第4話 メンヘラ、人里を目指したい

 さて。

 先ほどの一幕でここが異世界、そして現代日本と比べ命が軽そうな世界であることは理解できた。

 傍らのシルルが、何も持たない自分がこの世界で生きるために神らしき存在から遣わされた存在であることも分かった。


 でははたして、この世界で自分は何をすべきだろうか。


 トラは自分に聞いてみる。


 出来ることなら、最低限健康で真っ当な生き方をしたい。刺激が少なく娯楽も少なく、しかし安定した生活だ。


 前世のストレス社会とは異なる、自分にとっての真っ当な生活。それを自分は望んでいる。

 前世の生活は、改めて考えると自分には向いていなかったように思う。他者と関わることそのものは苦手ではなかったが、長期の付き合いになるとどういう訳か不思議と齟齬が増える。必然、周囲も自身もストレスを抱える。そんな暮らしをしていたような記憶がトラの脳裏に朧気ながら残っていた。


 隣のシルルを見る。

 壊れかけ、ジャンクと自身を評する彼女だが、実際の所これが芸術品として美しいようにトラには感じられた。

 古く、壊れかけなのは事実なのだろう。しかしその在り方が、かつての輝き、美しさを思わせる風体が、風化し摩耗し劣化したからこその美を魅せる。


 くすんだ銀の髪、煤けひび割れた陶器の肌、よく見ると欠けが見られる宝石の瞳。メイド然とした服飾も滲みやほつれ、破損個所も多々見られる。だが、そのどれもが調和のとれており、あえて評すならば自然な滅びとでもいうべき魅力を持っていた。


 彼女は我が身を守る剣であり盾。それはシルル自身から伝えられたことだ。だが、それ以外の関係性も彼女と築いていきたいとトラは思った。

 疑似生命、即ち人間でない彼女となら、もしかしたら自分が望む関係性を構築できるやも、と。


 そこまで考えてふと。


「シルル、俺は何処へ向かえばいい?」


「何処へ、トハ? 何処へなりとも、好きな場所へ向かえば良いのデハ?」


「……言葉が足りなかった。俺が暮らせるような場所は、何処にある? 街とか、村とか、そういう場所だ」


「あぁ、なるほド」


 トラは人間だ。人間は動物だ。もっというと、雑食性の社会性動物だ。

 つまり、集団の中で生活し糧を得る、そういう生き物だ。


 シルルの力、あのゴーレムを瞬時にバラバラにした能力があれば案外単身で森の中、隠者のような生活が出来るかもとトラは一瞬だけ考えたが、だがしかし。トラはこの世界を知らない。何が食べられるモノで何が毒を持つのか知らない。食料確保は困難を極めるだろう。

 さらに、病気や怪我といった事態への対応もよく分からない。シルルにその機能、例えばファンタジーらしく治癒魔術のような能力が備わっている可能性もあるが、あまり彼女に期待をし過ぎるのは如何なものか。


 それに、普通に森や山で暮らすのは嫌だった。虫等は多いだろうし、安定とは無縁の日々を送ることになる。

 トラの感性はあくまで現代日本人のそれと大きく乖離したものではなかった。


 故に、ひとまずは人間のいる場所へ行こうと。そう決意した次第である。


 しかし。


「現在地、不明。人間の集落までの道程も不明デス」


「不明か」


「不明デス」


 街も村も里も、どう行けば良いのか分からなかった。

 そもそも現在地が不明であった。


「困ったな」


 早速出鼻をくじかれた彼らであった。


――――


「ご主人、疲れた。もう走りたくない」


「もう少し、もう少しだから我慢なさい。あと10キラルも進めば街が……えぇっと、なんて名前だったかしら。城塞都市なんたら、って所に着くから。それまで頑張りなさいな」


「ご主人、重い。降りろ」


「誰が重いですって!? はっ倒すわよっ!」


 檄の声も虚しく、アタシの愛馬プテリはあろうことか立ち上がりアタシをその背から強引に振り落とした。


「痛ったっ!? やりやがったわねこの駄馬! えっ、ちょっと待ちなさいよ!」


 アホ馬に叱責の声を飛ばすも、この牡馬はそれを無視して勝手に走り去っていった。行きやがった。


「……重いのは事実かもだけど。はぁ、走らせすぎちゃったかなぁ」


 ため息を吐きながら、彼の馬が去っていった方角を見やる。その方向には目的地の城塞都市があるはず。つまり、鎧に剣にと武具を携えたアタシという重たい荷を下ろして先に行ってるぞ、ということなのだろう。


 アタシはアロマ。将来的に伝説の勇者になる予定の女傑だ。今は安っすい革製の鎧と粗雑な剣、それにポンコツな馬一頭しか持たない16歳だけど、20になる頃にはもうほんと誰もが羨むような、妬んで嫌ってくるようなヤツも虜にしちゃうくらいの勇者になる予定。


 つまり、将来的に伝説の勇者! 勇者の幼虫みたいなものね!


 そんなアタシを乗せて走るという大変名誉な行いを、あろうことかあの駄馬は捨て去ってさらには置き去りにして走って行った。見捨てられた、なんてことはないだろうけど勇者に対する仕打ちとしてはあんまりじゃないかしら? そのうちセン馬にしてやろうかしら……


「しっかし、困ったわね。アタシ単体だけ下ろして先に行っちゃうなんて。アイツ、タダの馬だから魔物とか盗賊とかに襲われたらヤバいってのに。馬だからそこまで気が回らなかったのかしら」


 もしそんな事態になったら困るのはアタシもだ。だってアイツ、アタシだけ振り落としていきやがったから。お金とか服とか、その他色々な荷物はプテリの背の上に乗ったまま。もしアイツが誰かに襲われでもしたら、アタシは唐突に素寒貧勇者になっちゃう。


 ……それに、いくら駄馬っていってもアタシの馬。傷つくのは心が痛むし、傷つけた相手をきっとアタシは許せない。


 けど、復讐心で動くのはアタシの中の勇者的にノー! 絶対にダメ! 勇者ってのは明るくカッコよく人々を助ける英雄なのよ!


「10キラル……普通に走ったら1時間くらいね」


 いくら勇者とはいえ、馬の脚力に追いつくのは無理だ。アイツらはめっちゃ足速い。だから追いつくことは現実的に諦め、プテリの無事を祈りつつアタシは走って城塞都市に向かうことにした。


 鎧が革製で良かった、なんて走りながら思った。ミスリルとかの上質のモノは違うのかもだけど、普通の鉄とかの金属鎧だったら重さと日光による熱で死ぬような目に合っていたかも。

 こんなに空気は乾いてて、しかも気温もそんなに高くない。なのに蒸れる皮鎧の内側の不快感に顔を顰める。


「街に辿り着いたらとりあえずお風呂ね。汗塗れなのは勇者的にアリだけど乙女的にはノーセンキューだから」


 走ること、しばらく。

 30分もしない内に、アタシは気持ち的に飽きてきていた。

 名にって、勿論走ることに。


 意外と走っている時っていうのは暇なのよね。アタシ勇者だから体力あるし、走ること自体は苦痛じゃない上にそんなに疲れない。でも、だからこそ飽きてくる。

 景色も草原ばっかり。変化がない。これは飽きるなって方が無理があるでしょ。


 だから、アタシは将来のアタシについて妄想……もとい、未来予知してみることにした。勇者は予知も出来るのよ。


 勇者、というにはやっぱり伝説の武器もそうだけど頼れる仲間が欲しいわよね。相棒的な器用万能が1人、魔法専門が1人、回復役が1人、壁役もこなせる物理が1人、って所かしら。

 冒険者とかいうなんでも屋さんみたいな職の人達は普通4人1組でパーティみたいだけど、アタシは勇者だからそんな常識には囚われない。アタシ含めて5人でもいいじゃない。


 そんな仲間たちと冒険の数々! 魔物を倒し、悪の組織を滅ぼし、悪政を布く国家に革命を! その過程で仲間たちと、特に相棒と絆を深めていくアタシ!

 ……そう考えると、相棒にはイケメンがいいわね。イケメン。顔の良い男。アタシが元気溌剌最強系勇者様だから、そのイケメンは影があって能力的にはパッとしなくて、でも磨けば光るものがあるって感じの大器晩成型がいい。


 顔以外は冴えない彼をアタシが支えて育てて成長させて! そしてアタシに訪れた危機的状況で才能を開花させた彼がアタシを助ける! 最高にロマンチック! これはもう最強でしょ!


 ……なんとなく、これじゃあ勇者ってよりもお姫様ポジションな気もするけど、まぁいいわ。だってアタシ、お姫様じゃないし。国を支えて国に仕えるとか、そんな面倒なコトしたくもないし。生まれはただの村娘だし。血統云々じゃなくって、突然変異的に生まれた感じの勇者だから。


 そんなことを考えて、どれくらい走っただろうか。


 遠視の魔法を使えばようやく城塞都市が見える、そんな場所までついた時。


 アタシは、運命と出会った。

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