第80話この違和感と注がれる愛に
◆
アルベルトはダークウルフを捕縛後にルチアーナの腕の中のアイリーシャは
だが予想より早いタイミングでマリアの声がアルベルトの耳に届いたのだった。
アルベルトは急いでアイリーシャの待つ場所へとダークウルフと自身を転移させた。
アイリーシャの待つ場所とはあらかじめ用意しておいた魔法陣のことである。
その魔法陣の中にいれば外側から見えない仕組みになっている。
外側からは魔法陣の中にあるもの全てが透明化するため魔法陣自体も目視出来ない。
またアルベルトが魔法陣の上に魔法でドーム状の防音壁を作っているため大きな声を出しても外に音が漏れることはない。
アイリーシャとアルベルトは魔法陣の中からウィルアムズが治療開始の合図を出すまで様子を窺うことになっていた。
ウィルアムズの合図とは風魔法を使うことである。
魔法陣から少し離れているところにウィルアムズらがいるのだがアイリーシャとアルベルトにはあちらでの会話が聞こえている。
何故なら事前にマリアとのやりとりとを把握するためにウィルアムズに
ウィルアムズはネックレス仕様の盗聴器を身につけている。
そしてアルベルトは手のひらサイズのいわばスピーカーを持っている。
実はこの盗聴用の魔道具はセルジオから借り受けたものである。
治安保護警備隊に属するが故に所持が認められているものらしい。
この魔道具は厳重に管理されており一般に流通することはないらしい。とても貴重な魔道具をセルジオは快く貸してくれたのだ。
◆
アルベルトはウィルアムズらと今回の作戦を立てた後、アイリーシャのところに一人で向かった。
今回は治癒魔法が必要なためにアイリーシャの協力が必要不可欠であった。
作戦に同意したもののアイリーシャは首を傾げこう言った。
『どうも違和感が…』
『何がだ?』
『昨日の午後、レイチェルが一人で私の部屋に訪れたんです。』
『ああ、確かアリスの友人の一人だったな…』
『んっ?お兄様にクーガン伯爵令嬢のファーストネームがレイチェルだってこと私教えましたっけ?』
『まあ…』
『お兄様、その様子だと嘘ついてますよね?』
『う-うん。トーマスから報告をだな…』
『もしかして私の行動を監視していたんですか?』
『いいや、監視ではない。その把握するために…』
『残念なことに今は時間がないので不問にいたします。(コホン)それでですね話の続きですが、レイチェルは私に謝罪をしに来たのですが…』
レイチェルはアイリーシャに謝罪した後、自分が見た近未来視の内容を告げた。
その内容はアイリーシャが魔獣に襲われケガをするというものだった。
そしてレイチェルから防御力が上がる魔道具を渡されたのである。
その効果はケガを負ったとしても致命傷は免れるというものだった。
『近未来視か。で、その違和感とは?』
『この魔道具は私に渡すようにとマリア様に頼まれたらしいの。』
レイチェルがアイリーシャに関する近未来視したことをマリアに告げると、この魔道具をアイリーシャに渡すよう頼まれたらしい。
『はぁ?』
『ジェイドに確認したのだけれどこの魔道具は本当に防御力を上げるものらしいのよ。これを私が持っていればきっと軽傷で済むわ。これでは儀式に使うための血が足りないんです。』
『アリスは魂を入れ替える儀式はカモフラージュだと考えているのか?』
『それはわかりません。でもレイチェルに聞いたマリア様が密かに懇意にしている女子生徒のことが何故か気になるの…』
『女子生徒?』
『ええ、彼女はどうやら体調が良くないらしいわ…』
◆
きっとデリックの言葉に嘘はなかっただろう。
それにアルベルトもアイリーシャもトーマスの特殊な力を信用している。
だがマリアがデリックに嘘を吹き込んだとしたらそれは別の話である。
例えばデリックがあえてこちら側に手の内を明かすように仕向けたとしたら?
アイリーシャはマリアの真の目的は別にあると考えている。
だから何か糸口はないかとマリアの言葉に耳を澄ましている。
しかしある会話を聞きアイリーシャは眉をひそめた。
「うっ…私ミラさんに随分と嫌われていたのね」
「アリスは何も悪くないだろ?」
アルベルトに恋慕するミラにとって義妹のアイリーシャが煩わしかった。
その気持ちは理解できない事はない。
しかし決して気分の良いものではなかった。
「これはお兄様のせいです。」
アイリーシャは単なる八つ当たりと知りながらアルベルトに牙をむいた。
「おい、意地の悪いことを言わないでくれよ。先日も彼女に睨まれたんだ。ただのマリアの虚言ではないのか?」
そういえばアイリーシャが意識を失っていた時にアルベルトは犯人として拘束されたミラの様子を見に行ったと聞いた。そしてミラに鬼の形相で睨まれたと言っていたような…
だが一方マリアはミラがアルベルトに恋していると言っている。
そしてアイリーシャもマリアの言葉が正しいと思えて来た。
アイリーシャは昨日ミラを治療した時に彼女の瞳を見てあることを思い出したのだ。
どうも1年生の時に不快な視線をミラから向けられたことがあった。
それを踏まえてミラは何故好いているはずのアルベルトを睨んだのかを考えてみた。
ミラを心底嫌っているマリアがミラに
《あ、なるほど…あるかも》
「いいえ、本気モード全開だと思います。」
「本気モード?」
「お兄様、胸を当てて考えて下さい。ミラさんに何をして差し上げたのですか?」
「そう言えば一度彼女を助けたことはあったかな…」
「なら間違いなくそれですね」
「目の前で人が突然倒れたら否が応でも助けるだろ?」
「普段は女子生徒に塩対応のお兄様に助けられたらイチコロだと思います。自分は特別ではないかと勘違いすると思いますよ。」
「何だそれは?」
「だってお兄様の見た目は王子様みたいにキラキラです。自分がイケメンなこと自覚して下さいよ。」
《私はお兄様が本物の王子様だとずっと思って来たんだから!》
「ん?だが流石にそんな状況で助けないわけには…」
「もちろんです。ですが魔法で何とかすればよかったんじゃないですか?」
「それが魔法の禁止エリアだったんだよ。」
「まさか倒れそうなミラさんを支え抱き上げてそのまま擁護室に連れて行ったとか?」
「ああ、よくわかったな。」
学校で女子生徒とのかかわりを極力避けているアルベルトだが本来は貴族であり紳士だ。
「それってミラさん以外にいます?」
「あ、数人はいた気がする?」
「名前なんですか?」
「知らない。名前なんて覚えてない…」
「ですよね」
きっとその女子生徒たちはアルベルトに落ちただろう…
もちろんアルベルトは自分の目の前にいる病人やケガ人を放置していいなどという教育は受けていない。何もアルベルトに非があるわけではない。
アイリーシャは我が身を守るためにトーマスに女子生徒の名前を確認しようと考えた。
《ミラのような敵意を向けられないため何とかしないと…》
アルベルトはその美しい容姿を武器に本当に本当にモテる。ただ現在はマグリット公爵令嬢が婚約者であるため皆表立って行動に示さないだけである。
まるで苦虫を噛み潰したような顔のアイリーシャを横目にアルベルトはニヤついていた。
アイリーシャがどうやら嫉妬をしているのだと理解しアルベルトは喜びを隠し切れないでいた。
《怒ってる顔も可愛い…》
アルベルトは抱きしめようとアイリーシャの肩に手を伸ばした。ところアがイリーシャが突然声を出し動いたため行き場を失った手は宙を舞う。
「どうして?」
どうも下心のあったアルベルトは上擦った声で言葉を返した。
「何っ?」
「そんな嘘よ彼女は…」
アイリーシャの言葉の途中でウィルアムズが風魔法を使った。
風魔法を確認したアイリーシャはすぐさま銀髪を靡かせその場に跪いた。
「”時空の女神よ。創造の神ジェネスの愛し子に力を与え賜え”」
呪文を口にしたかと思うとアイリーシャは立ち上がり両手を太陽に掲げ再び呪文を唱えた。
「”タイム・エンド”」
その呪文を唱える終わると見事に静寂に包まれた。
全てがその一瞬を切り取ったかのように静止している。
アイリーシャは辺りを見渡し自分以外の気配を感じないことを確認した。
もちろんアルベルトも例外ではない。
だが転移魔法が使えないアイリーシャにはアルベルトが必要である。
アイリーシャや手を伸ばし静止したアルベルトの頬に優しく触れる。
「お兄様?」
アイリーシャが触れさえすればアルベルトも動くはずだった。
一度目にこの魔法を使った時と違ったのだ。
アルベルトの体は微動だにしない。
《嘘?》
時を止める魔法は僅か10分程度のものである。
この魔法陣からウィルアムズのところまでアイリーシャの足で向かい治療した後にまたこちらの魔法陣まで自力で戻らなければならない。
もし間に合わずにいきなりみんなの前に姿を現したら本来の計画が水の泡である。
ただアルベルト隣にいないだけでアイリーシャは弱くなるものかとふがいなく感じた。
だがアイリーシャは両頬を叩き己を奮い立たせた。
《ケガを治せるのは私だけだわ!》
アイリーシャが覚悟を決めた時、背後から全身を包む温かい何かを感じた。
「どうしたアリス?」
先程まで銅像のように動かなかったアルベルトがアイリーシャを抱擁していた。
「お、お兄様?」
「ごめん、そんな表情してるってことは覚醒に時間がかかったのかな?」
アイリーシャはアルベルトの存在に安堵し声をかけようとした。だがアルベルトが何食わぬ顔でアイリーシャの口を塞いだ。
一瞬頭が真っ白になったアイリーシャだがその後必死でアルベルトを引き剥がした。
アイリーシャが睨みをきかせたもののアルベルトは笑顔で黙ったままだった。
そしていつの間にあたりの景色が変わっていることに気が付きアイリーシャの開いた口が塞がらなかった。
目の前には静止状態のウィルアムズとルチアーナそしてマリアがいたからだ。
なんとアルベルトは口づけしながら転移魔法を使っていたのである。
《そりゃあ、転移魔法は接触が必要でしょうけど…》
以前とは比較にならないアルベルトの熱に心を揺さぶられ、絆され、目が合うだけで胸が騒がしい。
そんな自分の感情にアイリーシャは戸惑いを隠せなかった。
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