第5話 勇者、メンヘラを口説く

 突然の出会い、運命ってのはこういう些細な日常にあるんだって、その時アタシは初めて知った。


 だってそうでしょ? 普通、運命の出会いなんて表現をされたら壮大な場面……例えば囚われの姫をドラゴンから兵士が救いだしたり、はたまた敵対している関係の国の王族が互いを知らずに密会していたり、なんて。そんなおとぎ話めいた場面を想像するじゃない。


 でも、アタシの運命はそうじゃなかったみたい。ごく普通のなんてことない日常……いえ、それ以下! 愛馬に振り落とされて、汗まみれになって走ってる最中に出会うなんて! こんな想定誰が出来るのよ!


 端的に説明すると、アタシの走る道すがらにイケメンが落ちてた。


 城塞都市の城壁を確認するために使った遠視の魔術、その視界の端っこにその姿が映っていた。


 この付近一帯では珍しい黒髪黒目。パンクでロックなカンジのわざと痛んだ雰囲気にした服装の痩せぎすで頬の肉の薄い、どこか危うさを感じさせるイケメンが落ちてたのよ。多分アタシより年上。若そうだけど、20歳いってるかどうかってトコかしら。

 ハンサムというよりイケメン。イケメン偏差値的には顔単体だと60前後だけど、雰囲気バフがかかってるせいでなんかこう、飲み込まれそうな色気がある感じ。

 背は高いのに座り込んでいるせいか威圧感がなくって、ホント不思議な雰囲気。何をするでもなく、何を考えているのかも分からないような表情で空を見上げているイケメンが落ちてた。


 ……誰よ、こんな所にイケメンを落としていったのは。というか、イケメンが何にもないこの草原のド真ん中に落ちてるなんて、そんなことある?


 そう思ったけれど、よく考えてみればアタシもさっきプテリに落とされてたんだった。勇者の幼虫が落ちてることもあるし、イケメンが落ちてることもあるわよね、うん。

 この場合拾ってもいいのかしら? 元の持ち主とかいない? いたら、謝礼として3割くらいもらえないかしら?


 と、そこでアタシは彼の傍に人型のナニカがあることに気付いた。


 ソレは生き物の気配がない、文字通りの人形。何故かメイドさんみたいな服を着た、等身大のビスクドール。古めかしくって見るからにボロボロ。まさに壊れかけって感じ。てか、壊れてない? コレ。


 ははーん、なるほど。勇者的思考回路を持つアタシはすぐさま状況を理解した。


 さては、このイケメンはただ落ちていた訳ではないわね。

 察するに、彼は魔術師とか魔導士とか言われるそういうイキモノでこのお人形さんを武器として戦う、そういうアレよね?

 それで、このイケメンは旅かなにかをしている最中でなんやかんやあって、この場所でお人形さんが壊れて途方に暮れていた、と。


 ……この場合、勇者が取るべき行動は1つよね!


 アタシは座り込んでいた彼との距離を近づけるべく歩を進める。汗は……乙女的にはNGだけど、勇者的には勲章だからまぁいいわ! 匂いとか気にならない距離を取ればいいと思うし!


 歩み寄るアタシにイケメンも気付いたみたい。まぁ当然よね。溢れ出る勇者オーラが止まることなくアタシから出てる訳だし、気付かない方が無理があるってものよ。


「そこの魔術師か魔導士か分からないイケメンのお兄さん! 困りごとかしら!?」


 声が届く距離まで近づくと、アタシはそう口にした。


 そう、勇者といえば困っている人を助ける正義の味方! まして相手がイケメンとあれば、助けない訳にいかないじゃない!


 もし彼が悪の魔法使いだった、なんてコトになったらその時にしばいてやればいいのだし。


 アタシの問いかけに、少し考えた後にイケメンは答えた。


「……キミは、もしかして人間だろうか?」


「人間だわよ!? えっ、なにっ、アナタ人間を始めてみる系の人なワケ!? 山奥で隠居してたけど人里に降りてみるかーってなった感じの人間知らない系男子!?」


「……人間に見えて、実は違う生き物だったりしないか?」


「しないわよ! 正真正銘! 人間!」


「……いや、しかし。ここは異世界だからな。もしかしたら、なんてことがあるかもしれない」


「アタシに限ってそんなことないわよ! ていうか異世界って何の話っ!?」


 初対面で人外扱いされたのは流石に初めてだったわ。


――――


「ふぅん、前世。転生。そんなことあるのね……」


 トライロ、とかいう名前のそのイケメンは自らを異なる世界からやって来た人物だと言った。

 そして、信じがたいことに隣にいる人形はあの伝説の『シルル型』のオートマトン、だなんて。


 シルル型と言えば、神話に出てくるようなシロモノじゃない。

 この世界で神様ってされてる存在が水中だけじゃなくって地上にも生命を作り出した頃……だったかしら? 神話、あんまり詳しくないのよねアタシ。だってアタシの方が神話を作っていく側なんだから。昔のコトなんて詳しくても……ねぇ?


 そんなアタシでも知っているくらい有名な神造疑似生命がシルル型オートマトン。


 正直、信じられない話だ。人形からはとてもそんなスゴい力がある様には感じられないし、前世がどうとか異世界がどうとか転生がどうとか、設定盛りまくりのホラ話にしか聞こえないわね。


 でも、アタシは信じることにした。

 だって、そっちの方が面白そうだもの! トライロの話がホントだったら、なんて幸運! まさに運命の出会いって感じよね! アタシが馬に振り落とされた直後じゃなかったらなおさら!


 それに嘘だったら嘘だったで、その発想力はとっても魅力的。吟遊詩人の才能アリと見たわ、吟遊詩人。

 器用貧乏、かゆい所に手が届いたり届かなかったりと絶妙なことに定評のあの吟遊詩人よ!


 どちらにしても、アタシの求めてるパーティ第一号としては相応しい人物だわ! イケメンだし! 背も高いし! あと、それでいてパッとしない印象で守ってあげなくちゃすぐどこかで死にそうな雰囲気も最高よね!


 と! いうことで!


「ねぇ、トライロ。行くアテが無いならアタシに付いてきなさい。なんとかしてあげるわ」


「……キミに、か? 失礼だが、キミは人間なんだろう? 年功序列、という訳ではないのだが、つまり、えぇと」


 ごにょごにょと口籠るトライロ。そして、逡巡するかのように。


「年端もいかない少女に救われるのは、その、少しばかり抵抗があるのだが」


 なんだ、そんなこと。


「それなら問題ないわ」


 だって、アタシは。


「アタシはアロマ! いずれこの世界に、世界中に名を残すことになる勇者よ! だから年齢も性別も問題ないわ! だって、世界中全ての人々はアタシに救われるんだもの! 遅いか早いかの違いね!」


 決まった。


 決まってしまった。


 今の、最高に勇者っぽかったわ。

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