挿話

陳腐な僕の恋物語/サイド:セルジオ・バレンタン

僕の頭の中で恋の物語が完成していた


物語のヒロインはアイリーシャ様だ


ヒロインである彼女が僕の目の前で突然倒れた


僕は彼女を助けようとしたが

彼女を支えたのは他でもないアルベルトだ


もちろん彼女の一番近い場所にいたから

しかし彼にとって距離など関係ない


これは自分の役目だと

彼は誰にも譲る気などない


そんなこと当たり前で

ずっとずっと前から知っていたこと


それが当然のこと


物語のヒーローはアルベルトだから

僕はハッピーエンドに導くための脇役だ


それで満足していた


早く物語が進行しないかと楽しみにしていた


はずだった…


なのにいまさら

脇役の分際いで

ヒロインを助けたのが自分でないことに苛立ちを覚えた


彼女を抱えて前を歩くアルベルトが妬ましい


そうか

コレが嫉妬?


こんな感情を自分が持ち合わせていたなんて驚いた

自分勝手で醜い感情だ


たかがこんなことで心が乱され

馬鹿げているのに


何故か心がくすぐったい


人間らしい感情を露顕した自分も悪くない


誰も愛さないと

誰も愛せないと

決めつけて押さえ込んでいた感情は

音もなく溢れ出て全身に浸透していく


今までの僕の常識をいとも簡単に変えたのは彼女という存在だ


もうとっくに嫉妬という感情に気が付いていた。


第二図書館付近で他の男といる彼女を見た時に同じ感情を抱いた。

しかし僕はその感情を認めようとしなかった。


そしてあの部屋で微睡まどろむ彼女の口から放たれた言葉

「「フィル…私も愛してるわ。」」

それでも勘違いだと自分に言い聞かせた。


さすがに3回目ともなると肯定するしかなかった。

自分で自分を騙すのも限界だ。


僕は銀髪の美しいお姫様に恋をしてしまった


けれどお姫様にはすでに王子様が隣にいる


僕はこの気持ちに蓋をして自分の役目を全うしよう

きっとハッピーエンドはもうすぐだから


恋心だけ認めて呆気なく物語を終わらせようと…


それなのに厄介な精霊王が僕を揺さぶる

僕の作った恋物語で当て馬役のジェイド殿


しかし彼はヒーローからヒロインを奪う気でいる

それどころかヒーローは自分だと主張する


僕はどこで間違えた?

こんなの僕のシナリオにはない。


『セルジオ隠す通しつもりなのか?』


「何のことですか?」


『惚れているのだろう?」


「ジェイド殿まったくいきなり何を言ってるんですか?」


『本当は久しぶりに再会したアイリーシャの外見が変わらず安心を覚えたのだろ?』


「仰る意味がわかりません。」


『見た目が子どもなら恋は始まらないと思いたかっただけだろ?』


「変な想像は止めて下さい。僕はもともと恋愛する気なんてありません。」


『ならば幻影魔法が効いているにもかかわらず性的興奮状態のアイリーシャの処置を何故お前がしたんだ?セルジオなら学校内の魔法禁止エリアや魔法無効化エリアさらには緊急時の転移用魔法陣の場所も把握していたのではないのか?寮に戻り私に託せば済むことではなかったのか?』


こんなの少し考えたらわかることだ。

だけど僕はわざわざ第二図書館の部屋に彼女を連れて行った。

セイライトという男子生徒を牽制するためと言い聞かせ

大人げない対応だと知りながらもセイライトを追いだしあの部屋で二人きりになった。


「…軽率でしたね。」


『よく考えろ。それがアイリーシャ以外の女性だとしたら同じことをしたか?』


「それもそうですね。もしかして違う方法を取ったかもしれません。」


『ならばお前がアイリーシャを欲したんだろ?』


「それは…」


『アイリーシャにもっと触れたいと、他の男には触らせたくないと考えただろ?』


「僕も健全な男子なんでアリちゃん艶っぽかったですし…」


『だが部屋に行くまでは幻覚魔法は効いていたのだろ?』


「そうですね…」


『お前も私と変わらぬということだろ。姿形ではなくアイリーシャが好きだとな。』


「それは…」


正常ではない彼女を僕以外の男性に触らせたくなかった


僕はあの澄んだ瞳に恋に落ちたのだろう


あの部屋で幻覚魔法の解けた彼女を見て

理性が奪われて行くのを感じた


人を愛するという感情に戸惑っていたのに

成長遂げた美しい姿を見て振り切った


こだわってたもの全てなげうって

彼女が愛しい

彼女が欲しい


今までは異性の身体と繋がりあえばそれで欲は満たされた

だが彼女に触れる度にそれは違うと胸を締め付ける

 

身体だけでなく彼女の心も欲しい


こんな形で彼女に触れたくない

でも触れてみたい

ここにキスを落とせばどんな表情を見せてくれるのか知りたい

彼女をもっと知りたい

ゆっくりでいい僕だけを見て欲しい


僕は気が付けば

彼女の放つ甘い香りで全身侵されていく

それが心地良い

しかし突然頭の中に前世の記憶が甦る

だからやっぱり僕は脇役のままでいいとあの部屋を出る前に決めたはずなのに…


『中途半端なままのお前は邪魔だ。舞台に上がるかそのまま舞台裏で指をくわえて眺め続けるかここではっきりさせろ。』


「僕は…」


『なあに私からちゃんとセシリアに婚約解消を取付けてやる。約束していた報酬も渡してやろう。どうだセルジオ?』


だって彼女のことが…」


『煮え切らんな。前世のしがらみか?』


「そんなところですかね…」


『前世の記憶のすべてが現実とは限らぬ。悪しき夢の場合もある。』


「そうですね。僕は騎士だったみたいです。」


『あまり鮮明な記憶ではないのだろう?』


「ええ。」


『お前は護衛騎士だろう?』


前世は騎士団員

護衛騎士をしていた記憶はある


「あっ…」


僕は身分の高い女性の護衛をしていた?


『どうだ?ちょっとは思い出したか?』


「ほんの少しだけです…ジェイド殿は僕の前世の正体をいつから気が付いてたんですか?」


『お前のその魔術だ。』


「魔術でですか?」


『そうだ。』


「もしかして前世で僕ジェイド殿に何かしました?」


『そのおかげで最悪だった。』


「なんとなくですがある女性の護衛を担当してたようです。」


『曖昧だな…お前は聖女システィーナの護衛をしていた。』


「え?」


『詳しくは知らん。お前は前世惚れた女がシスティーナでその生まれ変わりであるアイリーシャにまた惚れたということだろう。腑に落ちたか?』


女性の顔が僅かに頭に浮かんだ。

そうかこの人が聖女システィーナ?

ぼんやりと記憶に残るのは美しい女性の姿だ


「前世のアリちゃん?…」


『多分そうだ。だからアイリーシャに本気ならちゃんと気持ち伝えろ。あとから現れて奪われるなんてまっぴらごめんだからな。だがお前のその唇でアイリーシャを穢したかと思うと実に憎たらしい。わかっていると思うがアルベルトには絶対に言うなよ。例えバレたとしても自白するなあいつは俺より質が悪い。』


「わざわざご忠告ありがとうございます。」


アルベルトもアイリーシャ様と僕の間に何かあったことは気付いているだろう。

しかし何も聞いてこなかった。

僕でなくアイリーシャ様に聞くつもりなのだろう。


『言っておくがセルジオの魔力をたっぷり摂取したアイリーシャは魔力過多状態でああなった。私はな不本意ながらアイリーシャの魔力量を調整するために口づけするんだ。まだ心を手に入れていないが仕方ないだろ?私が二番手だが順番はそう重要ではない。セルジオとのことはアイリーシャの記憶には残っていないだろう?さぞ悔しかろう?』


「…まあ彼女の記憶はゼロに等しいですかね。」


『アイリーシャは今回無意識に粘液を介して魔力を奪ったようだ。魔道具が壊れたからな…アイリーシャの魔力も少し不安定だ。とにかく私からしっかり説明しておくからな。口づけをしても今後は魔力を奪うことはないはずだ。お前も少し寝たら治ったのだろ?』


僕の魔力の乱れはキスが原因だったのか?


「は、はい…」


『そうは言っても今後セルジオがアイリーシャに口づけをするチャンスはないと思え!』


「あのジェイド殿…」


『何だ?』


「怒ってますよね?」


『当然だろう。私の未来の花嫁に手を出したんだぞ?』


「そうですけど…それなら僕がアリちゃんに告白する必要ありますか?」


『もちろん必要だ。』


「一体何故ですか?無茶苦茶ですよね…」


『お前の気持ちをアイリーシャに告げてさっさと砕け散れ!どうせ前世でも中途半端な立ち位置だったんだろうが?』


「前世で僕は気持ちを伝えてないんですか?」


『そんなの知らん勘だ。とにかく早めに告白して舞台から消えてくれ。』


「鬼畜っすね…」


『私は鬼や畜生ではない精霊王だ。』


「はい、もちろん存じております。」


やっぱり僕も脇役や当て馬役なんてお断りだ

恋物語を書き換えよう


このやり取りがきっかけで僕は前世の記憶をようやく受け止める覚悟を決めた


さあ僕が主人公の新しい恋物語が始まるんだ

そう心の中で呟いた

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