第13話別邸での事件(前編)

 ポーレット家が統治する領地の一つであるルブール領は自然に囲まれた広大な土地と豊かな土壌を生かした品質の良い農作物がたくさん獲れることで有名である。またこの地にしか生息しない”コール”という木があることでも有名だ。


 農作物の収穫期にはお父様が別邸で1カ月以上滞在することになる。その時期は私の誕生日も重なるため家族四人揃って別邸に出向くことになっていた。また王都に近い本邸から田舎の別邸への移動は馬車で三日程かかり、二日は宿舎に泊まらなければならない。しかし私は慣れない宿舎ではあまり眠ることができずに寝不足になっていた。


 そのため移動中の馬車の中で浅い眠りを繰り返していた。

 宿舎では眠れないが、馬車の揺れは眠りを誘うのだ。

 兄が本来の話し相手のである私に声をかける。


「もうすぐだね。アリス聞いてるの?」


「…ん。」


《今は無理…》


「何だ。アイリーシャは寝てるのか?」


「あなたアイリーシャは場所が変わると眠れないのよ。そうよねアルベルト?」


「その通りです母上。」


 馬車に揺られながらうとうとしていた私だったが、"ガタン"と激しく馬車が揺れたことで目を覚ました。


 馬の"ヒヒーン"という鳴き声が聞こえた。どうやら馬車が急停止したようだ。


 お母様は体勢を崩し馬車の椅子から落ちそうになったようだが、隣にいたお父様がお母様を後ろから抱きかかえるかたちで難を免れたようだ。


 《流石お父様素敵です。》


 そして同じく兄も隣にいる私が椅子から落ちないように両腕でしっかり支えてくれていたのだった。


 ≪流石お兄様素敵です。≫


 家族の無事を確認するとお父様は馬車の小窓から御者に「何事だ?」と声を掛けた。


 御者は馬車の前に領民が立ちはだかったため急停止をしたとのことだった。この馬車にはもちろんポーレット侯爵家の家紋が入っている。それを知る領民なら本来そのような振る舞いをする筈がない。


 お父様は馬車から降り領民が危険をおかしてまで呼び止めた理由を尋ねた。すると収穫前の農作物にトラブルが発生したため早急に知らせたかったというのだ。お父様とお母様は詳しく話を聞くために領民の集会所に立ち寄ることとなった。


 私と兄は先に別邸へと行くことになったのだった。


 別邸に着いて早々に私たちは庭園に向かった。何故ならコールの木が生えているからだ。コールの木は年中緑色の葉が生え赤く小さな果実がたくさん実る果樹だ。その果実は緑の精霊の大好物と言われている。


 しかし庭園のコールの木には果実が一つもなく葉は緑色ではなく黄色くなり生命力を感じさせない。


「こんなになってしまって、かわいそうだわ。」


「僕もこんな姿初めて見たよ。これって領地のトラブルと関係あるのかな?」


「キャッ」私は髪の毛を引っ張られ声を上げた。隣にいる兄が犯人かと思ったが、兄の手には何も持っていないし、むしろ心配そうな顔で私を見つめている。


「アリスどうしたの?」


「髪の毛…」私が言いかけると私の髪の毛の束が宙に浮いた。


 その様子を見て私と兄はほぼ同時に「緑の精霊?!」と二人は顔を合わせた。


 精霊は用心深く気配を隠すのがとても上手なのだ、しかし精霊の警戒心を解けばその姿を見ることが出来ると言う。しかも精霊のほうから近寄ってきたのだから。


「緑の精霊さん。僕はアルベルトで隣の女の子がアイリーシャだよ。」


「私たちは危害を加えたりしないわ。どうか姿を見せてほしいわ?」


 しばらくすると声だけが聞こえた。『…本当に?』


 精霊の声に私と兄は頷いた。すると目の前に小さな人の形をした姿に背中に羽の生えている生き物が目の前にいた。緑の精霊が姿を見せてくれたのだ。


「わぁかわいい!」


 私は咄嗟にその言葉を放ったが、すぐに後悔した。よく見ると元気がなくかなり弱っているようだった。その緑の精霊はエルといい。森のコールの木にひとつも果実がなくこの庭園までやってきたとのこと。しかしこちらにも果実はなく緑の妖精たちがお腹を空かせて困っているのだとか。すると別の緑の精霊のジェイが目の前に姿を現した。そして私の方を見てこう言った。


『君の魔力に緑が見える。』


 精霊は魔力の色が見えると言われている。そして緑は癒しの魔法だ。


「私は癒しの魔法は使えないはずだけど?」


 私は癒しの魔法が使えないと家族に聞かされてきた。練習しても無駄だからやめておきなさいと言われていたのだった。そしてその言葉を疑ったことはなかった。まさか幼い頃に失った記憶と関係があるのだろうかと兄の目を見たがただ黙っているだけだった。


 ジェイはとにかく私に唄を歌うように催促してきた。「心を込めてコールの木が元気になって欲しいと願いを込めて歌えばそれで良い。」と私は何故かその言葉を素直に受け止めることができた。


「ジェイお願いします。」私は手の甲をジェイの前に出し呪文を唱える。


「”清き緑の精霊ジェイよ。あなたの願いをひとつ叶えよう。ならば私の願いをひとつ叶えたまえ。誠実と真実をここに誓う。アイリーシャ・ポーレット”」


 ジェイが私の手に口づけすると触れた部分が緑色に光った。誓約は無事に完了したのだ。


 今更ながら外で歌うことをお父様から禁じられているのだけれども、今日は兄も止めないから大丈夫よね?


 そして私はコールの木が元気になって欲しいと願い頭に浮かんだ言葉を紡いで唄を歌ったのだった。

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