第09話 覚悟を決めるレンディスと、覚悟などないアリシア
「え、よ、よろしいのですかお兄様!」
「ああ、お前もカトリーヌに会いたがっていただろう?」
「……ッ」
嬉しそうに歯を噛みしめながら笑いだそうとしている妹の姿を、兄であるレンディスは少しだけ安堵の表情を浮かべる。
あの婚約破棄事件に何故か巻き込まれてしまった妹であるエリザベートはあの事件以降落ち込んでいる姿を見かけたからである。
今回の第一王子であるファルマの提案に乗る事にしたレンディスは、このように喜ぶ妹の姿を見て、少しだけ嬉しそうに笑ってしまうのだった。
ふと、突然エリザベートが動きを止め、レンディスに視線を向けた。
「お兄様、と言う事はアリシア様もいらっしゃる、と言う事ですわよね?」
「アリシア様……ああ、一緒に行ったのだからいるに決まっているだろう?」
「この前のお返事は頂いたのかしら、お兄様?」
「……お、おま……何故それを知っている?」
「お父様から聞きましてよ。やっと告白なさったと嬉しそうに言っておりましたわ」
「あのクソジジイ……」
一応両親には報告していたのだが、妹にはまだ言っていなかった。のだが、どうやら父親が勝手にしゃべってしまったらしく、レンディスは拳を握りしめながら呟く。
その呟く言葉を聞こえないフリをしながら、エリザベートはため息を吐く。
「私は、カトリーヌに会えるのは嬉しいので大丈夫なのですが、お兄様は平気なのですか?私がもしアリシア様でしたら、きっと気まずいですわよ」
「……た、確かに」
あの求婚した告白以降、返事が全くないし、帰ってきたことに聞こうと思っていたのだが――今更ながら気づいたレンディスの顔は青ざめている。
やっと気づいたのかとエリザベートは頭を抑えながら再度深いため息を吐き、落ち着かない様子を見せる兄に近づいた。
「良いですか、まず向こうに付きましたら、二人っきりになるのですわお兄様!他の方々の事は私にお任せください!」
「え、エリザベート……」
「……私も、アリシア様にお義姉様になっていただきたいと、常々思っておりましたし、カトリーヌとも姉妹になれたら、って思っておりましたのよ……だから、頑張ってくださいお兄様!」
「……あ、ああ、が、頑張ってみる……」
「もう、本当にお兄様はそっちの方は初心者なのですから……」
大丈夫かしら、と不安になりながら、エリザベートはぎくしゃくしている兄の姿を見つめる事しかできなかった。
▽ ▽ ▽
「我が契約の名の下に、姿を見せよ――
短い詠唱を終え、呪文を告げた後、アリシアの前に姿を出したのは、雪のように白い小さき獣だった。獣はアリシアの姿を見つけると、『わんっ!』と笑顔で吠える。
嬉しそうに笑っている小さき雪のような獣はそのままアリシアが立っている足の方に近づき、身体を寄せている為、その場でしゃがみ、優しく頭を撫でる。
「うわぁ……お姉様、お姉様も召喚術使えるのですね?」
「私はこの子しか召喚は出来ませんが、ファルマ殿下だったら、もっと色々と召喚術を扱えると思いますよ」
「へぇ……可愛いですね、この子」
「雪みたいに白いので、『ホワイト』と懐けました。ある討伐を終えた後に発見したフェンリルの親子の子供の方です。何故か私の事を気に入ってしまったらしく、そのまま契約してしまった形です。因みに親の方はファルマ殿下と、母親の方はレンディスと契約してしまって……懐かしい思い出ですね、ホワイト」
「わんっ!」
「えええ!ふ、フェンリルってあの!?」
「ええ、あの、です」
フフっと笑うアリシアに、カトリーヌはたまげたような顔をしている。
優しく抱きしめるようにしながら、フェンリルの子供であるホワイトの頭を撫でつつ、それをカトリーヌに見せるのだった。
「召喚術って、お姉様も使えるって本当ですか?」
と言う言葉から始まった。
元々氷魔術中心に扱っているから、滅多に召喚術なんて使わない。同時にアリシアの召喚術はまだこのような子供のフェンリルだ――絶対に出した所でやられてしまうのが落ちだ。
フェンリルの両親曰く、『まだ早い』との事。
たまにこうして愛でたい気持ちになった時に呼び出すのだが、今回はカトリーヌが見たいと言う事で召喚しただけの事。久々に会ったホワイトは元気いっぱいの笑顔を見せてくれる。
「……ああ、愛い……」
思わずそのように小さく発言してしまったが、可愛いのは正義、なのである。
アリシアはいつも以上にホワイトを撫でながら、カトリーヌも撫でていいのだろうかと手を動かしていると、その手に気づいたホワイトが視線を向け、フッと笑ったかのような気がした。
「……カトリーヌ、撫でていいみたいですよ」
「ふぁああああッ!ありがとうございますホワイトちゃん!」
いつも以上に嬉しそうに笑っているカトリーヌの姿を見て、アリシアは余計に目の前にいる妹めちゃくちゃ可愛いなおいと思ってしまったのであった。因みに口には絶対に出さない。
思わずホワイトと一緒にカトリーヌも抱きしめ、一人一匹を一緒に片手で撫でていくアリシアの姿を、メイドであるアンナが物珍しい顔をしながら呆然と見つめていたなんて、知る由もない。
カトリーヌとホワイトを堪能したアリシアは頬を赤く染めながら、咳をする。
「……ごめんなさい、久々に取り乱しました」
「いえ、お姉様の珍しい一面も見られましたし、ねぇ、ホワイトちゃん?」
「わんっ!」
「忘れなさいカトリーヌ、そしてホワイト……還ったら、両親にそのような話をしないでくださいね。父親の方はともかく、母親の方は本当に……」
「……わうっ」
「何故今、間があったのか教えてほしいわ、ホワイト?」
一応、フェンリルの子供なのだが、最近子供らしくない一面も見られるようになったのは気のせいだろうかと思いつつ、この獣、絶対に言うつもりだなとすぐさま認識するアリシアだった。
言ったところで、こちらに
アリシアは少し乱れた髪の毛を軽く直した後、再度咳をし、カトリーヌに視線を向ける。
「えっと、私が呼べるのはこのホワイトだけなのですが、ファルマ殿下は違います。あの人は『召喚師』と言う職業を生業とし、複数の魔獣などを従えている人物です」
「はい、それはお父様やエリー……エリザベートから聞いたことがあります。魔力少ない第一王子は複数の魔獣などと契約し、その中には悪魔も居ると……」
「ええ、ファルマ殿下に忠誠を誓った上級悪魔……『彼女』と戦えば、私でも勝てるかどうかわからない相手です」
「うわぁ……お姉様はその悪魔を見た事があるのですか?」
「ええ、討伐依頼の時に、『彼女』とレンディス様、そして私の三人で討伐を成功させました……それぐらい、強い相手だったので……」
「す、すごい……」
「……思い出すと、正直良い思い出ではありませんが、あれ以降『彼女』の力は認めております」
『彼女』――ファルマの最終兵器ともいわれる上級悪魔。
幼い頃からファルマの『右腕』として傍に居たと言う事を、アリシアは彼から聞いていたのだが、何せあの『悪魔』と言う存在は好きにはなれなかった。
結局はお互い腕試しを何回かして、何とか認め合う仲になった、と言っていいほど、長い期間が会った気がする。正直、思い出したくないなと思いながら、アリシアは頭を抑える。
きっと、カトリーヌはその話も聞きたいのだろう。彼女の瞳がとても輝いているように見えるのだ。
同時にホワイトも同じように輝く目をしているので――話した方が良いだろうかと思いながら、空を見上げた時だった。
赤い鳥が、こちらに向かって降りてきている。
「あれは……レフィー?」
レフィー――丁度話していたファルマが召喚する魔獣の一つ。レフィーと言う名前の鳥がこちらに降りてきたので、アリシアはそのまま手を伸ばすと、レフィーは行儀よく彼女の腕に降りる。
「ピー……」
「こんにちわレフィー。もしかして殿下に何かあったのですか……あ、手紙」
手紙が括り付けられている事に気づいたアリシアはそれを取り、そのまま紙を広げて――目を見開き、呆然とした状態で静かに呟いた。
「れ、レンディス様が……こ、こちらに、来る……?」
――好きですアリシア様。ずっと、お慕いしておりました。
「……う、うそ……」
「お、お姉様どうかしたのですか?」
「わふっ?」
彼がここに来ると言う手紙を受け取ったアリシアは青ざめた顔をしながら、静かにその場に崩れ落ち、姉の様子がおかしい事に気づいたカトリーヌは彼女の名を呼ぶが、アリシアの返事はそのままなく呆然としている彼女の頬が青から徐々に赤く染まっていくのだった。
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