第06話、不安になる妹に対し

 田舎に落ち着いて数日後、アリシアは静かに庭の前で一人、静かに立っている。手には杖を持ちながら。

 必要ではないと思い、もっていかないでやめておこうと思っていたのだが、父親が何かあった時の為にと言う事で、持たせてもらったものだ。


「……」


 静かに、何も答える事なく、アリシアは杖を握りしめる。

 この杖は、アリシアが王宮魔術師になった時にもらったものである。大事に扱っていた杖は、今となっては大切な相棒みたいなものだ。これがなければアリシアはうまく魔術の制御と言うモノが出来なかった。

 目を閉じ、意識を集中させながら、アリシアは短く詠唱をする。


「――光あれライト


 小さく呟いたアリシアの右手には、丸くなって光っているモノが存在する。

 その光を小さく見つめながら、アリシアは静かに息を吐いた。


「……これがないと、本当に魔法は制御出来ないわね」


 それ以上に、アリシアの魔力は、『強い』と言っていいほど制御できないのだ。


 嘗ての母親も、魔力がとても多く、うまく制御できていなかったと話してもらった事がある。アリシアはそんな母親から魔力を受け継いだのだと認識する事が出来た。別に母親の事は憧れの存在であったし、自分に大きな魔力があったとしても、害にはならなかった。

 アリシアには守りたい妹が居た。

 妹が居るからこそ、アリシアは前に進む事が出来た。

 一方のアリシアの妹、カトリーヌの魔力は父親ぐらいにあるのだが、彼女は魔術の道を歩む事はなかった。幼い頃から侯爵令嬢として、同時に第二王子である王太子との婚約が決まったからである。

 決まった理由は、第二王子であるフィリップが一目惚れしたからと言う話であった。結局は婚約破棄になってしまったが――。

 大切な妹を守ってくれる男だと思っていたのだが、どうやらそうではなかったらしい。だからこそ、アリシアは拳に魔力を少し込めて、殴った。例え、処刑になっても妹を守る事が出来たのだから悔いはない。

 思わぬ方向に進んでしまったが――そろそろ来るのではないだろうか、と認識した。


「――氷の矢よアイス・アロー」 


 その呪文と共に、無数の氷の矢のようなモノが出現し、彼女の周りに囲む『モノ』にめがけて振り下ろされる。

 次の瞬間、彼女の周りから数人の男の悲鳴がとびかかってくるのを確認する事が出来た。

 舌打ちをしながら、アリシアは足を動かす。目的は、声がした方の場所へ。

 草むらの影から血を流して肩を抑えている男に視線を向けながら、深くため息を吐いた。


「あの女……女狐ですね。彼女から命令されましたか?私を殺してこい、と」

「ぐぅ……」

「……それは仕方ありません。大事にしている息子をぶん殴ったのは私です。ですが、この私を……『バケモノ』だと言われている私を殺そうだなんて、百年以上早いですよ、小物さん」

「……ッ」


「――私を殺す気でいるなら、そうですね……『黒狼の騎士』でも連れてきてください」


 笑顔でそのように告げた彼女は次の瞬間、苦しまないように指先を動かし、氷の矢よフリーズ・アローで男の心臓を一突き、突き刺した。

 絶命した男の姿を確認した後、他の数人の男たちに向けて魔術を繰り出そうとした時だった。


「アリシア様」


 聞き覚えのある声が聞こえたので、指先の動きを止めたアリシアが視線を向けた先にいたのは、この屋敷の執事であるアズールだった。

 気配を感じ取れなかったことに少し驚いたが、同時に納得してしまう。

 あの叔母の事だから普通の人間が叔母の近くで働いているわけがないと思っていたのだが――。


「えっと、アズール……どうして止めるの?」

「シーリア様のご命令でございます。殺すのは待ってほしいとの事で……」

「……伯母上も気づいていた、と」

「はい。あの方は鋭いですから」

「……伯母上がそのように言うならば、やめておきます」


 今、この屋敷の主人は叔母であるシーリア・カトレンヌなのだからむやみに動く事は出来ないし、確かにアズールの言う通り任せた方が良いのかもしれ哀。

 詠唱と魔術と引っ込めたアリシアが、指を何回かさしながら、襲い掛かろうとしていた奴らの位置を教えながら話を続ける。


「狙いは私でした。多分、この前の一件の事で仕向けられた暗殺者の方々だと思います。あとは、お任せしても大丈夫ですか?」

「承知いたしました……アリシア様はこれからどうなさるおつもりで?」

「私は……任せるからこそこれ以上は関与しません。部屋で休ませていただきます」

「ええ、それが一番いいでしょう」


 笑顔で答えるアズールに少々寒気を覚えながら、彼らがこれからどんな道を歩んでいくのか少しだけ気になってしまったが、アリシアには関係のない事になってしまった。

 背を向けて歩き出したアリシアを、アズールは静かに見つめた後、軽く指先を鳴らすようにしながら笑みを見せる。

 先ほどの笑顔ではなく、明らかに別の意味の笑みだ。


「……さて、命令を実行いたしましょうか」


 指先を鳴らした執事の姿を、アリシアは見る事はなかった。



 屋敷の中に入り、部屋に向かおうとすると、部屋の扉の前に妹であるカトリーヌの姿があった。

 姉の部屋に入ろうとしていたのかうろうろしている状態で扉の前にいる。


「カトリーヌ?」

「ひぇっ!?」


 姉の声が突然近くで聞こえたので、驚いたカトリーヌが視線を向けた先にいたのは、首をかしげながら少しだけ戸惑っているアリシアの姿があった。

 カトリーヌはそのままアリシアに近づくと、アリシアの右手を強く掴み、ぎゅっと握りしめるようにしながら慌てる素振りでアリシアに話しかける。


「お、お姉様……そ、その、先ほど魔法を使っていた、み、みたいなんですけど……な、何かありましたか?」

「ああ、魔術の練習を少ししていただけよ。訛ってしまったらいけないからね」

「そう、なのですね……」

「ん、アリシア?」


 ふと、彼女は少し落ち込むかのような顔を見せながら、アリシアに視線を向けている。一体何があったのだろうかと再度声をかけようとしたのだが、カトリーヌはそのままアリシアの胸に顔を埋めるような体制を取りながら、手を先ほど以上に強く握りしめる。


「……お姉様、もしよかったら、一緒に寝てくれませんか?」

「え、別に私は構わないけれど……」


「――カトリーヌは、もう少しだけ、お姉様を独り占めしたいんです」


 突然、そのような発言をし始めたカトリーヌに驚いてしまったが、カトリーヌはそのまあアリシアを放そうとはしなかった。

 甘えているカトリーヌの姿に、アリシアは優しくカトリーヌの頭を撫でながら笑顔で答える。


「いくつになってもカトリーヌは甘えん坊ね……じゃあ、今日は一緒に寝ましょうか?」

「は、はい!」


 アリシアが魔術の練習をしていたと言う事――また、仕事でどこかに行ってしまうのではないだろうかと言うカトリーヌの心配だったのかもしれない。その発言をするとカトリーヌは嬉しそうに笑いだす。

 彼女はそのままカトリーヌの手を繋ぎ、自分の家に招待する。

 軽く世間話をした後、アリシアはカトリーヌと一緒に布団の中に入り、夜を明かすのだった。

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