第1話 メンヘラ、ジャンクドールと対峙する

 ふと、辺りを見回してみると。

 先ほど感じたような、まさに平原あるいは草原とでも呼称すべきような景色が広がっていた。

 遠方には森林、もしくは密林とも言えるほど鬱蒼とした木々の数々も見られる。近代日本じゃ相当な田舎か自然保護区にでも指定された平野部でしか見られないような景色だ。少なくとも、男はこんな景色を見たことはない。


 何故こんな所に。そんな疑問を感じた刹那、それ以上の異質さが男の思考を奪い去った。


 そう、異質。

 殊更異質なのが目の前の存在だった。


「ようやく、しっかりと目覚めましたカ。廃棄寸前とはいえ、原初たるワタシの仕事がこのような些事トハ。我ながら自分が哀れデス」


 そこには、人の形を模したナニカがいた。


 人だ。人に似ている。言葉も内容が意味不明ながら、理解できる言語を話している。服も何故だかメイド然としたものだがちゃんと着ている。文明人として最低限の体裁は成していた。

 しかしそれは、絶対的に人ではなかった。


 目は宝玉、ひび割れた肌は陶磁器のよう、擦り切れた衣服から覗く関節には球体が埋め込まれていた。顔立ちは美しいのだが、その年季の入った色合いと破損具合からどちらかと言えば不気味さが上回る。

 あえて言葉で表すなら、動き話すビスクドール(アンティーク)。税込み19万8000円くらいだろうか、中古品として。


「対象から不敬な念を感じマシタ。はぁ、これがワタシの新しい主人だなんテ。しかし、この任が終わればワタシは廃棄処分……彼に尽くすしかない人生とは、我が身の不幸を嘆きまショウ……」


 男の考えを雰囲気から感じたのか、物体Xとでも仮称するそのドールは頭を振ると、やれやれとでも言いたげな様子で耳障りな駆動音と共に彼へと向き直った。


 突然の出来事、そして先ほどまで自分が何をしていたのかの記憶がない。

 何も分からない。この光景も、女性型と見える目の前の動く人形についても、そして自分自身についても。


 宝石のような。否、宝石そのもので作られた瞳を男へと近づけたその人形は、ため息の出そうなほど美しくも脆い印象の美貌に一切の感情を乗せずに。


「急な出来事に困惑する、という感情は分かりマス。ですが、アナタの事情なんてワタシには非常にどうでも良いのデス。重要なのはアナタの生存、ただそれだけなのですカラ。疑似生命とはいえ廃棄処分……死は嫌ですノデ」


 無感情で無感動。不気味の谷は越えながらも、それでも人間らしさを失った声。機械音声と肉声の中間のような、不思議な声だった。


 男は現状を理解していなかった。

 この場所も、彼女(?)の存在も、先ほど飲まされたナニカも、全て全て、何もかも分かっていなかった。

 それでも彼は、自分でも驚くほどに落ち着いていた。

 なんとなく察していた。自分は死んだのだと。ここは死後の世界かなにかなのだろうと。


 ぼんやりと、三途の川とかあるのかな、とか。お婆さんに服を引きはがされたり閻魔様に恫喝されたり、そういうのは嫌だなとか。そんなことを男が考えていると。


「……ワタシが話しているのですヨ。返事がなければ寂しいではありませんカ」


 目の前の物体Xは嘆きも悲しみも感じさせない声色でそう口にした。


 そこでようやく、目の前の存在がコミュニケーション可能な知生体であるのだと男は気付く。

 そして、さて。自身ははたしてコレに対しどのような対応をすべきだろうか。


 一呼吸考え、会話が出来るのならばまずはそこからだろうと。

 そう思い至った彼は口を開いた。


「そうだな」


 男は他人の感情の機微に疎かった。だが、経験則として人はとりあえず同意しておけば機嫌が良くなるということを彼は知っていた。時には逆効果となる場合もあったが、それでも多くの場合は同意、共感の意を示すことが重要なのだと。そう彼は学んでいた。


「何がそうだな、なのですカ」


 はたして。

 声色から推察出来ないが、腕を組みそっぽを向いた対象の反応からして残念ながら今回は後者であったらしい。さもありなん、対象と男は初対面、初接触なのだ。事実上の二択勝負だ、外すのも仕方のないことだろう。

 コミュニケーション、難しい。


 複数の宝石を組み合わせて模られたソレの眼球と目を合わすと、ため息交じりに。


「ですが、取り乱されたりパニックになったり、コチラの話も聞かずに行動されるコトに比べれば数億倍はマシというモノですネ。ワタシはポジティブ、そう考えることにしまショウ」


 そして、掴んだままであった男の胸倉をパッと離す。当然彼はバランスを崩して草原へと尻もちをついた。

 その低くなった姿勢に目線を合わせるように屈みこみ、彼女は。


「我が創造主からの通達……通告……宣告……? まぁ、どれでもいいのですガ。察している通り、アナタは一度死にましタ。それを憐れんだ我が創造主が、アナタに第二の生を与えましタ。生きにくイ、人生に向いていなイ、そんなアナタへワタシという補助機構を添えテ」


「第二の……生……? ここは、あの世じゃないのか……?」


「アナタの今までいた現世と異なる世界、という意味デハ。えぇ、あの世と呼称しても良いかもしれまセン。どちらかと言えば、異世界、というべきですケレド」


「……異世界」


「ワタシには説明責任がありマス。ですので、この世界について簡潔に説明から始めましょうカ。大半は、どうでも良いコトではあるのですガ」

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