第05.5話 その頃、レンディスとファルマは
「――求婚したそうだな、レンディス」
「殿下」
アリシア、カトリーヌの二人が叔母であるシーリアの元に行って数日後、笑顔で現れた人物の姿を見たレンディスが声をかける。
フフっと笑いながら手を振って現れた第一王子であるファルマに少しだけ嫌そうな顔をしつつ、いつもの表情を崩さないために無表情の顔を見せた彼に、ファルマは少しだけため息を吐く。
「相変わらず顔は崩さないな、レンディス」
「元々こういう性格です」
「ニコって笑ってみたらどうだ?きっと女受けするぞ?」
「アリシア様以外は興味ありません」
「……本当、お前はアリシア信者だよなぁ……多分、気づいてなかったのはアリシアだけだったぞ」
ようやく求婚したかーなんて言いながら答えるファルマに対し、レンディスは少しだけ頬を赤く染めながら目線をそらす。
そんな彼の反応が面白いのか、思わずニヤニヤしてしまうファルマに対し、第一王子でなければぶん殴りたいなと思ってしまうレンディスの姿があった。
ため息を吐きながら、レンディスは剣の手入れを始めると、ファルマに近くにあった椅子に座り、レンディスに目線を向ける。
「まぁ、アリシアの方もそっちの方は全く興味がないからなぁ……妹ぞっこんだし。で、アリシアは何て言ってたんだ?」
「……妹優先だと言われた。落ち着かないと返事が出来ない、と」
「そうだろうな。それにカトリーヌは今、第二王子であるフィリップの元婚約者……国に居たらどうなるかわからないだろうな。何せ、カトリーヌは人気がある令嬢だ」
「ええ、器量も良し、性格も良し……何より、綺麗で純粋な方ですからね」
「……姉と父親の二人に勝てたら、の話だけどな」
「……ああ」
レンディスとファルマは静かに二人で納得するのだった。
カトリーヌは貴族の仲では氷のように冷たい瞳を持つ王宮魔術師と比べると、蝶のように花のように育てられ、優しい心の持ち主だと評判がある存在だ。そしてアリシアが彼女を溺愛している同様にカトリーヌもアリシアの事を大切に思っている、姉妹愛がとても強い。
その中に、レンディスは入る事が出来るのだろうか――求婚してみたが、結局は妹を優先させられてしまった。同時にまだ早かったのではないだろうかと後悔が襲い掛かる。
それでも、言わないといけないと思ってしまった。
「で、お前は相変わらずこの椅子に座って事務処理か」
「ええ……別に事務処理は嫌いではないのですが、細かい文字はどうも苦手で……まだ外で訓練していた方がマシかもしれないです」
「お前の訓練相手、今田舎に引っ込んでるからな」
「ええ、しかも求婚してしまったので、正直顔を合わせづらいです」
「……ああ、そうだな。全くお前ら本当にめんどくさい性格しているよなぁ」
笑いながら答えてくる男に対し、レンディスは何も言えなかった。反論が出来なかったのである。自分がめんどくさい性格だと言うのは知っているし、多分アリシアもそのように思っているのかもしれない。
何も言えないまま、レンディスはアリシアを止める事は出来なかったし、同時にこの国にとどまった所で、多分あの『女狐』が動き出すかもしれないとレンディスは考えている。
彼女はこの国の王太子を拳握りしめてぶん殴ったのだから。
あの王妃が黙っているはずがない――ファルマが先ほどの笑いなどなかったかのように、真剣な眼差しでレンディスに目を向けて放し始める。
「――義母上が動き出し始まるかもしれない」
「ッ……それは、アリシアに対してですか?」
「多分な。大切な息子を容赦なく殴った、血も涙もない女だと嘆いていると……と叫んでいる姿を目撃してな。俺としては別にどうでも良い話かもしれないが、目的がアリシアだしなぁ……アリシアを暗殺しようとする動きも出ているから、お前に告げ口しに来た。
「告げ口って……まぁ、あの王妃の事です。動く、とは予想しておりましたが……早いですね。氷の魔術師を相手しますか、王妃は」
「義母上は知らないんだろうなぁ……怒らせたら怖いんだって。アリシアを」
例え暗殺者を向けたとしても、絶対にアリシアは容赦なく刺客を倒してしまうのだろう。レンディスもファルマも、アリシアの実力を知っているからこそそのような発言が出来る。
同時に、アリシアがカトリーヌと二人で行っている所は、あの『氷結の魔術師』が居るシーリア・カトレンヌが暮らしている場所だ。
きっと、何も知らないのであろう――二人は頭を抱えた。
「義母上ですらきっと、殺されるかも……いや、氷漬けにされるか?」
「アリシアたちではなく、暗殺者や王妃を心配してしまうとは……これは流石にダメですね」
「強いってわかっているからなぁ……どうしようもない。だって、アリシアと過ごす事が長かったからな」
――アリシア・カトレンヌはファルマにとって、レンディスにとって、強く、気高く、美しい存在だった。
魔物を討伐する姿もとても冷静で、絶対に弱音を吐かない、氷の魔術師。
レンディスは体感しているからこそ、アリシアの『価値』と言うモノをわかっている。わかっているからこそ。
「……で、レンディス。お前はこれからどうするつもりだ?」
「そうですね……そろそろ動き出そうと思ってます」
「事務処理を終えて、か?」
「……後の処理は殿下にお任せしますよ」
「あーそう来ると思った!」
レンディスの言葉を聞いたファルマは再度頭を抱える。しかし、別に嫌な気持にもなっていない男は、ニヤッと笑いながら額に指を置いた。
「いいか、絶対にモノにして来い……アリシアは黙っていれば、何もしなければ、本当に美しい令嬢だからな……誰かに取られる前に、心を鷲掴みにして来い」
「命令ですか?」
「ああ、命令だ」
「――招致いたしました、ファルマ殿下」
無表情で、ジッと見つめてくる瞳がとても好き通るような瞳だった。同時にその奥から見える『執着』にファルマは少しだけ寒気を感じながらも、笑った状態でレンディスを見る。
――きっと、逃げられないだろうな、アリシア
長年、アリシア、そしてレンディスと共に過ごしてきたファルマだからこそ、目の前の男が無意識にどのような性格をしているからこそ、そのように考える。
彼は『獣』と呼ばれている。
『黒狼の騎士』と呼ばれている目の前の男に対し、アリシアはどのように返事を返すのか、少しだけ楽しみになっているファルマの姿があったのだった。
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