第05話、求婚されても、まだ妹を優先する。



「いらっしゃい、よく来ましたねアリシア、カトリーヌ」

「お久しぶりです、叔母上」

「お、お久しぶりです叔母様!」


 田舎の屋敷――叔母であるシーリア・カトレンヌに挨拶をすると、シーリアは笑顔で出迎えてくれて、数年前に遊びに訪れた屋敷に招待してくれた。

 シーリア・カトレンヌ――別名、『氷結の魔術師』と呼ばれる彼女は、嘗て王宮魔術師として活動していた人物であり、二人の母親と肩を並べて働いていた存在である。

 氷を主に使うアリシアにとって、彼女は憧れの存在でもある人物なのである。屋敷の中に入れる一人の初老の男性と、一人の女性の姿が目に映る。


「お二人とも、お久しぶりです。今日はお世話になります」

「事情は把握しております。大変でしたねアリシア様……いや、一番大変だったのは、カトリーヌ様でしたね」

「本当、シーリア様なんか乗り込んでやるぐらいの勢いの顔をしていたんですよ!」


 拳を握りしめながら答えるメイド服の姿をしていた女性、アンナに対し、少し恥ずかしそうにしているシーリアにアリシアとカトリーヌはフフっと笑いあう。

 久々に訪れる叔母の屋敷に安心しながら、アリシアはカトリーヌに視線を向けると、カトリーヌも旅の疲れが出ているのか、少し疲れた表情をしている。気づいたアリシアがカトリーヌに声をかけようとしたのだが、その間に入ったのは執事であるアズールだ。


「長旅でお疲れでしょう。お二方のお部屋にご案内させていただきます」

「あ、アズール。それなら先にカトリーヌをお願いいたします……私は、叔母上にお話がありますので」

「承知いたしましたアリシア様。では、カトリーヌ様」

「はい、アズールさん……お姉様、お先に失礼いたします」

「うん、夕食にまた会いましょう」


 笑顔で答えるカトリーヌはアズールに案内されながら奥の方に向かっていき、玄関前に残ったのはシーリア、アンナ、そしてアリシアだった。

 アリシアはシーリアに再度視線を向けて、軽く頭を下げながら答える。


「本当に今回、受け入れてくださりましてありがとうございました。感謝しております叔母上」

「いえ、本当にそちらも大変だったみたいね……けど、フフ、あなたらしいわアリシア……王子をぶん殴る?」

「……あの時は血が上っておりましたので」

「王太子である第二王子を、そしてカトリーヌの婚約者であった男をぶん殴るなんて、それが出来るのはきっとあなただけよアリシア……まぁ、私もどのようにあの男を地獄に落とそうか考えましたけど」

「……叔母上」


 絶対に叔母ならそのような事をするに違いないだろうと思いながら、これからあの男には地獄が待っているのだろうかと考えつつ、アリシアは顔を引きつらせて笑う事しかできなかった。同時に叔母の背後に黒いオーラが見えたのは気のせいだと思いたい。

 フフっと再度笑った叔母は、そのままアリシアに再度視線を向ける。


「あなたがしたことを攻める人たちは居ないです。少なくとも、私たち家族はあなたの味方ですから」

「はい、叔母上……父も同じような事を言ってくださいました」

「とりあえずあのバカお……国王にも連絡を続けます。よろしいですね?」

「ええ……あれ、叔母上は国王様と親しかったでしょうか?」

「国王と言うより、ファルマ殿下の母上とは文通仲間ですからね」


 笑顔でそのように発言する伯母上の言葉に、思い出す。

 確か、叔母上であるシーリアと、ファルマ第一王子の母親である人物、王妃は学友の仲だという事を。

 その繋がりがあるからこそ、アリシアもファルマ第一王子と交流を持つことが出来ていた。今でもたまに話をする仲なのだが、弟である王太子をぶん殴ってしまった事で、その交流を断ち切ってしまうのではないだろうかと言う不安に駆られながらも。


「それよりもアリシア。あなたの父上からご連絡が来ておりましたわ」

「え、お父様からですか?」


「――求婚されたそうですね、アリシア」


「ッ!!」

 

 父親からの連絡があったと言う事を言われた瞬間、自分が求婚されたと言う事実を思い出したアリシアは次の瞬間、その場で真っ赤に顔を染め上げる。その言葉を聞いたメイドのアンナは同じように頬を赤く染めながら、「まぁ」と嬉しそうに声を出す。

 一方の叔母もどこか嬉しそうな顔をしながらアリシアに視線を向ける。


「相手はあのレンディス、別名『黒狼の騎士』と呼ばれている男。この前の魔獣討伐で良い成績を収めている人物でしたね……アリシア、あなたとはよく討伐の際に一緒になっていたと?」

「は、はい……数年前からの知り合いでございます……色々話せて、良き友人だと、思って、おりまして……」

「おめでとうございますアリシア様!私、アリシア様がこのままシーリア様と同じように行き遅れるのではないかと心配で心配で」

「アンナ」

「ひぃっ!?」


 『行き遅れ』――それは、この家では禁句だという事は、アリシアも知っている。

 次の瞬間、彼女たちの周りが冷たく感じるようになる――叔母であるシーリアが魔力を微かに放出させて、それを氷魔法で目の前にいるメイド、アンナに放とうとしている光景がアリシアの目に移される。

 流石にまずいと認識したアリシアは急いで二人の間に入りながら話を続ける。


「お、叔母上!落ち着いてください!」

「……好きで行き遅れたのではありません。私に似合う殿方が居なかっただけです」

「あはは……」

「……で、どうするのですか、アリシア?申し出を受け入れるのですか?」

「……正直、レンディス様にそのようなお話を頂きましても、頭の整理が追い付きませんでした」


 まっすぐな瞳であのような発言をされるとは思っていなかったアリシアにとって、レンディスは本当に魅力的な存在なのだと改めて実感した。

 いつもならば魔獣討伐の際に、彼とどのように背中を預けて戦う事が出来るか、騎士に負担をかけないようにどのように魔術を繰り出せばいいのか、お互いそのような話しかしなかったので、正直求婚された所で、どのように返事をすればわからない。

 それと同時に、言われた時。


「……言われた時は、嫌ではなかったんです」

「そのような顔をしていますね」


 頬を赤く染めながら答えるアリシアに対し、シーリアも同じようにどこか笑みを見せながら、彼女を優しく頭に撫でながら、まるで見守るような視線を向けられる。

 叔母のそのような姿は、別に嫌ではない。まるで、昔の母親のような目をしているからこそ、何処か安心できる、と言ってしまった方が楽なのかもしれない。

 恥ずかしそうに視線を外したアリシアに、シーリアは話を続ける。


「決めるのはあなたですよ、アリシア……私的にはおすすめ物件だと思います」

「ぶ、物件って……」

「そうですよアリシア様!アリシア様は美人で勇敢で、素敵な方です!ちょっと怒らせると怖いですけど!」

「アンナ……最後の言葉は余計ですよ」


 しかし、それでも、アリシアは一歩前に踏み出せずにいた。

 同時に、アリシアはレンディスよりも、妹の方がまだ大事なのだと心の中で認識してしまう。

 自分の事よりも、妹であるカトリーヌの事は優先。レンディスにも言っていたのだが、まずは彼女が落ち着いてからではないと、そこから先は進むことはできない。

 胸にそのような気持ちに蓋をしながら、アリシアはカトリーヌが案内された場所に向かって背を向け、歩き出す。

 そんなアリシアの姿を、シーリアとアンナが静かに見つめ。


「……あのレンディスにも、自分より妹が落ち着いたらって言ったらしいわ」

「相変わらずですね、アリシア様」

「ええ……アリシアにとって、カトリーヌは大切な妹……自分よりも……けどね、アリシア。あなたが傷ついたら、誰があなたに手を伸ばしてくれるのかしら」


 静かにそのように呟いているシーリアに、アリシアは気づかないまま足を進めていった。

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