第83話掴めず手に入らぬもの

間違いなく目の前にいるのはアイリーシャだ。

しかし纏う空気が違うのを肌で感じる。


アルベルトは前世で恋焦がれたシスティーナを目の前に心臓が跳ねた。


『お久しぶりと言うべき?それとも初めましてと言うべきかしら?』


アイリーシャ(中身はシスティーナ)は静かに微笑んだ。

アルベルトはその笑みにアイリーシャを見出すことが出来ずに複雑な感情が湧いた。


《いいや違う…落ち着け。アルベルトじぶんが求めるのはシスティーナではなくアイリーシャだ。目の前にいるのはレオンが欲した女性だ。》


アルベルトはアイリーシャ以外の女性に胸をときめかせたことを自省した。

だが同時にレオンの感情が抑えきれなかったとも感じた。

ここで緩んだ顔を晒すべきではないとアルベルトはいささかいかつい顔で口を開いた。


「どうしてシスティーナが?」


『正体を明かす前にバレてしまいましたね。』


「どうなっているんですか?システィーナあなたの体を乗っ取ったのですか?」


『そんな怖い顔しないで下さい。確かに今はシスティーナとしてお話をしています。三度の人生ですが魂は一つです。魂は一つでもシスティーナとそしてアイリーシャは性格というか人格が多少異なります。同じのアルベルト様もご存じですよね?』


「それは記憶を持ち特有の症状のことですか?」


『アルベルト様も経験したことはありますよね?』


「そうですね。記憶を取り戻してからはより鮮明になりました。例えば分岐点において前世まえの自分ならこうした。今世いまの自分ならこうするって強く感じます。」


『そうですよね。やはり魂は一つであったとしても生まれも育った環境も違います。レオン様は絶対しないと断言出来ます。』


ね…」


アルベルトは目を泳がせた。何故ならが何を指すのか明白だったからだ。

”レオンなら婚約もしていない義妹のアイリーシャの唇を奪うことなど絶対にしなかったはずだ。”

あの時にアルベルトの頭の中で”レオンは成し得なかったこと”と強く感じ実行したのだ。

もう二度と愛する人を奪われたくないという思いが爆発したのだ。


『アルベルト様も現在はレオン様の人格が混在しています。ですが心配されなくても調が終われば一つになります。徐々にレオン様のことも感じなくなります。』


「そうか…」


『私たちも調が終われば一つになります。乗っ取りとかそんな物騒うな物言いは止めて下さいね。今はアイリーシャが眠っている状態で命に別状はありませんわよ。』


アイリーシャ(中身はシスティーナ)はアルベルトの手を優しく両手で包み込んだ。

たかがそれだけのことでアルベルトの鼓動が早まるのだ。

しかしアルベルトは動揺を悟られぬように無表情でアイリーシャ(中身はシスティーナ)の手をそっと剥がす。


「あなたが言う調とはどういうことですか?」


『簡単に言うと前世の記憶を受け入れることです。』


「なら戸田アリスの人生ではシスティーナの記憶は戻らなかったということですか?」


『そうなんです。この魂は異世界に飛ばされ転生し戸田アリスが誕生したのです。システィーナと同調することはその世界では不可能だったんです。』


「不可能?」


『その世界では前世の記憶を持って誕生することが異端だからです。そもそも輪廻転生自体も一部の人々の思想です。』


「そうか…郷に入れば郷に従えといったところか。なるほどまさに異世界だな。もしかして…」


アルベルトは喉まで出る言葉に躊躇った。その思いを口にすれば自分が苦しいからだ。


システィーナと関わったレオンとシュルクは前世の記憶を持ち生まれ変わった。そして二人はシスティーナの生まれ変わりであるアイリーシャの身近な存在である。これを単なる偶然と片付けることは出来ない。


《実はフィルダールの生まれ変わりも知らずに既に会っているのでは?》


『アルベルト様、システィーナの魂を異世界に転生させたのはある方のでした。』


「何だって?」


『これ以上は口にすることは出来ません。』


「やはりアイリーシャは前世の記憶を全て取り戻したわけではないのですね?」


『仰る通り記憶が欠けた部分があります。』


「なら欠けた記憶にアルベルトの前世レオンも?」


『ええ、レオン様のことも含まれます。』


アルベルトはアイリーシャの言動に違和感を感じていた。

アイリーシャは前世の夫のフィルダールを顔まで覚えていた。

しかしアルベルトがフィルダールとは別の人物だと言った時に次の候補としてレオンの名を口にしなかったことがどうも引っかかっていたのだ。

なんせフィルダールとレオンは一卵性双生児であり次の候補として出るのが自然なことと思える。

だがアイリーシャの口からレオンという名前が出て来る気配は微塵もなかった。


「その原因は何だと思いますか?」


『私、システィーナは記憶操作されていました。そのことも関係しているかもしれません。』


「記憶操作?システィーナあなたもだったんですか?」


『レオ…アルベルト様、ごめんなさい。システィーナわたしの口からはこれ以上はお伝え出来ません。』


システィーナあなたからは聞けないのか?」


『まだ同調が未完全な状態ですのでご理解いただけませんか?』


「同調が完了すればアイリーシャから聞けるということですか?」


『時が来るまでお待ちください。ですがもうしばらく時間がかかりそうです。』


「ああ、承知した。わざわざ…」


アルベルトがシスティーナに感謝の意を伝えようとしたがその言葉を遮るようにアイリーシャ(中身はシスティーナ)はニコリと微笑み静かに纏う空気が変化した。

するとアイリーシャは突然顔を歪めてこめかみを押さえ声を漏らした。


「うっ…」


アルベルトは即座にアイリーシャを自分の胸板に引き寄せた。

アルベルトはアイリーシャの顎を掴み顔色を確認しようと顔を近づけた。


アイリーシャはアルベルトと至近距離で視線が絡みフリーズする。


《え?どうしてこんな状態?はしばらくしないって言ってなかった?》


自分の状況を認識したアイリーシャはその瑠璃色の目を見開き頬を赤らめた。

そして必死に両掌でアルベルトの体を押しのけようともがいている。


「アリスだよな?」


アイリーシャはアルベルトが疑問形で自分の名前を呼んだのがどうも癪に障った。


「はあ?お兄様は誰にしようとしたんです?」


「も、もちろんアリスにだよ。ん?あれはアゴクイっていうのか?」


「本当ですか?あと顎クイという表現は忘れてもらって構いませんわ。」


顎クイという言葉はこの世界には存在しないが勘の良いアルベルトはなんとなくだが理解したらしい。

一方アイリーシャは自分はアルベルトに闇の精霊の話をしていたはずだった。

どうも記憶に空白があることに気が付いた。


《どうして頭がボーっとしてるの?》


アイリーシャはアルベルトにどのように尋ねようと考えていた。

だがでマリアが単独で動き出したため咄嗟にアルベルトの袖を掴んだ。


「お兄様…」


「本当にに気が付いたのか?」


マリアは間違いなく血の臭いがする場所へ足を向けている。


アイリーシャは頷いたかと思うと雑念を払い除けるように両頬を軽く叩き言葉を吐いた。


「お兄様、私たちも急いで向かいましょう。」

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