第14話別邸での事件(中編)

【 ねぇ泣いているの もう大丈夫 私は知っている あなたが美しいことを 心配しないで キラキラとした 宝石に似た赤い果実を 実らせることが出来るわ 】 


 私が単調なリズムにのせて歌い始めた。すると何処からともなく目の前にたくさんの精霊が現れた。その精霊たちは私の真似をして歌い出したのだった。

 精霊の透き通るような高い歌声が耳に優しく響くそれだけで心が満たされていく。心地好い風が吹き、木の枝や葉が、私の髪が揺れる。

 まるでコールの木が私の歌を受け入れてくれてるように。私はそっと木の幹に手を添えた。するとコールの木が眩しい光を放った。

 たった数秒で目の前のコールの木はたくましく青々しい葉が茂りたくさんの赤い実をつけていた。元気な姿を取り戻していたのだった。


『悪くないな。』近くでその様子を見ていたジェイはそう言った。すぐ隣にいるお兄様は黙ったままだった。少し顔色が悪いようだ。お兄様の視線の先は私ではなくその後方にある。何だろうかと私は後ろを振り返った。


≪しまった。≫


 手入れされていたはずの庭園が姿を変えていたのだった。低かった植木は自分の背を優に超えていた。庭園の通路は高く草が生い茂り場所の確認が出来ない。噴水には野鳥が羽を休めておりリスなどの小動物は噴水の水を飲んでいる。お父様のお気に入りである天使の像にはツタが絡まり本来の形が見えなくなっている。ガゼボも見れたものではない。


「アルベルト坊ちゃま、アイリーシャお嬢様、これはどういう事でしょうか?」別邸の管理を任されている執事長のリチャードが屋敷のバルコニーから大きく声を張り上げた。そのバルコニーからは庭園を一望できるようになっている。


「えっと…あの、お兄様黙っていないで助けて下さいよ。」


「…」


 それでも沈黙を守るお兄様をみて何かしらの魔術をかけられている事にようやく気が付いた。


「ジェイ、お兄様を解放してあげて下さい。」


 ジェイは私との誓約をお兄様に邪魔されそうになったため魔法で身体の動きを一時的に封じたようだ。私はお兄様が歌う事を許可してくれていたと思っていたが、精霊と誓約を交わす事さえ許すことはなかったのだ。これは非常にまずい状況に違いない。


 ようやく話しが出来るようになったお兄様は「ジェイ、君はただの緑の精霊ではなく精霊王だろう?」


 さすがに精霊王なんてそう簡単にお目にかかれないわよ。とお兄様の方に目線を移すと、緑の妖精のエルがコールの実を頬張りながら私の肩に腰を下ろした。エルは実を食べたことで元気を取り戻していた。そしてポツリとつぶやいた。『うん。ジェイ様は精霊王だよ。』


 《私って精霊王と誓約を交わしたの?》


「アルベルトの目はごまかせなかったか。」とジェイは陽気に笑い出した。そして一瞬のうちに容姿を変えてみせた。人に例えると成人した男性で黒髪に緑瞳だった。しかもかなりの美丈夫である。そして背中には羽が生えている。


「えっ本当に精霊王なの?」


「アリス、君は試されたんだよ精霊王ジェイドにね。」


 私は訳が分からずしばらく動けずにいた。お兄様の説明によると精霊王ジェイドが緑の精霊になりすまし私の癒しの力を試したというのだ。そして風の精霊の力を利用し庭園はもちろん隣接している森の奥まで歌声が届くように働きかけたと言うのだ。なるほど魔力を込めた歌声を効率良く広範囲に届けたのね。森を移動しながら弱っている樹木に魔法を使うよりかなり時間が短縮される。そしてお兄様は鋭い目つきでジェイドに言った。


「真の目的はコールの木の回復ではなく、別の願いがあるということで間違いないよね?」


『アルベルトはなかなか鋭いな。』


 変わり果てた庭園をバルコニーから眺めていたリチャードはただ立ち尽くしていた。お兄様はリチャードに「後で父上に僕からお話ししますので、父上と母上をもてなす準備をお願いします。」と伝えた。リチャードは「かっかしこまりました。」と肩を落とし屋敷の中に戻っていった。


「ところで、別の願いとは?」私はジェイドの顔を見つめた。


『すまぬが時間がないのだ。』ジェイドはそう言うと私のことを抱きかかえたのだった。


≪キャッこれってお姫様抱っこだわ。私だって年頃の乙女ですから”誰に”とか関係なくただ恥ずかしくなった。≫


「僕も一緒に行く。」とお兄様はジェイドの服を引っ張った。


 《あっ…お兄様は精霊王にも怯まないんですね。あっぱれです。》


『よかろう。場所を移動するのでそのまま離れぬように。』


 周りが緑色に光り私は眩しくて目をつむった。そして再び目を開けると目の前は湖だった。


 《これって転移魔法?すごいジェイドッ!》


「そろそろアリスをおろしてもいいよね?」お兄様がいつになく冷たい口調でジェイドに言った。


 ジェイドは何も言わずにそっと私を地面に下ろした。湖の様子を見て私はジェイドに尋ねた。


「これ水竜の加護の湖?」


『そうだ。』


「でもこれ大丈夫?この水ってすごく汚れているんじゃないかしら?」


 横にいたアルベルトは目を疑った。


「アリス、どこが汚れているんだい?僕には綺麗な水にしか見えないよ。」


『ふむ。アイリーシャが正解だ。』


 別の願いとは湖のことなのだろう。ルブール領ではこの湖を水源として農作業を営んでいる。水源とする湖は水竜の加護を受け湖の水は聖水とされている。農作物にこの聖水を使うことにより土壌が豊かになり良質な野菜や果物が収穫できるようになったのだ。そして聖水に加護があるためか害虫被害にあう事はない。この湖があるからこそルブール領が成り立っているといっても過言ではない。


『この湖に住む水竜は呪いにかかっている。一週間ほど前に呪いの念が込められた水晶がこの湖に投げ込まれたせいだ。この呪いを解くには優れた浄化魔法を必要とする。言わずとして答えは出てくるだろう?』


「でも私は浄化魔法なんて使ったことないわ。」


 《そもそも私って浄化魔法使えるの?》


「駄目だよ。アリスに何かあったらどうするんだよ!」お兄様はもちろん反対のようだ。


 二人が睨みあっているのを傍観していると、突然湖の水面が盛り上がりできた水の塊が人の手の形に姿を変えた。その気味の悪い手がお兄様の足首をつかみ湖へ引きずりこむ。


「うわっ!」


 ”ドボン”という音と高く水しぶきが上がった。


「お、お兄様!」私は叫ぶとほぼ同時に湖に身を投げていた。


 《ひゃー私泳げないんだった!》

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