そっぽを向いてしまう。

 全く意味が理解できないアリシアは、再度首を傾げることしかできなかった。


 (……言えない、お姉様が狙われてるって聞いちゃったから、少しでもお姉様の役に立ちたいと思って習おうとしたなんて……)


  と、カトリーヌがそのように考えていたことを、アリシアは知らない。

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